第五章
何者かに見られている・・・
俺は意識を視線の先に向ける
身体に不釣り合いな大杖を持った女がこちらを凝視している
いくら自分の顔が整っているからと言ってそこまで見なくてもいいだろうと最初は思っていたが
ちょっと違うかもしれない と今は思うようになった 何か伝えたいことがあるようだ まるで念力を
送っているかのようにこちらを見つめているが、テレパシーでもない限り何を伝えたいのか分からない
と、不意に女が立ち上がり、こちらに勇んで歩んでくるようだ
俺は目を閉じたふりをして椅子から立ち上がらない
女は手に持った杖をぶるぶる震わせながら、半開きの口を開けて何か言おうとしている
だが吐息が漏れるだけで声は出てこない この女、極度の緊張で言葉が出ないのか?
「あ・・・あの!!!」
急な大声に周りの声が一瞬ざわめきを失った
じっと女をいくつもの視線が見つめている
だが、女が次の言葉を発しないと分かるや否や、客たちはまた普段の会話に戻り静まった酒場は
再度ざわめきを取り戻した
先ほどの大声を出した気力はどこへやら、女は手に持った杖をぶるぶる震わせながら、再び
俯き黙りこくってしまった 溜息を吐き、俺は言葉を発した
「なんだ、俺に何か用か?」
俺は左目だけ開け女の相貌を確認した
女は自分と同い年、あるいは少し下だろうか
まだあどけない表情が残る顔には魔力向上を促すイヤリングをしており
杖を持つ手にはサファイアとガーネットの宝石をあしらった指輪を取り付けている
おそらくこちらも魔力向上を促すアクセサリーであることだろう
ただ問いかけに対し、女はあわあわと口をまごつかせるだけで一向に次の言葉を発そうとはしない
「早く言え、愚図は嫌いだ」
俺は開けた左目を再び閉じた。目を閉じていても女の状態は容易に想像がつく
おそらく今でも大杖を持った手をわなわな震えさせながら、言葉を出そうと思っているのだろう
「わ、私も誰もいないのです よ、よかったら一緒に行きませんか?」
やっと聞いた言葉は支離滅裂な内容だ。
まず、私も とはなんだ。まるで俺も誰からも相手にされていないように聞こえるではないか
俺は一人でオーガ討伐に行く予定だった。ただ、オーガに対する情報が圧倒的に少ないので酒場で
情報を取ろうと会話に聞き耳を立てていたのに、それではまるで俺が一人者で臆病に聞こえるでは
ないか
そして、よかったら一緒に行きませんか とはどういう意味だ
どこに?何しに?が完全に抜けている この状況で「わかった行こう」と即断即決するような輩は
いるのか?(まぁ、女の顔が整っているから下心のある男であれば付いていくかもしれんが・・・少なくとも俺はタイプではない)
怒りで血が頭にのぼっていくのが分かる。俺はなるべく感情を出さないように静かに心掛けて聞いた
ここで再度目立っては分が悪い 先程この女が大声を発したせいでただでさえ居ずらくなっている
今度何か変なことをしたら俺も巻き添えをくらって酒場を追い出されるかもしれん 俺は怒りを抑え
なるべく冷静につとめて話した
「何が言いたいのか分からん 適格に話せ」
女はひぐっと奇声を発した 俺は両目を空けて女を見上げた
女は再び唇を震わせながら、あわあわと話している
ここまで俺を見て怯えるとは、それほど俺は高圧的なのだろうか,、こいつの表情を見ているだけで
イライラしてくる 別に誰からも愛されるような存在ではないことは自分でも分かっている
分かってはいるが、それでも相手の反応を見ると不快に感じないわけにはいかない
「わ、わたしは今誰も仲間がおりません、仕事を受けたいのですが、一人では何もできません
そ、その・・・あなたもお一人でしたら、ペアを組みません、か・・・?」
女が絞り出した言葉を聞き、俺は再び目を開けた
女は相変わらずもじもじと身体をくねらせており、手に持っている大杖を取ろうものなら
腰から地面にへたり込むのではないかと思うくらいの状態である 視線は地面を向き、こちらを
向いていない
「貴様が何者か俺には分からん 故に俺が貴様を受け入れる要素が無い。貴様の容姿から魔術師で
あることは分かるが、あいにく俺は魔術師は探していない。他をあたるんだな」
そう、俺は魔術師を必要とはしていない。俺が仲間に入れたいのは、回復魔法や防御壁、筋力上昇など
戦闘を優位にする魔法を得意とする僧侶である。
オーガ戦はおそらく肉弾戦となるであろう その際、筋力や体格に勝るオーガと戦うには自身もそれに見合う体力をつけないといけないし、傷ついた身体を直す回復魔法を必須だからだ
「か、回復魔法は使えます! 私、これでも賢者資格を持っているので!!」
女は再び大声を出し、賢者だけが持つという刻印の入った大杖を見せて来た
賢者を資格を持っている・・・? この若さで?信じられない 通常、賢者になるためには
10年以上の魔術師としての経験を持ち、厳しい適性試験を受けて合格した一握りの選ばれた者しか
なれないと聞く。そのような試験合格できるような者にはどうしても思えない 不正な出来ないように
特殊な刻印が入ったその大杖は、間違いなく賢者であることを証明していた。
「・・・」
俺は悩んだ こいつ、本当に賢者なのか? だが、こいつが賢者であることを知った今
これ以上ここに長居するつもりはない。心配なのは、頼りない賢者が果たして本当に役に立つのであろうかということだ いざオーガと対面したときに腰を抜かして動けなくなり足手まといになるだけかもしれない だが賢者の資格を持つ女が一人空いている これは願ってもいない幸運だと言わざるを得ないだろう
「わかった 貴様が賢者の証を持っていると分かった今、これ以上ここに留まる理由もない
今回の討伐任務、貴様と一緒に向かおうではないか」
俺はぐんっと立ち上がった 女はひぐっと差し出した大杖を引き戻し身体を縮めた
「俺は勇者ガイン 貴様の名は?」
「ア・・・アリスです! アリス・レーシェン」
レーシェンという名はどこか聞き覚えのある名だったが今は思い出せない
俺はアリスをにらみつけた
「アリス 出発は明日早朝だ 東口から出発する 旅支度をしておけ」
アリスは、は・・・はいっ!! と身体を硬直させた
俺は酒場の椅子から立ち上がり、アリスの状態を伺いもせず、そのまま酒場を後にした
座りすぎた足からとどまっていた血液が流れだし、わずかな痺れを伴った