Ep3-4:霊能力者にだって給食当番は回って来る
4限目が終わって、お昼。
三角巾と割烹着を身に纏った四方木礼祀が、ABCスープを黙々とよそっていた。緊張で息が浅いクラスメイト達が、何故か一礼して器を受け取っていく。刑務所の食堂だってもう少し和気藹々としていそうなものだ。
また一人、礼祀の前にクラスメイトが立った。上成二愛。一郷恋波の友人? にして府球田翔流の被害者その2。茶髪のプリンがほとんどカラメルソースになっている。ネイルにもメイクにもすでにギャルの風格は無い。窶れた顔でカタカタと震えながらPEN樹脂製の食器を取ろうとして…… 手を滑らせた。
「気を付けろ」
スープがこぼれる前に、礼祀の手が食器を受け止めた。二愛の口からひゅうっと息が漏れる。ただでさえ静かな教室が余計に静まり返った。身動ぎの一つさえも憚られそうな空気。
「ごっ…… ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
引き攣り裏返った声で叫びながら頭をガクガクと下げる二愛。手にした盆の上ではコッペパンまでもが皿からズリ落ちてしまいそうになっている。
はぁ、と溜め息をついて、礼祀は言った。
「手前らは……俺が短気で狭量だから怒られてると思ってんのか?」
びぃーん、と全身の産毛を逆立てて二愛が硬直した。これから給食だと言うのに胃を押さえてゲロを吐きそうだ。
「俺が怒りっぽくて心の狭い人間だと思ってんのかって訊いてんだよ」
「ごめっ…… 」
嘔吐くように声を詰まらせる二愛。顔面蒼白になっている。
「自分がどんだけのことしたと思ってんだ…… 手前が冤罪で檻にブチ込まれないと分からねーのか?」
血の気が引いた。
何人かが小輪雁夏水に助けを乞うような視線を向けたが、彼女もコッペパン用のトングをカチカチカチカチカチカチと鳴らして震えていた。怖い時の四方木くんは本当に怖いのだ。
クラスメイトは察する。夏水が怖がっていると言うことは、四方木礼祀は冗談で言ってるワケでは無いのだと…… それにしても夏水、肝心な時に役に立たねぇな……割烹着姿は可愛いけど。
「……告訴期限は6ヶ月だからな?」
よく分からないことを念押しされた。6ヶ月後になにが起こるのか、それまでにどうしろと言うのか、さっぱり分からない。怖い。
もはやどうしようもないほど崩壊した教室を、担任教師は呆然と見ていた。
彼は知っている。四方木慶祀に敵対してはならないと。
29年前、四方木慶祀はよもぎになった時、遍く魂に『俺にケンカ売った奴は消す』というメッセージを焼き付けた。担任教師は四十代であり、故に四方木慶祀の恐ろしさを知っている。知らされていたのだ、知らないうちに、いつの間にやら。怖すぎるだろ……
なので、四方木慶祀の子供である四方木礼祀もなんかヤバいヤツなんだろうなぁと思っている。こんなことなら子供達にも、四方木という連中のヤバさを教えておくべきだったか? でも、子供って平気で『お前のことヤバいヤツだから敵に回すなって先生が言ってたぜー』とか言っちゃうからなぁ……
「いつまで突っ立ってんだ。スープが冷めるぞ」
礼祀のその言葉で、凍っていた時間が動き出した。二愛が慌ててトレイを持ち直し、席に戻っていく。再び列が流れ始めた。誰かの腹がくぅ、と鳴った。




