Ep2-2:霊能少年は仕事が早い
「よぼぎぐぅぅぅぅぅん」
腰が抜けたまま、涙声で礼祀に縋りつこうとする夏水。鼻水を啜り上げていると言うのに、美少女は凄まじいほどに美少女だった。見る者全てが庇護欲なり嗜虐心なりを強烈に掻き立てられずにはいられない、危険なまでの愛らしさがそこにあった。
礼祀は夏水を無視して、伸ばした手を擦り抜けるように看板の前に立つ。
「ド素人の仕事だな。こりゃ」
そう言って、礼祀はいつの間にか握っていた刃物を看板に突き立てた。
「ひゅいっ!?」
そんなことしていいの!? と、礼祀のあまりの躊躇の無さに慄く夏水。どうして彼はこういきなり取り返しのつきそうにないことを始めるのか。
そんな夏水を見向きもせず、礼祀は刃物……鉄輪のついた武骨な苦無を器用に使って、みるみるうちに看板に切れ目を入れていく。
……人型だ。
精度が凄い。明確に同い年くらいの少女だと分かるシルエット。
夏水は全く状況を理解できなかった。礼祀が何のために何をしているのか、さっぱり分からない。
それでも、安心感があった。
礼祀の迷いの無い手つき、動揺の無い背中に。
くるり、と刃先を返した礼祀が、こん、と鉄輪で看板を叩くと、型抜き菓子のように少女の姿が刳り貫かれて、落ちた。
「なんでこんなことした?」
え? なんでって? 私何もしてないよ? と、夏水が戸惑う暇も無く、
「えっ? えっ? ええええええっ!?」
狼狽と驚愕に満ちた一人の少女の悲鳴が、血のように赤い日差しの中に響いた。
「……こなみ、ちゃん?」
夏水は目を丸くした。一郷恋波。狗尾柄中学3年2組のクラスメイトだ。
え、なんでここに? 今までどこに? 看板の裏とかに隠れてた?
でも、恋波の恰好ときたら、上はTシャツ、下はスウェット。捻じった髪をタオルでまとめていて、おまけに裸足だ。
どこからどうみても部屋で一人くつろぐ時のスタイルである。思春期の少女が外をうろつくファッションではない。
「夏水ちゃん……? え? なんで、ここに……?」
アスファルトに脚を投げ出し、看板にもたれたまま、恋波は震える声で夏水に問いかける。
「えっ、いや、ここ、帰りがけに通るから…… 恋波ちゃんこそ、なんで? 今日、学校休んでたよね?」
「な、なんでって言われても……え?」
状況が理解できず会話が成り立たない女子中学生二人に、礼祀は何の説明もしないまま口を挟む。
「一郷、答えろ。なんでこんなことした?」
「……ひいっ!? よっ、四方木……さんっ!? えっ、なんで!? ちょっ、見ないで! 見ないでくださいィッ!」
「あー、だいたい分かった。後は当事者同士で話せ」
恋波を一瞥した礼祀は、今度は看板を刳り貫いて出来た穴に手を突っ込んだ。
「で、手前は何だって素人相手にセコい商売してやがんだ!?」
少女二人が一瞬で竦み上がるほどドスの利いた声とともに、礼祀は手を引き抜いた。
「……ほぉぉぉぉぉおぉおおお!?」
瞬きの前後で、目に映る光景が変わった。
野太い悲鳴とともに、全身から水を滴らせながら、スキンヘッドにシャンプーハットを被った全裸の中年男が現れたのである。