表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

神を愛するふりで王太子を撃退した結果

作者: 加上汐

「聖女と持て囃されているだけの平民上がりの女に王太子殿下の婚約者など相応しくないわ」

 その言葉を聞いた瞬間。

 きた、と思いました。拳をぐっと握り突き上げたいのを我慢して、口元のにやけをどうにか抑えます。こんな、こんな!テンプレートすぎる発言を思い通りにしてくれるなんて!ええ、この機を逃すわけにはいきません。

「わ……わかってくださるのですね……?!ああ!あなたこそが私の天使様に違いありません!神から与えられしこの試練!このまま悪魔に憑かれた者どもに身を穢されるかと覚悟しておりましたが、あなたが、あなた様が私をお助けしてくださる!神は私を見捨てておられなかったのですね!」

 そんなことを宣いポロポロと涙をこぼしながらご令嬢の手をガシッと掴むと、彼女はポカンと間抜けに口を開けていました。


 *


 私はごく普通の村人の家に生まれました。上に兄姉がおり、下に弟妹がいるちょうど真ん中です。普通でないことが二つあり、そのうちの一つが私があんまりに美しいことでした。

 これはかなり良くないことです。家は七人家族の食い扶持を稼げるくらいではありましたが、それでもただの村人です。最初に私に目をつけたのは村の小作人たちの雇い主の息子でした。

 彼は村長と呼ばれていましたが、いわゆる豪農の息子であり、彼の父は村に住む人たち全員に土地を貸し与えている存在です。村長はそのうちの一部の管理を任されていたようでした。

 彼は美しい私を家から取り上げ、使用人として雇いました。といっても当時は六歳くらいでしたから、大した仕事はできなくて、ただの愛玩用のペットみたいなものです。

 さいわい手を出されることはありませんでした。手元で育てて、年頃になったら()()()()計画だったのでしょう。村から離れた、豪農のお屋敷のある街に住まわされましたが、主人の息子の所有物である私に害をなす人はあまりいませんでした。私は大人しく聞き分けが良くて、仕事の手伝いもなるべくやっていましたから。ちゃんと媚びていれば美しい子どもの私を可愛がる人ばかりでした。


 二番目に私に目をつけたのは、教会の司祭でした。本当は村長の父が私を貴族家の侍女にしようとしていたのを知っています。美しい侍女を差し出し、お手付きになれば繋がりもできますから。

 けれど司祭はその前に私を引き取りたいと申し出ました。

 その時に言ったのが私に聖女の素質がある、ということです。この司祭は善良な人で、私に聖女の素質があるのは本当でした。このまま売られるのも村長に手をつけられるのも勘弁してほしかった私は、教会に入ることを決めました。

 聖女とは、一定以上の法術の素質のある女性のことです。男性だと聖人と呼ばれます。法術は癒しや結界など、教会が信仰する神より与えられし力のことです。

 この世界では全ての人が神からなんらかの力を与えられていますが、力の種類によってどの神かも異なるのです。簡単にいうと魔法があり、属性によって加護されている神が違うといった感じでしょうか。教会の神はいわゆる聖属性といえばいいでしょう。

 熱心に信仰される神は少なく、教会のように組織があるところも珍しいようでした。魔術の素養は普通に過ごしていればわかりますが、そもそも平民でそこまでの才能を持っている人は少ないのです。

 けれど教会の人は法術を使える者を見抜き、いれば教会に引き入れるということをしているようでした。まあ、既得権益のようなものがあるのでしょう。医療技術を独占しているようなものですから、豪農といえども教会に逆らえず、聖女の素質があると言われた私を差し出さないわけにはいかないということでした。

 あとから思えば田舎の教会だったからでしょう、司祭様は質実剛健、神に仕えることを使命とした真面目で清廉な方でした。私はまず、教会で聖女見習いとしてお勤めをすることになりました。最終的に聖女になろうがならなかろうが、法術の素質を持つ人は聖人・聖女見習いという扱いなんですけどね。


