EP4-1:これをヒロインレースと言って良いものか
給食を食べ終わり、空になった食缶を給食室に返すと、四方木礼祀は寝てしまった。
小輪雁夏水は、そう言えばシャーペンの芯が切れかけてたな、と購買へ向かう。一度お気に入りのシャーペンを壊されて以来、百円均一の芯は信用しないことにしている。
購買を目指して一階に降りるべく、階段を下ったところで、異変は白昼堂々と起きた。
二階なのである。
小輪雁夏水は目を瞬かせ、小首を傾げた。誰もいない廊下に三年生の教室が並んでいる。疲れてるのかな? 主に四方木くんのせいで。と、もう一度階段を降りようとして、誰もいない昼休みの廊下の違和感に硬直した。
ぞっとするほど、陽射しが赤い。まるで夕焼けのよう。
小輪雁夏水は小動物のように動きを止めた。呼吸音すらピタリと止まる。階段の手摺を握る手に力が入りカタカタと震える。
「よ……よもぎくぅぅん」
この前助けてもらったお礼も満足にできてないのに、などと形振り構っている余裕はなかった。何かがおかしい。その何かが分からない。どうすることも出来ない絶望もイヤだが、どうすればいいか分からない不安と恐怖もまた耐え難い。
「あまり気軽に口にして欲しくない名前なんだけどね」
「ぴいっ!?」
変な声が出た。背後、それもすぐ近くからいきなり話しかけられた。
四方木くんの名前に反応したっぽい? という推察が切れそうな理性の糸を辛うじて繋ぎ止めた。恐る恐る振り向くと……一人の少女が立っている。柔和な笑顔、長い黒髪。楚々とした佇まいにシックなセーラー服が良く似合っている。これで顔色がやたら蒼白くなければ完璧だったのだが……
「ど、どちら様でしょう」
「……えぇと」
二階堂まどか……と、まだ人であった時の名で答えて良いものか、と、少女は逡巡する。さりとて、『二階の窓辺に佇む美少女』という怪異としての名を、この凄まじいまでのガチ美少女の前で名乗るのはいささか抵抗があった。結局、彼女は怪異らしく容易に真相を語らない体を装うことを選んだ。
「気軽に名前を口にしない方が良いモノもいるんだよ。あの御方みたいに」
「えぇ…… あの、それって四方木くんのことですか?」
あの御方、と来たよ。そういえばシャンプーハットのおじさんも四方木くんには敬語だったな、と夏水は思い出す。あまり考えたくはないが、やっぱり四方木くんは止ん事ない方々と関わりがあるのだろうか。
「あの、四方木くんの関係者の方……ですよね?」
「関係者……そう、ね。いつも御陵様……礼祀さんがお世話になってます。あの御方が同年代の人間とこんなに話をしたり一緒に歩いたりすることなんて滅多にないから…… どうか、これからも仲良くしてね」
「えっ、いえいえ、とんでもない。私の方こそ、四方木くんにはお世話になってばかりなのに、何のお返しもできてなくて…… いや、お世話になってると思うんだけど、四方木くん、詳しいこと何も話してくれないから…… お礼をするタイミングが……」
2人してぺこぺこと頭を下げ合う。微妙な距離感の対話であった。
「そうだよねぇ…… あの御方は自分のやることに対価を求めないから。私もあの御方には多大な御恩があるのだけど」
セーラー服の少女は頬に手を当てて溜息を吐くと、すぅっと目を細めて夏水を見据えた。
「その分、あの御方は、自分に仇を為すものに容赦しない」
「は、はい。そうですね……」
「貴女も、どうかあの御方を裏切ること無きよう。もし、そのようなことがあれば……」
ぐちゃり、と。
セーラー服の少女の頭が弾けた。何かに叩き潰されたように、頭が潰れ顔が砕けて中身が飛び散る。
「きぅっ」
夏水が声にならない声を出して硬直した。車に轢かれそうになった小動物のごとく棒立ちになって瞳孔が開く。
「……絶対に許されないと思いなさい。あの御方に恩義があるものは私だけではない…… あれ?」
夏水がピンと棒のように硬直したままゆっくり倒れていくのを見て、セーラー服の少女は慌てて彼女の体を受け止めた。
「お、おぉう…… 予想以上に臆病っていうか、小動物的な子だね。やりすぎたかな? 大丈夫?
………………えっ」
今度は二階子ちゃんが硬直した。夏水の背中を支えた手がギチリと凍り付き、瞳孔が開く。彼女は信じられないようなものを見る目で夏水を凝視すると、その体を廊下に横たえて恐る恐る夏水の胸に手を当てた。
「……ウッソでしょ」
夏水の心臓は止まっていた。




