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乙女ゲームの舞台裏 ~モブとして観察していたら、隣にもう一人いたんだが~  作者: 新田青


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第三話


 堀田美緒は叫んだ。

 

「だめ! そんなの絶対にダメなんだから!」


 聞いたこともない大きな声に、僅かに肩が跳ねる。


 いや、ただ大きいだけだったらそうはならなかったかもしれない。


 その声には、俺の行動を強く批難する感情が込められていた。


 震えながら俺を睨みつける堀田を見て、どうやら何かを間違えてしまった事を悟った。


 



 ――――――――――――――



 時は放課後。


 三限と四限の間の中休みで、春風飛鳥から失くしたヘアピンの所在を訊かれた。


 その後に堀田美緒に何か知らないかと訊ねてみると校舎裏の花壇で春風を見かけたと言っていた。


 いつもだったら何もしない選択を取るのだが、俺は今、校舎裏の花壇に足を運んでいる。


 見渡すと校舎裏にはちらほらと生徒の姿が見えた。


 静かで広い敷地にベンチもある場所のため、友人や恋人と話すにはうってつけの場所だ。


 特に気になる点もないと思われたが、一人だけやけに目を引く人物がいた。


 木を見上げる一人の男子生徒である。


 白いワイシャツは第二ボタンまで開けられていて、紺色のズボンにはウォレットチェーン。そして手首にチェーン。おまけに首元にチェーン。


 極め付けに金髪である。


 どこかで見た事があるような顔だな、とは思ったが、それよりも彼が何を見ているのか、その方が気になった。


「何見てるんだ?」


 声をかけると、金髪の男子生徒はゆっくりと此方を振り向いた。


 その表情はお世辞にも人当たりがいい、とは言えないものだった。


 綺麗な顔だが、沸点が低そうだ。簡単に言うと"世露死苦"とか言いそうな顔である。


「お前……B組の桐谷か?」


 金髪の口から自分の名前が出て驚いた。


 だが、不良生徒だなんだと悪い噂が広まっている可能性がある事は知っていたため、半ば諦めつつ問い返す。


「ああ。で? お前は?」


「相馬アラン。あんまり学校には来ねえから知らねえか」


 なんともキャラの濃い人物である。ぶっきらぼうな口調で学校、などという言葉を口にするのが少しおかしくもある。


「相馬か。よろしく。で、さっきから何を見てるんだ?」


「あそこだ」


 相馬の指差す先を見ると、一匹のカラスが樹上に佇んでいた。


「カラスだな……なんだ? 鳥が好きなのか?」


「ちげえよ。あいつが何か咥えてるだろ?」


 目を凝らして見ると、確かに何かを嘴で挟んでいる。


 時折葉っぱの合間から差し込む太陽光によってキラキラと光るそれは、俺の、または彼女の探しものに似ていた。


「ああ……よく見えないけど、あれは多分ヘアピンだ」


「ヘアピン? なんでお前がそんな事知ってんだ?」


 相馬は眉を寄せて困惑している。その様子が少し可笑しかったため、笑ったままのトーンで話を進める。


「ある女子生徒の落とし物なんだ。俺にも知らないかって聞いてきたんだけど、大事なものらしい」


 いつ飛び立ってしまうかわからないカラスから視線を外さないまま、俺は相馬に言った。


「じゃあ取り返してやらねえとな。お前、なんか投げられるもの持ってるか?」


 相馬は肩をぐるぐる回しながら言う。


「筆箱でいいか?」


 鞄の中から透明なプラスチック製のペンケースを取り出すと、相馬は何か言いたいことでもあるかの様に困惑した様子を見せた。


「どうした?」


「いや、なんでもねえ。ちょっと借りるぞ」


 筆箱くらい幾らでも投げてくれ。どうせ俺のであって、俺のではない。


 ペンケースを受け取った相馬は、半身になって足を上げる。


 豪快なフォームだが、どこか様になっている。


 小さく息を吐く音と共に、相馬はペンケースを投げた。


 それは点と点を繋いだみたいに、一直線にカラスの止まっている枝に直撃した。


 甲高い鳴き声を上げながら慌てて飛び去ったカラス。


「──」


「お、おい」


 後ろで声を上げる相馬を無視して、俺は思わず駆け出していた。


 カラスの嘴から落ちたヘアピンが、固いコンクリートの上に落ちそうだったからだ。


 手を伸ばしながら転がり込み、俺はなんとかヘアピンをキャッチする事に成功した。


「いてっ……。よし、欠けてたりしないよな?」


「おい大丈夫か?」


