第七話
【堀田美緒視点】
「美緒! 先生から体調悪いって聞いたけど大丈夫なの!?」
「大丈夫だから……疲れてるからもう寝るね」
「ちょっと美緒!」
階段を駆け上がった堀田美緒は、自室の扉を後ろ手に閉めて肩で息をした。
そのまま扉に体を預けてズルズルとへたり込むと、思わず両手で顔を覆う。
──こんなはずじゃなかったのに。
この世界に転生した当初、美緒は嬉しさで飛び跳ねた。
新しい母親に「うるさいわよ!」と叱られながらも、込み上げる高揚感に手足をジタバタとさせる事が止められなかった。
大好きだったゲームの世界に転生しただけでなく、主役である飛鳥とも同じクラスになれたのだから、美緒は世界で一番幸せだと感じていた。
それもこれも、前世ではずっと病室で過ごしていたため、高校には指で数えられるくらいしか行ったことがなかったためだ。
それも、華やかな高校生活とは縁遠いもので、病人だったから周りには気を遣われるし、そんなだから仲のいい友達もできなかった。
そんな中で、兄が持ってきてくれるゲームだけが心の支えだった。
最初は興味なんてなかったが"どきどきスプリング"をプレイしていると、飛鳥や、他のキャラたちの苦悩が伝わってきた。
作り物の世界の中で、傷を抱えながら進んでいく彼女たちに、美緒は気が付けば涙を流していた。
特に、飛鳥とアランのカップリングは美緒のお気に入りだった。
大好きな野球が出来なくなって、自分の価値に悩むアランと、周りからの期待に応えることで価値を見出そうとする飛鳥。
二人はお互いに傷を埋め合い、弱さを認め合いながら成長していく。
エンドロールで笑う飛鳥の顔を見て、その成熟した強さと優しさに憧れた。
それを現実で見れると思っていたが、その期待はあっけなく崩れ去った。
この世界のルートは今どこに向かっているのだろう。本来だったらまだゲームの最序盤で、登場人物が出揃う期間だ。
なのに飛鳥と相馬の接点は無くなってしまった。登場人物が一人減ってしまったようなものだ。
「……私の独りよがりだったのかな」
美緒は呟く。
モブキャラとして転生した時点で、美緒は飛鳥の選択に任せるつもりだった。今の自分はプレイヤーではなく、ただの"その他大勢"のうちの一人だったから。
飛鳥が誰とくっついても、心から祝福できる気でいた。
なのに、一人のモブキャラのせいで飛鳥とアランの出会いが無くなると思ったら、つい声を荒げてしまった。
自分にはそんな資格はないというのに。
「……でも、なんであのモブキャラはそんな事したんだろ……?」
ゲームの世界とはいえ、目に映るもの、手に触れるもの、全てが現実だ。だから、少しのズレで、予想外のことが起きるのは理解できる。
「私のせいなのかな……。私が自由に動き回ってたから、あのモブキャラの行動が変わったとか……?」
独り言を呟いてみるが、その疑問に答えてくれる人はいない。
帰宅してからどれくらいの時間が経過しただろう。
体育座りのまま膝に顔を埋める美緒は、突如として鳴った携帯電話によって現実に引き戻される。
「……」
携帯を見るのが怖かった。
自分の言動のせいとはいえ、あんな風に悪意を向けられた経験なんてなかったし、どうすればいいのかわからなかった。
震える手で携帯を握りしめると、恐ろしいものを見るかのように薄目で画面を確認する。
「え?」
電話が来ていた。想像していなかった相手だったため、美緒は画面を見ながら固まる。
切れたと思ったら、また再度電話が鳴り、美緒は恐る恐る通話のボタンを押す。
「もしもし……」
猜疑心に苛まれながら言葉を発すると、電話口の相手はいつも通りの少し気だるげで、しかし、はっきりした口調で答えた。
『もしもし。堀田さん? 桐谷だけど』
一応はクラスメイトで同じ図書委員ではあるが、知っていることはそう多くはない。
自分と同じモブキャラで、そのくせに不遜にも飛鳥のヘアピンを手に入れた存在。
──あのヘアピンは、すでに飛鳥の手に渡ったのだろうか?