 そんなわけでまた少し離れた街の教会に私は住まいを移しました。この地区の主管教会だそうですが、街自体は前に住んでいた街より小さいくらいです。ま、商業の中心地と信仰の中心地が異なるというやつでしょう。

 聖女見習いは楽しかったです。まず、やることがあるのがとても助かりました。豪農のお屋敷では可愛がられていましたが、興味のない大人の自慢話を聞かされたり、当主の孫に追いかけ回されちょっかいをかけられたり、楽しい生活とは言えなかったからです。衣食住に困りませんでしたが、ぶっちゃけていえばかなりストレスでした。その点教会に属していれば煩わしいことから解放されます。

 見習いは朝日と共に目覚め、教会の掃除をし、教典を読みます。昼食の手伝いをしたら法術の訓練をし、再度教典を読み、夕食の手伝いをし、日が沈んだら一日が終わります。とはいえ司祭様が用事の時は自主学習になりますから、そこは自由時間みたいなものでした。

 私はくるくるとよく働くと言われていましたが、暇がつまらないだけです。洗濯や繕い物は担当の通いの使用人がいましたが、手伝えるときは手伝いました。それでも時間があるときは教会の読書室にある本を読み漁りました。司祭様が貴族の出身のためか、蔵書量はなかなかのものでしたが、田舎の教会を出るまでの間に全て覚えられるくらいには読破してしまいました。

 さて、法術の訓練というと、最初にやらされたのが治癒術でしたが、これがとにかく向いていませんでした。私はグロいのが苦手なのです。切り傷も打撲も骨折も、とにかく見ただけで気分が悪くなるので、使い物にならないと司祭様も早々に諦めました。

 代わりに結界や浄化の術はかなりの腕前になりました。結界は街に魔物が入り込まないために必要ですし、浄化は魔物が棲みついて澱んだ土地を人が住み作物を育てられるようにするものですからこれでも食いっぱぐれることはありません。結界に至ってはバリエーション豊かに、防音や防火の結界まで張れるようになりました。


 そんなわけで私は一級法術まで使えるようになったので、聖女と認定されてしまいました。頑張って訓練したというのに、さらなる災難はここから始まってしまったのです。

 聖女や聖人と認定される法術の使い手はかなり珍しいのですが、ほとんどは貴族の出身です。ですが私は後ろ盾のない平民でした。なので教会の偉い人から見ると使い勝手のいい存在、教会そのものの地位を上げるための駒だったのです。

 私は聖女認定のために王都の大教会に呼び出され、そこでなんと王族に引き合わされました。そもそも聖女認定には王族が立ち会うものらしいのですが、いたのが私よりいくつか年上の王太子だったのがきっといけなかったのです。十代半ばになった私はあまりに美しい少女でした。

「そなたが聖女か。なるほど、何とも神々しい。そなたならば私の隣に立っても不足しないな」

 とか王太子が言い出すと、あともうは転がり落ちるようなものでした。

 あれよあれよという間に、私は王太子の婚約者の座に収まっていたのです。いやありえないでしょう、平民ですよと言っても聖女という肩書きは強力すぎました。もう一人の聖女の方は五十を越えていて、歳の近い人がいなかったのも問題だったと思います。

 その上私は美しかったので、平民と馬鹿にしづらかったのかもしれません。見目がいいというのはそれだけで大きな武器なのです。聖人や聖女が例外なく美しい外見をしているのは、教典を読む限り神が面食いだからなのだと思いますが。


 望まぬ武器と肩書きで、私は舞台から降りられなくなってしまいました。勘弁してほしすぎます。人の顔と胸だけ見ている王太子のことはちっとも好きでありませんし、ぶくぶくに太ったいかにも汚職に塗れた王都の司祭の手駒にされるのも気に入りません。私は田舎で静かにルーチンワークをしたいだけなのです。