 駆け寄ってくる相馬に軽く手を上げて返事をする。


「ナイスピッチ」


「あ、ああ。お前も……ナイスセーブ。にしても、身体中擦りむいてるけど大丈夫か?」


 相馬に言われて痛む頬を摩ると、指先に僅かに血がついた。


「名誉の負傷だ。お前があまりにもいいピッチングするもんだから、俺もいいプレーがしたくなったんだよ」


 そう言うと、相馬は呆れた様にため息を吐いた。


「桐谷宗介。噂で聞くより悪い奴じゃないみたいだなお前」


「お前も見た目ほど悪い奴じゃねえんだな」


 思わず相馬の見た目を揶揄する様な事を言ってしまったが、当の本人はその返しが気に入ったのか、笑いながら手を差し伸べてきた。


「悪いな。筆箱投げちまって」


「気にしないでくれ。別に壊れたら新しく買えばいい。それにお前がいなかったらこのヘアピンも、二度と持ち主の手には戻らなかったかもしれない」


 手の中にある向日葵のデザインをしたヘアピンを見せながら言うと、相馬は頬を掻いて照れくさそうにそっぽを向いた。


「あのさ。次、もし桐谷のこと見かけたら、声かけてもいいか?」


「? 勝手にしろよ。俺もそうする」


 俺だってこの学校には友達と言える存在はいない。


 相馬は見ず知らずの女子生徒の落とし物を取り返すために、初めて会った人間のペンケースを投げられる人間だ。好感が持てる。


 ……いや、本当にそうか?


「じゃあな桐谷。また会おうぜ」


 考え事をしていたせいで、返事をし忘れた。


 背中越しに手を振りながら去っていく相馬を尻目に、俺は痛む頬を摩りながら、ペンケースを拾うために足を踏み出す。


 ──そして、背中に衝撃を受けて、地面を転がった。


「いって…。何すんだよ!?」


 踏んだり蹴ったりだ。


 どこの無礼者がいきなり背中を突き飛ばしたのかと振り返ると、そこには両手を前に突き出したままの女子生徒がいた。


 見知った顔だが、見た事ない顔だった。


「なんで……なんであんたが飛鳥のヘアピンを持ってるのよ!?」


 堀田美緒の叫びに、俺は呆けた様に首を傾げた。


「なんでって……成り行き?」


「ふざけないで! 嫌な予感がしたから来てみれば、アランじゃなくてあんたがヘアピンを持ってるなんてありえない!」


「アランって相馬のことか?」


「だったら何なの!? どうして飛鳥とアランの邪魔をする様な事をするの!?」


 堀田があまりに興奮している様だったから、こっちは逆に冷静になった。


 ──なるほど。


 つまりは、このヘアピンは本来のストーリー上だと、相馬が持っている事になるのか。ってことは、相馬は攻略対象の一人ということか?


 俺は落ち着いて堀田に問い返す。


「邪魔って一体なんの事? このヘアピンは春風さんの物で、落とし物をただ返すだけの事だろ? 俺が返すと何か不味いのか?」


「っ……!」


 惚けた様子を見せれば、まだ何か喋ってくれるかもと思っていたら、急に胸ぐらを掴まれた。


「お、おい?」


「ダメ! そんなの絶対にダメなんだから! 二人が出会わないなんてそんなのあり得ないっ。なんで大人しくしてられないのっ……?」


「言ってる意味がわからない。俺がなんの邪魔をしたって?」


「そのヘアピンを……あんたが飛鳥に返すなんてあり得ないって言ってるの!」


 堀田は俺の襟を掴んだまま、一拍置いて叫んだ。


「──モブキャラのくせに!」


 俯きながら、肩で息をする堀田。


 その表情は窺い知れないが、彼女が憤っているのは理解できた。


 だから、俺は思わず口を開いた。


「ごめん」


 俺の謝罪を聞いていたのか、それとも聞いてすらいないのか。堀田は乱暴に襟から手を離すと、黙ったまま背を向けて駆けていった。


 一人残された俺を見ながら、校舎裏にいた生徒たちがこそこそと耳打ちしている。


 俺は黙ってペンケースを拾うと、カバンに無造作に押し込んだ。




 ***




 校舎裏のベンチに座る二人の女子生徒。


「ねえ今の聞いた?」

「聞いた! やばいよね」


 二人の生徒は人目を憚る様に耳打ち話をする。


「変なこと言ってたよね?」

「うんうん」


 噂話が好きなのだろう。二人の生徒は意地の悪い笑みを浮かべながら先ほどの珍事について語り合う。


「ヘアピンを"春風さんに返すなんてありえない"って言ってたよね」

「もともとは春風さんのものなのに、どういうつもりなんだろうね」


 まだ寒風の吹く春の最中、二人の密談は次第に熱を帯びていった。


 


 

 

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