「なにか用……?」
悪い印象しかない桐谷に、美緒はつい不満げな声色を隠すことができない。
『用ってほどじゃないんだけど、お願いがあってさ』
──お願い? モブキャラが私に?
「はあ……図書委員のこと?」
桐谷が頼んでくることなんてそれくらいしか想像できなかったためにそう言ったのだが『いや』とすぐに否定された。
「じゃあ何の用なのっ……? あんたも私に何か言いたいことでもあるの!?」
そう言ってからしまった、と思った。
また悪い癖で、怒鳴るように言ってしまった。それで問題が起きてるのに、自分はなぜこんなにも学習しないのだろうと自己嫌悪に陥る。
だが、当の桐谷は全く気にしていない様子で話しを続けた。
『違うよ。ただ辛いだろうけど、明日学校に来てくれたら嬉しいなって。電話より明日の放課後にでも直接聞きたくてさ』
少し喉が詰まるような気持ちになった。
美緒自身、学校には行くつもりだったが、自分が学校に行って喜ぶ人なんて一人もいないと思っていた。
桐谷のいつもとは違い、精一杯気を遣っているのであろう優しい声色も関係しているのだろう。
「なんなの……私に聞きたい事って?」
『それは明日ね。まあ、悪いようにはしないよ。あと、春風さんとの事も誤解だってわかってるから、あんまり気にしないようにね』
自分の言いたいことだけ伝えて、すぐに電話を切った桐谷。
携帯画面を見ながら美緒は困惑と、少しの安堵感を得ながらも口を窄める。
「何なのよ……」
桐谷の小さな気遣いに、心が軽くなっている自分がいる事に気づいて、美緒はつい独り言を呟く。
今回の事が誤解なのは、美緒自身が一番よくわかっている。
けど、それを理解してくれている人間が、自分以外に一人いるだけで孤独感が薄れるのが不思議に思えた。
「モブキャラのくせに……」
美緒は座りっぱなしだった身体を起こし、部屋の電気をつけた。
――――――――――――――
堀田との電話が切れて、俺は大きく息を吐いた。
「これで少しでも気が晴れたらいいんだが……」
彼女に電話をかけたのは、俺にとっては必要な事だった。
堀田が明日学校に来ない事には、俺の考えている計画も頓挫する可能性が高い。
意外にも電話口で話した感じでは、思っているより元気そうだったからよかったが。
それにしても、自分でもすんなりと彼女を気遣う言葉が出てきたのが意外だったが、少し失敗した気持ちにもなっている。
"誤解だってわかってる"だなんて、そんなことを直接言うつもりはなかった。だが、堀田が苦しんでいるのを想像して、つい口をついて出てしまった言葉だった。
「……まあ、お互い様だからか」
孤独というのは辛いものだ。俺はそれを身をもって知っている。
ゲームの世界に転生するなんて馬鹿らしい状況に置かれた中で、一番辛かったのは孤独感だった。
堀田美緒というもう一人の転生者を見つけた時、俺は確かに抱えていた不安が薄れたように思える。
それはさながら、一人で漂着した無人島で人を見つけたような安心感だった。それで問題が解決するわけではないが、確かに救われた感覚がした。
堀田はそれを知らない。俺も伝えなかったし、なんなら隠したのだから当たり前だが。
だから、堀田が誰からも理解されていない、という状況に一石を投じたかった。一人だけでも、誤解だということをちゃんとわかっていると伝えたかった。
──俺は一体どうしたいんだろう?
堀田に伝えた言葉は、ある意味ヒントにすらなり得る。
堀田がどう考えているのかは分からないが、よくよく考えれば俺が誤解だと確信しているのは、この世界について彼女と同じ視点をもっているからだと気づくはずだ。
「まあ、勘は鈍そうだし気付かなそうだよなあ」
俺は一度、堀田に隠すことを決めた。伝えないほうがいい、と結論づけた。
それは幸せそうな堀田を見て、足が竦んだ俺の弱さでもある。
また自己嫌悪に陥りそうになった頭を振って、思考を中断する。
今はそんなことを考えている場合じゃない。
「あ、そういやあいつにも連絡しとかないとな……」
この問題を解決するには、俺と堀田と春風の三人では役者が足りない。
俺はゲームセンターで再会した"友人"に電話をかけた。




