マリーアと言う女と浮気をして、わたくしに浮気疑惑をぶつけて、わたくしが悪いと擦り付けてきた、皇太子殿下とお別れしました。
シェランディア・キルディス公爵令嬢は追い詰められていた。
アーガスト皇太子がシェランディアに向かって、
「そなたが護衛ディアスと浮気をしているという証言がある。そなたは私の婚約者だろう。もし、潔白と言うのなら、ディアスをその手で斬り捨てろ」
シェランディアはディアスと浮気なんてしていない。
アーガスト皇太子の婚約者に3年前に選ばれたシェランディア、現在18歳。
金の髪に青い瞳が美しい令嬢だ。
婚約者に選ばれた事によって、それをよくないと思っている他家の差し金か、王立学園に
通う馬車を狙われた事があった。
だから、護衛として腕が立つディアスをギルド経由で雇ったのだ。
ディアスは冒険者である。金髪に髭が生えているおっさんだ。
魔物討伐で生計を立てていて、腕はA級である冒険者だ。
だから、高い金を払ってディアスを雇った。
彼は王立学園に向かうシェランディアの馬車を馬で護衛し、学園まで送り届ける。
学園の中には入れない。なので、彼女が帰宅時間になると、また迎えの馬車と共に馬で学園まで迎えに来て、馬車の乗る彼女を護衛し公爵家に送り届けるのだ。
ディアスの時間を縛ってしまうので、その分、高い金を払って雇っているのだ。
王宮に呼ばれたシェランディア。ディアスを護衛として連れて行ったのだが、そこで、言われた。
アーガスト皇太子に問い詰められた。
シェランディアがディアスと浮気をしているのではないかと。
シェランディアは凛として、
「わたくしは浮気などしておりません。アーガスト皇太子殿下に嫁ぐ為に日々精進しております。彼はわたくしの護衛。決して親しい関係ではありませんわ」
ディアスは、アーガスト皇太子に向かって、
「俺の仕事は護衛のみだ。今回も護衛として令嬢に着いてきた。考えてもみろよ。キルディス公爵令嬢は18歳。俺は30歳だ。歳が離れているうえに、おっさんだ。そんな俺と浮気をして何が楽しい?それに比べて皇太子殿下は地位もあるし、美男だ。美男の方がいいと思うが」
アーガスト皇太子は鼻でふふんと笑って、
「無礼にもほどがある。証拠は挙がっているんだ。お前達が街の宿で淫らな行為に浸ったという証拠がな」
シェランディアは覚えが無かった。だから、
「そんな証拠、でっちあげですわ。わたくしは、決してキルディス公爵家の名誉を汚すような真似は致しません」
アーガスト皇太子はシェランディアの前に行き、
「お前のその高慢な所が嫌いなんだよ。それに比べて、平民のマリーアはなんて心が清らかなんだ」
シェランディアは頭に来た。
「要するに皇太子殿下がマリーアと言う女と浮気をしているのを、わたくしが浮気をしているとでっちあげて、わたくし有責に婚約を破棄したいということなのですね?」
「婚約破棄?お前とは結婚してやる。ただし白い結婚だ。誰の種とも解らぬ子を産まれては困るからな」
「わたくしは、ディアスとは浮気をしていませんわ。この証拠もでっち上げでしょう?」
「ともかく、お前が浮気をしていないと言うのなら、この男を斬り捨てろ。お前の手でな」
「わたくしは剣など持った事はありませんわ。それに無実の護衛を斬れと?横暴ですわっ」
「ああ、斬れ。お前が無実と言うのなら斬れ。例え斬っても、疑いある行動をするお前が悪い。だから結婚は白い結婚だ。どうしてもというのなら、褥を共にしてやってもいい。ただし、生まれた子は皇位継承権を持たないがな。子を出来ぬ処置をして市井に放り出してやる。例え俺の子だとしても、お前の子を先行き皇帝にするのはしゃくだ。愛しいマリーアとの子を皇帝にする。いずれな」
なんて酷い。もしかしてわたくしを狙ったのは、この男?いえ、結婚はしたいと言っていたわ。キルディス公爵家と縁を繋げたいと。縁だけ繋いで、生まれた子は市井へ放り出すと?わたくしを何が何でも悪いという事にしたい訳ね。
ディアスは、シェランディアに、
「キルディス公爵令嬢。俺を斬って疑いが晴れるのなら斬ってくれて構わねえ」