 逃げようにも、聖女として大教会に囲われるとなかなか難しいのです。はてさてどうしようと悩んでいるうちに、学校に通うように言われました。

 貴族や、優秀な平民が通うための学校が王都にはあるのです。聖女という肩書を背負って、私はそこに通わされました。将来の王太子妃としての修行みたいなものでしょう。

 勉学に励める環境は素直にありがたいと思いましたが、デメリットも大きすぎます。

 ですが、今まで教会という閉ざされた環境にいた私はここでハッと気が付くことができました。

 貴族が通う学校ですから、様々な派閥の貴族がいるのです。その中には当然、聖女とはいえ平民である私が王太子の婚約者なんぞに据えられているのに不満のある貴族もいました。まあ、平民だからというだけではないのでしょう。教会が力を増すのが問題だとか、あるいは自分たちが本来得られるはずだった次期王妃の座を奪われたのが癪だとか、いろいろあるのだと思います。

 とにかく私は光明を得た思いでした。ですが、下手に接触すると害される危険性もあります。一応結界の術でどんな攻撃も弾くことができる私ですが、策なしに挑むわけにはいきません。

 そうしていろいろと考えを巡らせたのですが、この件の問題は、婚約相手が国で最も偉い王太子だということです。それより偉く、そして嫁のなり手がいない誰かと結婚すればよいのではないでしょうか。

 私は田舎の教会で神に関するさまざまな文献を読み漁っていましたが、これはいわば創世神話です。その中に、神と人間が結婚する話もありました。

 それです。聖女である私はいわば神に愛された存在。その神を熱心に信仰し、神に貞操を捧げようとしている――これでいきましょう。


 聖女である私の周りには王太子やらその子分やらがくっつき回っていましたが、それらを振り切って隙を見せれば予想通りに接触がありました。そう、侯爵家のご令嬢からです。直球テンプレートな台詞で王太子の婚約者をやめろ、と主張する彼女に私はさっそく演技をかましました。練習したかいがあり、涙も上手く流せたので完璧です。

 私は美少女ですからね。聖女というイメージ通りの外見の美少女が悲壮さを滲ませ涙を流せば、それなりに効果があります。

「ま、待ちなさい。天使って、いえ、そうではなく……」

 焦るご令嬢に畳み掛けます。勢いが大事なのです。

「王太子殿下には色欲の悪魔が憑いているのです!そうに違いありません!神に捧げたこの身に触れようとするなど、おぞましい悪魔でございます!」

「し、色欲……」

「それだけではありません!大教会の司祭はあんなに太って、暴食の悪魔に憑かれているのです!神の教えの節制を守れぬなど、あんな者が司祭とは教会はおかしくなってしまいます!天使様のおっしゃる通り、私はただの平民です。浄化を行っても効果はなく、私の修行が足りないのだと思っておりましたが……天使様が御導きくださるのですね?!」

「そ、……、そうね。ええ、私が。その悪魔とやらを祓う手伝いをして差し上げますことよ!」

 流石は侯爵家のご令嬢です。私がぐだぐだ捲し立てている間に、どう利用できるか考えていたのでしょう。腹を決めたらしい彼女は、さっそくどうすればいいか教えてくれました。

「とりあえずはわたくしと一緒に行動なさい。お友達、と言えば王太子殿下も怪しまないはずですわ」

「て、て、天使様とお友達など畏れ多いことでございます!」

「ふふ、いいのよ。あなた……案外かわいいわね」

 案外ちょろいご令嬢です。朗報でした。世間知らずの、あるいは神に仕えることしか考えてない狂信者である私のことなど手のひらで転がせると思えばかわいく思えたのでしょう。


 権力者への媚び方は豪農の屋敷にいたときに学んでいたので、私がご令嬢のご友人がたにも受け入れられるのはすぐでした。

 だいたい、美少女が男を引き連れていたら嫌悪感を抱く女性がほとんどでしょう。私につきまとっていた王太子たちの行動は、私を女子生徒のコミュニティから爪弾きにし、王太子妃にふさわしくなどないというレッテルを貼っただけなのです。これだから色欲に支配されたバカは困ります。

