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乙女ゲームの舞台裏 ~モブとして観察していたら、隣にもう一人いたんだが~  作者: 新田青


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2/5

第二話

 


 授業の合間の中休みは15分しかない。その短い間に教室は大いに喧騒を増す。


「桐谷くん。ちょっといいかな……?」


 そんな空間が一瞬で静寂に支配されるのは、彼女がこの世界の主役だからか。


「……俺?」


「う、うん」


 少し緊張した面持ちで話しかけてきたのは、昨日男子生徒と言い合いをしていた女子生徒だ。


 春風飛鳥。


 快活で明るく、誰にでも分け隔てなく接する事から、春ヶ丘高校の太陽と呼ばれる存在である。


「えっと……なんの用?」


 彼女から話しかけられたのは初めてだったため、思わず突き放すような口調になってしまった。


 その瞬間、教室中から批難めいた視線を感じたが、睨みつけるように目を細めると一斉に顔を逸らした。


 ──悪意はなかったので許してほしい。


「大した用じゃないんだけど、昨日の図書委員が桐谷君って聞いてさ。落とし物をしたみたいで図書室に届いてないかなって」


 俺は昨日のことを思い出すために腕を組む。


「いや、拾得物はなかったと思うけど。ちなみにどんな物?」


「あ、向日葵のヘアピンなんだけど……」


 その言葉に、春風の栗色の髪を見てみる。そういえば昨日言い合いをした後に、小ぶりなヘアピンが視界に映った気がする。


 あれは確か図書室を走り去る時だった。なら、落としたのはその後だろう。


「職員室には行ってみた?」


「うん。けど、届いてないって言われて。どうしよう。大切な物なのに……」


 そんな大切な物を落とすな、と言いたくなったが、そこはグッと堪えた。これ以上クラスメイトたちに睨まれるのは御免だ。


「力になれなくて悪いね。見つけたら……必ず届けるよ」


「うん。ありがとう。それとごめんね。中休みなのに時間をとらせて」


 頭を下げる春風。


 それは心の底から申し訳ないと思っているかのような丁寧なお辞儀だった。


 まあ実際に彼女はそう思っているんだろう。


 表面しか知らないとはいえ、彼女はこの世界では絶対的な良心である。


 謙虚であり、素直であり、悪意がない。そうでなければ主役には選ばれてないのだから。


 それにしてもヘアピンか。落とし物なんて誰にでもあるとは思うが、春風が落としたとなると。


「ああ、もしかしたら……」


「え?」


「あ、いや、なんでもない」


「何? 凄く気になるんだけど……」


 春風は笑みを絶やさないまま、少し困惑している。


「いや、こっちの話だから。まあとりあえず見つけたら教えるよ」


「うん。ありがとう」


 それっきり春風は席から離れていった。


 いつの間にか戻っていた教室の喧騒の中で、俺は教室の前の方に座る一人の女子生徒を見る。


 同じ図書委員であり、同じ転生者であろう堀田美緒だ。


 ゲームを少しプレイした事がある程度の俺とは違って、彼女はコアなファンである事が伺える。


 もしかしたら春風の消えたヘアピンの在り処を知っているかもしれない。


 バレない様に見ていたはずが、堀田と突然目が合った。


「……?」


 睨む様な視線は、どう見ても負の感情が込められたものだった。


 翻訳するならこうだろう。


『モブキャラのくせに私の推しと会話するな』


 俺はそそくさとその視線から逃れる様に手元の小説に目を落とした。


 もしも堀田と気の置ける関係ならば『不可抗力だ』と言いたかったが、いかんせん、彼女と俺はただの委員会が同じなだけのクラスメイトである。


 堀田は言いたい事がある様子だったが、俺も彼女には聞きたい事があった。


「よし……」


 悩みながらも俺は席を立って、いまだに怨嗟の籠った視線を投げつけてくる堀田に近づいていく。


 そこでようやく彼女は俺が近づいてくることに気づいたのだろう。ギョッと目を見開いた後、すぐに視線を逸らした。


「──堀田さん」


「な、なに? 私は別に何も考えてないよ? 鳥のフンに当たっちゃえとか、側溝に足を取られちゃえなんて思ってないからね……?」


 ……こいつ。


「何を言ってるのかわからないけど、さっきの春風さんの話聞こえてた?」


「え? う、うん。それがどうかしたの?」


「いや、堀田さんも同じ図書委員だから。何か知らないかなって」


 俺の質問に堀田は大いに動揺を露わにした。


 両手をあたふたと動かす様は、まるで壊れた人形である。


 堀田が何かを隠している事ぐらい、鈍感な俺でも流石に分かった。


「し、知らないよ! 私も飛鳥……じゃない。春風さんに直接聞かれたけど知らないって答えたもん。それに、私は昨日図書室から離れたでしょ?」


「そうだね。そのまま戻ってこなかった。おかげさまで、あの後、返却本の山を一人で片付けるはめになった」


