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Ep2-3:幸運の髪飾り

「だって……命がけで化物(バケモノ)と殺し合いするのもバカバカしいじゃないですか……」

「あ!? だったら足洗って青空の下で生きりゃいいだろーが」

「そんな…… 今さら無能……非能力者に混ざって面接受けるとか……」

「世の中ナメんのもいい加減にしろよ手前(テメー)


 いい年してそうなおっさんが全裸で中学生に怒られているのを横目に、夏水は恋波と向き合って気まずい視線を交わしていた。


「……チッ、結局は四方木もアンタの味方か」

「そ、そうなのかな……」

(わたし)みたいに勉強が出来るわけじゃなし、二愛(にあ)みたいに運動が出来るわけでもないのに、なんでアンタばっかり……」

「ひぐっ!?」


 気にしているとこを容赦なくぶっ刺されて、夏水はまた涙目になった。なんでこんなわけ分かんない状況で罵倒だけはされなきゃいけないのか。


「二愛って、上成(うわなり)さんのことだよね? 何かあったの?」

「白々しい……! 知ってんでしょ!? 翔流(かける)くんとのこと」

「か、翔流(かける)くんって府玉田(ふたまだ)くんのことだよね? 何かあったの?」

「……本気で言ってんの? あんた」

「ひぅ」


 察するに、この看板を使ってイヤがらせした犯人は一郷恋波なのだろう。アウトドア系の上成さんと違って、インドア志向の恋波ちゃんとは割と仲良いと思ってたのに、ショックだ。


「私と二愛と、どっちを取るのって訊いて見りゃ、本当は夏水が良かったって…… フザッけんじゃないわよ、マジで!」

「それは府玉田くんが悪いだけなんじゃないかな!?」


 思い出した。あの、四方木くん冤罪事件の日だ。あの日のことはよく憶えてないし思い出そうとするのもしんどいけど、確かスマホがハッキングされて、クラスメイトの秘密が拡散されたとかなんとか騒いでたような気がする。府玉田くんと恋波ちゃんと上成さんが揉めてたような憶えも、なんとなくある。

 ……それでどうして、ほぼ無関係なはずの自分が天下の往来に実名を晒される羽目になった? 理不尽じゃない?


「……まぁ、そうよね…… あー、アホらし。私、何やってんだろ」

「それを説明して欲しいんだけど……」


 勝手に憑き物が落ちたような顔をしないで欲しい。こっちは割とボロボロなのに。


「終わったか?」


 座りこんだまま話す女子中学生二人のところへ、礼祀が戻って来た。

 裸のおじさんはいつの間にかいなくなっている。話がついたんだろうか。アスファルトに鼻血か何かが飛び散ったような跡があるが、気にしないでおこう。


「えっと…… 始まってもないような……」

「そうか。おい一郷」

「ヒェッ。な、なんでしょう」

「こっちの世界は義理が七分(ななぶ)に人情が三分(さんぶ)、残り九割は暴力だ。手前(てめー)なんぞ三日と生きてられねーと思うが」

「はあぁっ!? なにそれ!?」


 こっちの世界って何だろう。四方木くんの言う事は、だいたいよく分からないのに、やたらと雰囲気だけはあって、とにかく怖い。


「今後はまぁ、好きなように生きた挙句どうしようもなくなって死ね。じゃーな」

「ちょっ…… あの!? ねぇ、なんとか……!」


 消えた。


 さっきまでそこにいたはずの恋波は、瞬きの間に影も形も残さず陽炎のように消えてしまった。

 気が付けば、初夏の鬱陶しい日差し。表通りの方から街の喧騒が聞こえてくる。

 看板も…… もう、無い。


「ったく…… しょーもな」


 くぁ、と欠伸をする礼祀。




 ……終わったのだろう。

 夏水には何が何だかさっぱり分からないまま。この事件の全てが。




「はぁ…… おい小輪雁、行くぞ」

「え? ふわっ!?」


 腰が抜けたままの夏水を、礼祀が抱き上げた。

 お姫様抱っこではなく、憎らしいほど堂に()ったファイヤーマンズキャリーだったが。


「ちょ、ちょっと、四方木くん!?」

「腰が抜けてんだろ? 家まで届けてやるよ…… ったく、仕様(しょー)のねー奴」

「なんでさっきから悪口言われてばっかりなの……」


 理不尽だ。そう思いながらも、夏水は大人しく礼祀に身を預ける。

 礼祀の肩は、異様なくらい安定感があって、とても寝心地が良かった。




 よー分からん。礼祀は内心で独り()ちる。

 今朝、開運の力を込めてしまった夏水の髪飾り、あの向日葵の摘まみ細工は、自分でもやっちまったかなと思うくらいの強力な出来栄えだ。

 そうそう不幸に見舞われるとは思えない。あんな(しょっぱ)い陰陽師崩れがコスト重視で作った粗悪な呪具を、素人の子供がヤケクソで使ってみた程度の些末な事件でイヤな思いをするなんて、そんな目に合うとは考えにくい。




 だとすると、この状況は、夏水にとって幸運な事態だということだが……


 


 礼祀が首を(ひね)ると、夏水がくすぐったそうに身動(みじろ)ぎした。


 夕暮れと呼ぶには、まだ早い。夏を間近に控えた太陽の下を、二人は昨日と少し違う並び方で歩いて行くのだった。

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