 私はご令嬢をはじめとした女子生徒たちと過ごすようになり、見目麗しさで王太子を籠絡したなんて噂も消えていきました。私に表立って敵意を向ける者が少なくなってきたのでしょう。ご令嬢は本当に私を守るために動いてくれていて、打算があったとしてもかなり助かりました。私だって打算まみれですから。

 ですが、王太子やその子分どもは相変わらず私を取り囲もうとしてきます。なのでご令嬢たちがいる場で、私は次の行動に出ました。


「聖女……あでっ!?」

 私に触れようとした王太子の手が弾かれ、大袈裟な悲鳴が上がります。それを見て私は大声を上げました。

「やはり!この悪魔め!よくも王太子殿下に取り憑きましたね!」

「は……っ?」

「結界に弾かれたのがその証拠です!浄化の効かない小賢しい色欲の悪魔ども!私には二度と近づけないと思いなさい!」

「聖女!何を言っているのだ!」

「みなさま!この穢らわしい悪魔どもの言うことを聞いてはなりません!王太子殿下は悪魔に取り憑かれているのです!その事実を知らしめるためにこそ、神はこの試練をお与えになったのです!ああ、神よ、私に力をお与えください!」

 聖女と王太子が大騒ぎしていれば衆目を集めます。さらに聖女の言葉は衝撃的なものです。私が望んで王太子の婚約者の座におさまったのではないということも、ご令嬢のおかげで広まっていますから、みな真に受けはしませんがまさかと思うくらいはするでしょう。

「聖女!馬鹿なことを言うでない!不敬だぞ!」

「不敬なのはそちらです!私のこの身は神に捧げたもの!神に愛されし私を穢らわしい欲望で支配しようとするなど神への冒涜です!さあ、あなたの本性はこれにて暴かれました!おとなしく王太子殿下の身から出て行きなさい!」

 ここでポイントなのは、あくまで王太子ではなく取り憑いた悪魔を罵倒すると言うことです。不敬罪で捕まってはたまりませんからね。

「ああ、悪魔に憑かれるなどおいたわしい王太子殿下。そこの衛兵!この者どもを捕えなさい!」

 騒ぎを聞いて駆けつけてきた衛兵に、ご令嬢がノリノリで命令を出します。ですが、相手は王太子です。衛兵が迷う素振りを見せるので、鋭い声が飛びました。

「王太子殿下に憑いているのは色欲の悪魔ですのよ!女生徒が襲われたらどうするのです!」

 生徒たちがざわめきます。女生徒の中には悲鳴を上げる者さえいました。「ち、ちがう!」と王太子が言い募っても、聖女の言葉は強力です。一度植え付けられた疑念は晴らせません。


 最終的にその場を収めたのは呼び出された学校の責任者でした。王太子と子分どもは事情聴取に連れて行かれ、私とご令嬢も別の場所で話を聞かれました。もちろん、ご令嬢に言ったことをそのまま繰り返してやります。王都の大教会の腐敗も含めて、です。

 学校の責任者はどうやらご令嬢の親族の方のようで、私たちは早々に解放されました。

「こんな状況で大教会に戻れば悪魔どもがどう出るかわからないわ。いくら聖女とはいえ、あなたの身に危険が及ぶとなると心配なのよ。しばらく我が家にいらっしゃい」

「よ、良いのですか!ああ、天使様……!こうも私のことを考えてくださるなんて!」

「だからその天使様って言うのは……、まあいいわ」

 ご令嬢は照れているのか、そっぽを向きました。かわいいです。まあ、彼女の家に連れて行かれるのは想定内なので困りません。


 私は侯爵家の方々にご挨拶をしましたが、やはり娘を王太子妃にしようと考えていただけあって私を使ってやろうという感じでした。ご令嬢はまあまあ絆されているように見えますが、油断はできません。

 私は安全のためと学校を休まされたので、しばらく礼拝堂に籠ることにしました。侯爵家の敷地内には小さいですが立派な礼拝堂があるのです。そこを縄張りとし、神に祈る素振りを見せ続けてやります。私が熱心な信徒であり、神に身を捧げるなんて妄言が本気なことを信じさせるのです。