「もしかして怒ってるの……?」


「いや? ただ、昔から借りた物は返せって熱心に教えられてきたんだ。それが嬉しいことでも、嫌なことでも──」


「お、脅してるの……?」


「さあね」


 気弱そうな堀田なら少し脅かしてやれば、弾みで口を割るような気がしていたが、想定以上にビビらせてしまったようだ。


「──つもりでしょ」


「は?」


「図書委員をサボったのを口実に、私に変な事するつもりでしょ!?」


 一瞬呆気に取られた。


 堀田の大声によって、またもや教室を静寂が包む。


 ──なんて事を口走るのか。この奇天烈女は。


「……ご、誤解だよ。春風さんが図書室を出てからどこに行ったのかとか、もし知ってたら教えてほしいだけだ。春風さんが去ってから、堀田さんも後を追うように出ていっただろ?」


「あ……そういうこと?」


「そういうことも何も……俺を一体なんだと思ってるの?」


「え、不良?」


「は、はあ? どうして俺が!?」


「だって、入学前にこの高校に無断で侵入したって聞いたから……」


 それを聞いて全身の力が抜けた。


 確かに春ヶ丘高校に入学する前に、衝動的に行動した過去はある。だが、まさか堀田がその事件を知ってるとは思いもよらなかった。


 まさか他の生徒も知っているのだろうか。だとしたら色々と説明がつく部分がある。


 なにせクラスメイトに話しかけようとする度にいつも壁を感じるのだ。クラスでも孤立気味な理由が不良生徒だと思われているからだとは考えもつかなかった。

 

「……違うから。間違っても俺は不良なんかじゃない。それよりも話を戻すけど、昨日、俺と別れた後に春風さんの事を見かけたりしてない?」


「う、ううん」


 考え込んだ堀田を見ていると、小声で「不良だけど。でもモブキャラだし問題ないのかな……?」と呟いてるのが聞こえた。


 これで彼女が俺をモブキャラとして認識している事がはっきり理解できた。少し寂しい気持ちにもなったが、その決断をしたのは俺自身である。


 不良扱いされるのは癪だが。


「あのね。実は校舎裏の花壇で飛鳥……春風さんが落ち込んでるところを見たの」


「校舎裏の花壇ね」


「うん。私は他に用事があったからそれっきりなんだけど」


「ふーん。落ち込んでるように見えたのに慰めなかったんだな。堀田さんって結構ドライな人なんだね」


 これまでのやりとりで鬱憤が溜まっていたからか、つい口をついて出てしまった言葉だったが、言ってから後悔しても後の祭りである。


 勿論、堀田は激しく反応を示した。


「とんでもない! 私みたいなのが春風さんを慰める!? そんな畏れ多い真似できるわけないでしょ!? 私はただ見守るだけの傍観者でしかないの!」


 どうやら変なスイッチを押してしまった様だ。荒ぶる堀田から逃れる様に俺はそそくさとその場を離れようとする。


「……はは。そう? じゃあそろそろ授業始まるから」


「待ちなさいよ! まだ話は終わってないんだから!」


 子犬が噛み付くように俺のシャツを掴んだ堀田。シャツを引っ張るとんでもない力を感じて、額に変な汗がにじむ。


 その瞬間、教室のドアが開いて数学の担当教師が入ってきた。


「授業始めるぞー。そこ。早く席につけ」


 不完全燃焼だと言わんばかりに頬を膨らませる堀田を尻目に、俺は自らの席へと足早に帰還する。


 やはり堀田美緒は侮れん女である。あれは最早狂信者の類だ。


「……校舎裏の花壇か」


 俺は少ししかこのゲームをプレイしていない。勿論エンディングまでもやってない。


 この世界について知っている事は堀田に遠く及ばないだろう。


 きっと、いや、ほぼ確信しているが、堀田は春風が失くしたヘアピンの在り処を知っている。


 なのにそれを黙っているという事は、何か重要なイベントに関係する事なのだろうか。


(とりあえず放課後になったら行ってみるか)


 ゲームの登場キャラに深く関わろうとは思わないが、自分が知らない問題があるのは気持ちが悪い。


 それに、俺は悪人になりたいわけじゃない。


 大切なものだ、と語ったあの時の春風の表情を見て心が痛まない人間ではない。


 昔は画面の外から眺めていただけだったキャラクターも、同じ場所にいるなら出来るだけ同じ人として扱いたいと思っている。


 それが定められた道筋に沿って起こった事だとしても、校舎裏に足を運ぶくらいは大した労力でもない。


 もしも既に春風の手にヘアピンが渡っていたならそれでいい。失くし物を見つけられた幸せの陰に、俺の徒労があるくらいならば十分採算は取れてると言える。


「前回はどこまで進めたんだっけか……?」


 教師が首を傾げる。それに少し笑い声が上がる教室で、俺は静かに窓の外を見た。


 雲一つない快晴だ。夕立が降ることもないだろう。


 きっと放課後に花を見るにはうってつけの天気だ。



 

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