「貴方を斬る訳にはいかないわ。わたくしは貴方と浮気をしていない。その証明に貴方を斬れですって。いかに皇太子殿下の命であるとはいえ、やってもいない浮気の証明に人一人の命を斬るなんて出来ないわ」
アーガスト皇太子はにやりと笑って、
「斬れないということはやはり浮気をしていたんだな。よかろう。この浮気女め。結婚してやる俺に感謝するんだな」
酷い酷い酷い。アーガスト皇太子に憎しみを感じた。
ディアスは冒険者だ。冒険者で最近はシェランディアの護衛の仕事で、魔物討伐の仕事はやっていない。魔物討伐は何日もかかることが多いから、護衛の仕事で少ない休みしか取れないディアスには出来ないからだ。
ディアスが何故、護衛の仕事を引き受けたかと言うと、高額な報酬が用意されていたからである。金はいかなる時も自分を裏切らない。だから、ディアスは飛びついた。
その事をシェランディアは知っている。
だから、帰りの馬車の護衛をしてもらい、公爵家に送り届けて貰ってから、シェランディアは、
「今日は迷惑をかけてすまなかったわ。でも、貴方との契約を終わりにしないと。皇太子殿下に疑われてしまったのですもの」
「そうだな。良い職場だったんだが、仕方ない」
「それにしても、新しい護衛はどうしようかしら。女性の護衛をギルドに頼んで雇ってもらうしかないわね。今までお疲れ様」
彼は真面目に時間に遅れることなく、護衛を務めくれたが仕方がない。
そして、彼と別れる事に少し寂しさを覚えた自分に驚いた。
ディアスと少し話をすることがあった。
馬車が途中で壊れた事があり、修理の間、ディアスと話をしたのだ。
「どうして、貴方は冒険者になったの?」
「金を稼げるからな。金が稼げれば俺は何でもよかったんだ」
「お金?」
「ああ、金は裏切らねぇ。金さえあれば、俺の母は死ぬことが無かった。俺の母は伯爵である父に愛人として引き取られて、俺を産んだ。伯爵家の生活に慣れなくて、市井へ一人、逃げて。金が無くて野垂れ死んだんだ。金があれば母はたくましく市井で生きていたんだろうか?」
「お母様は気の毒な事をしたわ」
「だから俺は家を飛び出て、冒険者になった。金だ。世の中、金が全てだ。だが、魔物討伐の仕事は金以上の面白さがあってな」
色々と魔物討伐の話をしてくれた。
シェランディアには知らない世界。
面白かった。もっとこんな時間が長ければいい。そう思えた。
そんな事があった数日後、馬車が突然止まり、シェランディアはカーテンの隙間から外を見た。黒い覆面の男たちが、剣と弓を手に馬車を囲んでいる。
「公爵令嬢を渡せ!」と一人が叫ぶ。御者が震える中、ディアスの声が響いた。
「馬車から出るな。すぐに片付ける」
ディアスは馬から飛び降り、短刀を手に襲撃者へ向かう。一人が弓を構えるが、ディアスは盾で矢を弾き、瞬時に間合いを詰めて弓兵を地面に叩きつけた。別の男が剣を振り上げるが、ディアスは身を低くしてかわし、肘打ちで昏倒させる。その動きは無駄がなく、まるで魔物を狩る獣のようだった。
戦闘が終わり、ディアスが馬車の外から声をかけてきた。
「片付けたぜ。大丈夫か?怪我はねぇよな?」
シェランディアは怖くて怖くて。震えが止まらない。
「俺が傍にいる。だから安心しろ」
そう外から慰めてくれる彼の声が嬉しかった。震えが止まって。
カーテンから顔を出して、
「有難う。ディアス。助かったわ」
ディアスが親指を立てて、にんまり笑った。
なんかその笑顔を見たらドキドキした。
その後、たまに時間を取って、彼から冒険者の仕事の話を色々と聞いた。
浮気なんて事は決してない。
そんな時間が無くなるのがちょっと寂しいと思った。
新しい護衛をギルドに頼んで雇う事にした。
新しい護衛は女性の冒険者をギルドから紹介してもらうことになった。
しかし、その冒険者はキルディス公爵家に契約の朝、来なかった。
護衛がいないと、学園に通えない。
様子を見に行った使用人から報告があった。
「女性が殺されたようです。冒険者風の。この先の道で死体がっ。
騎士団に通報しました」
殺された?何で?どうして?ギルドから来るはずのB級冒険者の女性よね?
