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Ep1-2:霊能少年は塩対応

 子猫のように、首根っこだけを掴まれてぶらさげられた夏水(なつみ)。完全に両足が道路から浮いている。

 されるがままに見上げれば、眼の前には知らないお兄さん(がた)。中坊が想定通りの挙動をしなかったのが不満のようで、おちょくってんのかと言わんばかりの不機嫌そうな顔をしている。


 夏水は半泣きで礼祀(れいじ)に抗議しようとしたが…… 自分がなぜここにいるのかを思い出し、唇を結んで文句を飲み込む。




 確かに四方木くんなら、こういう人達を容易(たやす)く黙らせてしまうだろう。

 あの日、友人達の手足を容易く()じ曲げてしまったように。


 もうそんなことにならないように、夏水は礼祀の(そば)にいると誓ったのだ。


 大丈夫。この人達だって無闇に無茶なことはしないはずだ。万が一暴力に訴えてくるようなことがあれば、今は「仕事がありますので」と言いたげに足早に通り過ぎていく人々も、無視を決め込みはしないだろう。

 まずは人を信用し、普通にお断りの言葉を述べて、はっきりと自分の意志を示す。それが話し合いの第一歩であり、人と人との正しい関わり方のはずだ。


 小輪雁夏水はぎゅっと拳を握りしめ、口を開いた。




「……ごめんなさい。盾にしていいですか……」


 だって怖いもん。この人たち、すっごく不機嫌そうなんだもん。




 礼祀は、はぁ、と溜め息を()くと、夏水を120度ほど回して学校の方へ向け、通学路に置いた。

 別に怒っていたわけではない。勝手に都合良く使われるのが気に入らなかっただけで、最初からこの臆病者に大して期待はしていないし、この小動物をやたらと虐待するつもりもない。


「分かればいい。じゃ、学校行くぞ」


 背中をぽんぽんと押された夏水は、促されるまま歩き出す。

 そう言えば、完全に足が浮くほど吊り上げられていたのに、首にはちょっとつねられる程度の痛みしかなかった。

 中学生の知識からしても異常な気がするが、まぁそういうこともあるだろう……四方木くんのやることだし。


「おい、ちょっと待……」


 非礼で身勝手な中学生どもを追いかけようとした二人組は、不意に下腹を押さえて動きを止めた。




 グルル……と、押さえた下腹から抑えきれない獣の唸るような音が響く。




 二人組は顔色を変え、キョロキョロと周囲を見渡した後に一点で目を止めると、「ちょ……ちょっと待ってろ」などと勝手なことを言い残し、競歩みたいな歩き方で幕戸屋の中へ消えていった。


「な……何かあったのかな」


 何をしたの? と言いたげに、夏水が礼祀を恐る恐る見上げる。


「どーでもいーだろ」


 礼祀はそう言って、朝の通学路を学校に向かって歩き始める。




 他者(ひと)に悪意を向けると腹の具合が悪くなる呪いをかけただけだ。


 丁寧に分からせてやるほど付き合いのある相手じゃない。一応霊視もしてみたが、『気弱そうなガキがちょっと脅しただけで言う事を聞けば儲けもの』くらいの認識で行動しており、暴力行為等に及ぶほど覚悟を決めているワケでも考えが浅いワケでもなかった。なら、これくらいが一番手っ取り早いだろう。




「ふぁ…… こんなとこで見世物になってるから絡まれるんだ。ぼさっと待ってないでさっさと学校に行けよ」

「み、見世物って…… だったら、四方木くんが先に来て待っててくれればいいじゃない」

「やだよ面倒な」


 そう言いながらも、夏水のスピードに合わせて歩いてくれるのだから、本気でウザがっているわけではないと思うのだが……


「……お前が作ったのか、ヘアゴム」

「え?」

「昨日のは花結びで、今日のは摘まみ細工だろ。手作りか?」

「えっ? えっ? 詳しいの!?」

「いや、別に詳しくは無いが……」

「そう! そうなんだよ。(わたし)が作ったの! この向日葵(ひまわり)。ほら、種のとこ、可愛いでしょ!?」


 夏水は目を輝かせて見せびらかすように束ねた髪をいじる。

 以前はブランド物で身を固めていた友人が周囲の興味と憧憬を集めていた。そんな彼女の隣で手作りの粗品を披露するような度胸はなかったのだ。


「ああ、執念を感じるな…… いい仕事するじゃねーか」


 礼祀はそっとヘアゴムの花飾りに触れ、軽く開運パワーを流してみた。

 通りも乗りも良い。予想以上によく馴染む。よほど丁寧に、真剣に、夢中で、思いを込めてひとつひとつの布を折ったのだろう。

 夏水のことを見直すと同時に、今までこの臆病なクセに人懐っこいクラスメイトを知らず知らずのうちに軽く見ていたことを自覚し……礼祀は頬を掻いて、可能な限り素直な賛辞を夏水に送った。


「えへへー」


 ぱぁっ、と。花も恥じらうような笑顔で、夏水は笑った。

 魅惑の妖精だの魔性の妖女だの美の女神だのを飽きるほど見て来た礼祀でなければ、魂まで奪われてしまっていただろう。




 15歳の少年と、もうすぐ15歳になる少女は、並んで朝の陽差しの中を歩いていく。


 二人に物語があるとすれば、それはまだ恋すら始まっていない。

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