第九話
ゴールデンウィークが終わり、久しぶりの登校日。そのせいか気が抜けていたらしい。
いつもは持ってくる弁当箱を家に忘れてしまい、仕方なく購買で買ったパンを食べることになった。
買ったのはクロワッサンとメロンパンで、どちらも食べカスがぼろぼろ落ちそうだ。
教室で食べるのは断念して、たまには外で陽に当たりながら食べようと考えた。
校舎裏の花壇まで足を運ぶと、思っていたより人が多かった。
その中で、一つだけ空いてるベンチがあったため、これ幸いにと腰を下ろす。
立夏も過ぎてポカポカした陽気にぼおっとしていると、誰かがベンチに近づいてきた。
「げっ」
その人物は俺を見るなり苦虫を噛み潰したような表情をした。
「げ、とは何だ。失礼な」
「そこのベンチ。私がいっつも食べてるところなんだけど」
堀田は俺の座っているベンチを指差す。
つまり退けと言いたいのだろうか。この長いベンチを独占するかのような物言いに思わず戦慄する。
「……これ食べ終わったらすぐに退くよ」
「い、いや。別にいいけど」
パンの袋を開けると乾いた音が鳴る。
堀田はベンチの端っこにちょん、と腰を下ろしてサンドウィッチを食べ始めた。
俺も人のことを言える立場じゃないが、先ほどの堀田の言葉が気になって質問する。
「いつもここで一人で食べてるって……友達いないの?」
「う、ごほっ!」
サンドウィッチを喉に詰まらせた堀田に、俺は慌ててハンカチを手渡す。
「ありがとう。あと、友達はいるから。ていうかできたから」
「あー……春風さんと友達になったのか」
「そう。完全に誤解が解けたわけじゃないけど、飛鳥は優しい子だから。誠心誠意謝って、お互いに色々話したら仲良くなれたんだ」
春風の話が始まった途端、急に饒舌になった堀田。
ちょっと、いや、かなり気味の悪い笑みを浮かべている。会話を始めたのを後悔してしまいそうだ。
「ならよかったね……あれ? なら春風さんと一緒に食べればいいのに」
「そ、そんなの無理だよ……いまだに話しかけるの緊張するし。それに、申し訳なくて」
「申し訳ない?」
「あ……うん。えっと。なんて言ったらいいのかな? これまで、勝手な印象で壁を作ってた気がして……彼女のことが大好きなのは間違いないんだけど、私なんかが関わっていい存在じゃないと思ってたから」
少し自嘲気味に話す堀田を見て、俺は思わず笑ってしまった。
ゲームの登場キャラと自分は違う。そういう風に自分で線引きをしていたのは俺も同じだったからだ。
「始まりはどうであれ、お互いに話し合って、心が動いたら、それはもうただの友達だと思う。友達から遠慮なんてされたら、それこそ落ち込むと思わない?」
金髪の不良生徒の顔が頭を過ぎる。
「まあ……それは、そうなんだけどね」
「そうそう。だから堀田さんも、春風さんにどんどんアタックすればいいよ」
「アタックって……そういうのではないんだけど? ていうか、堀田さんって何?」
「え?」
「呼び捨てにしてたでしょ? 別にさん付けしなくていいよ」
ヘアピンを春風に返す時のことか。確かにあの時はつい呼び捨てにしてしまった気がする。
「あーはいはい。じゃあ……美緒って呼ぶか」
「は?」
「じょ、冗談だよ」
じゃあ呼び方を変えます、なんて直接言うのは気恥ずかしかったため、ほんのジョークを言ったつもりなのに睨まれてしまった。
「名前呼びは飛鳥にしか許してないから。私も桐谷って呼ぶからよろしく」
「へいへい」
話がひと段落ついたのか、沈黙が場を支配する。
食事中だからか、不思議とそこまで気まずさは無かった。
「……あ、あのさ」
「ん?」
視線を向けると、堀田は口を開いては閉じてを繰り返して、まるで池の鯉みたいになっている。
言いづらい事があるのだな、とこれ以上ないくらいわかりやすい態度だ。
「……あの時、電話くれたでしょ?」
「あーうん」
「その時だけじゃなくて、その後の飛鳥にヘアピンを返す時も……お礼を言えてなかったなって」
別に感謝されたいからやったわけではないため、俺はパンを持ってない方の手を軽く振る。
「まあ、元を辿れば俺のせいなんだし、別に礼なんていらないよ」
「ううん。あれは私の自業自得だと思ってるから。とりあえずありがとうって事を伝えたかったの。それとごめんね? 怒鳴ったりして」
「いや、それを言うなら俺も謝りたいと思ってたから。俺が変に首を突っ込んだせいで大事になった」
俺も堀田に倣って頭を下げる。
「あー……ま、まあそうよね。考えてみればそっちにも少しは非があるわ。うん」
なんだこいつ。
「仕方ないだろ? 俺は堀田みたいに詳しいわけじゃないからな」
「? 詳しいって何が?」
俺は食べ終えたパンの袋を纏め、ベンチから立ち上がる。
俺を見上げる堀田の顔は、最初の頃とは随分と変わったように思える。
今は車窓から景色を眺めるような目ではなく、動物園のアザラシを見る程度には、俺のことを真っ直ぐ見るようになった気がする。
だから、俺は言い捨てるように口を開いた。
「──既に主役がいる、この世界の事だよ」
数秒の間があった。
呆然とサンドウィッチを地面に落とした堀田を見て、俺は教室に向かうために歩き出す。
後ろから「え、ちょ? 待ちなさいよ!」と堀田の静止を呼びかける声が響くが無視した。
どうせ同じ学校、同じクラス、同じ委員会だ。
これからも顔を合わせる事はあるし、先ほどのベンチのように、一緒に過ごさないといけない時は雑談くらいする筈だ。
だから、今はこれでいい。
悪いが今は胸のつかえが取れた安心感で、堀田の質問責めに応える余裕はなかった。
「夏が来るな」
強い日差しに手をかざす。こんな世界でも、時は無常にも進んでいく。
まるで変わらないものなんてないのだと、俺に伝えているようだった。
「──桐谷!」
急いでサンドウィッチを平らげたのだろう。
後ろから駆け足で迫ってくる足音を聞いて、俺は大きなため息を吐いた。
この足音は、きっと多くの質問を俺に投げかけてくるだろう。
──物語のように綺麗にはいかない現実に嫌気がさしながらも、また突き飛ばされては敵わないと思い、後ろを振り返った。