アーガスト皇太子の周りには20名になる漆黒の親衛隊がいる。
彼らは腕が立つのだ。アーガスト皇太子自身もかなり強い。
嫌がらせ?わたくしに対する。
意味が解らない。震えて過ごせというの?
怖かった。耐えられない。
キルディス公爵である父も事の次第を調べてくれた。
「騎士団に聞いても、あの女性が殺された事件は、上からの命令で詳細は話せないと。我が公爵家が雇った女性だということだ」
「お父様。なんて事?犯人は皇太子殿下?嫌がらせかしら。わたくしはどうしたら?」
公爵夫人が、
「そうだわ。国伝説でほら、屑の美男をさらう変…辺境騎士団とかいうところがあるそうじゃない?そこに依頼すれば」
公爵が呆れて、
「あれは伝説だろう?一国の皇太子をさらう事なんて出来るはずがない」
シェランディアは思った。
ディアスに聞いてみよう。彼はA級冒険者。何か知っているかもしれない。
ディアスに使いを出して、公爵家に来て貰った。
客間にディアスを通すとシェランディアは、
「変…辺境騎士団というところがあって、屑の美男をさらってくれると聞いたのだけれども、そんな変…辺境騎士団が本当に存在するのかしら?」
ディアスは頷いて、
「知っているぜ。存在はする。でも、一国の皇太子をさらうとなると、彼はかなり強い。まぁ皇太子の顔は綺麗なんで奴らの好みにはあうとは思うが」
「依頼するとなると、高額な報酬を払わないとならないわね」
「報酬?いや、いらないだろう。屑の美男がいると情報を流せば。ただ、皇太子や親衛隊がかなり強いので動くかどうかは判断が難しい所だが」
わたくしはアーガスト皇太子殿下が嫌い。
彼がいなくなってしまえばいいと思っているわ。
でも、本当にそれが可能なのかしら。
一国の皇太子をさらうなんて事‥‥‥
彼との結婚が無くなったらわたくしはどうなるの?
それでもわたくしは‥‥‥皇太子殿下の事が許せない。
「お願い。変…辺境騎士団に依頼をして。報酬が必要なら出すわ」
ディアスは頷いて、
「解った。奴らに情報を流してみよう」
この浅はかな考えが、まさかあんな事になるとは思わなかった。
アーガスト皇太子が、視察に親衛隊20名と街へ訪れた時に、謎の集団に襲われた。
だが、アーガスト皇太子達はその集団を見事に撃退したのだ。
相手方も強かったが、親衛隊がそれ以上に強かった。
双方、怪我人が出たが、謎の賊は逃げて行った。
だが、一人の賊をアーガスト皇太子は捕らえる事が出来た。
親衛隊に捕まって縛られたその男は、金髪の美男で、悔し気に
「これ程の強い屑の美男だとはな。こちらとしてもしくじったぜ」
アーガスト皇太子は、剣を手に、
「お前らは何者だ?背後に誰がいる?」
「言うと思うか?」
「だったら首を刎ねてやろう」
まさに首を刎ねようとアーガスト皇太子が剣を振りかぶった時、ディアスが飛び込んで、首を刎ねられようとした賊を庇った。
二人して脇に転がる。
アーガスト皇太子はディアスを睨みつけて、
「お前が黒幕か」
庇われた金髪美男、辺境騎士団四天王の一人アラフは、ディアスに向かって、
「馬鹿っ。お前、俺なんかを庇わなくても」
「そうはいかねぇだろ?」
アーガスト皇太子はにやりと笑って、、
「ということはシェランディアが絡んでいるということだな。こいつらを捕まえて吐かせろ」
親衛隊がまさに二人を捕まえようと近づいた時に、割って入った人物いた。
「捕まるとは何事だ。アラフ。お前は馬鹿だな」
「騎士団長っ」
辺境騎士団騎士団長バルトスが、親衛隊の前に立ちはだかった。
「俺の名はバルトス。ヴォルフレッド辺境騎士団騎士団長だ」
アーガスト皇太子はバルトスに向かって、
「変…辺境騎士団とは、俺を屑の美男と認定したのか?」
「屑の美男ではないのか?女性を泣かせていると聞いた。まぁ、俺は屑の美男教育には反対なんだが、部下たちが手を出してしまったからには仕方ない」
シェランディアが馬車に乗って駆け付けた。
馬車から降りると、緊迫した状況に驚いた。
アーガスト皇太子はシェランディアに、
「お前か?屑の美男認定をして、俺を変…辺境騎士団に売ったのは」
「屑の美男でなくて何ですの?わたくしというものがありながら、マリーアと言う女と浮気をして、わたくしに浮気疑惑をぶつけて、わたくしが悪いと擦り付けて。だから、変‥辺境騎士団に情報を流しましたわ。貴方はブルガス帝国の皇帝に相応しくない。わたくしはそう思いますの。我がキルディス公爵家を馬鹿にした振る舞い。許せませんわ」
「お前は俺に対する愛があったはずだ。三年間、俺はお前に花をやり、プレゼントもやって大切にしてきた」
「嫌々ながらでしょう?わたくしが好きな花も知らないで、部下に頼んで送ってきたとわたくしは知っておりますのよ」
「だから愛がないというのか?」
「あら、貴方こそ愛がわたくしには無いでしょう。わたくしを浮気者扱いして、生まれてきた子は市井へ捨てろなんてなんて酷い。わたくは貴方なんて大嫌い」
「嫌いで結構。俺は、変…辺境騎士団なんかに捕まりはしない。親衛隊。そこの男達を倒せ」
騎士団長のバルトスは不機嫌に、
「ヴォルフレッド騎士団だ。ちゃんと名前がある。では、戦うとしようか」
凄い速さで、アーガスト皇太子の傍に行くと、その剣を跳ね飛ばし、腹を殴りつける。
アーガスト皇太子はふっとんだ。
親衛隊20名も漆黒の剣を手に、次々と襲い掛かって来る。
しかしバルトスは大剣で子供相手をするように、軽々と跳ね飛ばして、親衛隊達は皆、地に転がった。
辺境騎士団の逃げていた連中が戻って来て、アラフに抱き着いた。
マルクが触手を絡めて、
「無事でよかった。急いで騎士団長を呼びにいったんだ」
ゴルディルが大泣きに泣いて、アラフを抱き締める。
「うおおおおっ。アラフっつアラフうう…」
エダルも男泣きに泣いて。
「生きていてよかったっ」
シェランディアはディアスと共に、
「この度は助けて頂き有難うございます」
「バルトス騎士団長。助かった。有難う」
バルトスは大剣を背に背負い、
「部下が殺されそうになったから、迎えに来たまでだ。それでは失礼する」
ムキムキ達が、転がっているアーガスト皇太子を簀巻きにし、
「屑の美男を持ち帰らねば」
「せっかく団長が転がしていったんだ」
「戻って祝いだ祝い。屑の美男こそ至高」
こうしてアーガスト皇太子は、変…辺境騎士団に連れて行かれた。
シェランディアは、ディアスに礼を言う。
「迷惑をかけたわね」
「いや、しかし何故、馬車で駆けつけてきたんだ。危険だろうに」
「いてもたってもいられなかったの。わたくし、使用人に聞いて、慌てて駆けつけましたわ。貴方に何かあったら‥‥‥」
あら、胸がドキドキするわ。
この人を好きになったらいけないのに。ただのこの人は護衛で。
ちっとも綺麗じゃないし、美しくもないし、整ってもいないし、
それに、わたくしは公爵令嬢。皇太子妃の道が絶たれても、新たなる婚約で家の為に役に立たなくてはいけない。
ディアスはシェランディアに、
「今回の事で、皇帝陛下から何か言われるかもしれない。ここでお別れた。世話になった」
ディアスに背を向けられて寂しかった。
何でこんな気持ちになったのか解らない。
でも、寂しかったのだ。
シェランディアは、皇太子が行方不明になったということで、婚約解消になった。
キルディス公爵である父の命で新たな婚約が結ばれた。
「ディアス・コルディ伯爵令息と申します」
「え?ディアス。貴方、冒険者はどうしたの?」
「まぁ、家を飛び出て、冒険者になっていたんだが、父に頭を下げて戻った。うちの領地は儲かっている。だから、キルディス公爵もこの婚約を承知してくれた」
「まぁ‥‥‥」
「だた、家を飛び出していた分、これからが俺は大変なんだ。だから、その‥‥‥」
「一緒に、頑張っていきましょう。わたくし、貴方となら頑張れるわ」
嬉しかった。ちょっと芽生えた恋が、花開いたのだ。
ディアスに抱きしめられた。
でも、ディアスったらきちっとした格好が似合わない。
そう、思ったら笑えた。
でも、二人の未来はこれから。
シェランディアの心は希望に満ち溢れているのであった。