 それに、礼拝堂は田舎の教会と似ていたので落ち着ける場所でもありました。教典を読み、法術を磨く日々は王都に連れてこられてから奪われていたものです。取り戻せてホッとしました。

 このまましばらく軟禁されていてもいいのですが、ずっとだとちょっと困ります。田舎のルーチンワークが楽しかったのは街中は自由に歩けて、たまに力を使って人の役に立つという満足感があったからです。侯爵家のひも付きになるにしても、自由度は上げたいものです。


 そうして二週間ほど過ぎた頃、私は侯爵閣下に連れられ王宮に向かいました。何やら国王に呼び出されたようです。馬車の中で侯爵閣下は今一度私に尋ねました。

「聖女殿、王太子殿下に悪魔が憑いているというのは本当なのだな?」

「もちろんでございます。神に誓って」

 そう、色欲という名の悪魔。別に嘘ではありませんから、私は当たり前に頷きました。

「では、そのことを陛下に証言いただこう」

「承知いたしました」

 私のいないところで全部処理されるかと思いましたが、証言の機会はいただけるようです。私は意気揚々と王宮に向かいました。


 さて、存命の聖女と聖人は私を含めて三人しかいません。驚くべきことに、その全員が王宮に集まっていました。

 そのほかには国王陛下と、王妃殿下、王女殿下。あと偉そうな貴族が何名かいます。私が告発した者どもはいないので、安心しました。

 そこで、私は改めて悪魔に憑かれた王太子と司祭の話をさせられました。神への賛美を交えて堂々と言い切ってやります。

「悪しき悪魔の出現――これなるは神が与えし試練でございました。試練を乗り越えたことで、神は私への寵愛をまこと確かにされたのでございます」

「ふむ……。聖女ソニアよ、先ほど王太子と司祭の様子は見てもらったな。悪魔に憑かれているというのは確かなのか?」

 他の聖人聖女を呼んだのは私の告発の裏を取るためでしょう。お年を召してなお美しい先輩聖女のソニア様は、私をじっと見つめてから答えました。

「恐れながら、国王陛下。この若き聖女の力はわたくしをはるかにしのぐのでございます。治癒の術のみを修めたわたくしには悪魔の存在を判断することはかないません。ですが、神に誓った言葉が嘘偽りのないことは確かでございます」

「そうか」

 国王陛下は頷きました。ソニア様は私とは逆に治癒に特化した聖女ですから、うまい言い訳ですね。嘘も言ってません。ソニア様は侯爵閣下と近しい貴族家の出身ですから、不利になることは言わないとわかっていました。

「それでは、聖人ワッツ。そなたから見てどうだ?」

 唯一の聖人のワッツ様は三十代の美男です。彼も私を見つめましたが、すぐに答えました。

「若き聖女の告発に間違いはございません。あの者どもには確かに悪魔が憑いております」

 迷いのない断言に貴族たちがざわめきました。流石ワッツ様。頼りになります。

 だってワッツ様は聖人とはいえ大教会の組織内では権力構造の外にいましたからね。腐敗した司教たちをどうにかしようとしていたのを私は知っています。このチャンスを逃すはずがありません。おそらく私と同じ解釈で悪魔が憑いていると断言したのでしょう。

 悪魔が超常存在だとか、言っていないですし。人の心から生まれる悪魔だってありますとも。


 と、聖人聖女が証言すれば――証言の場を設けてそれを聞いてしまえば、国王といえど無視することはできません。こんな大っぴらにやるからです。都合が悪くても、王家はちゃんと処理をしなくてはなりませんでした。

 大教会には監査が入り、多くの司祭が悪魔憑きとして捕らえられました。そして王太子と子分どもは悪魔が祓われるまでと軟禁されましたが、自由の身になったとて醜聞は一生付きまといます。

 王太子は王位継承権を失い、王女が立太子しました。その配偶者はあの侯爵令嬢のお兄様だそうです。国王も責任を追及されてすぐに代替わりをしたので、それはもう慌ただしかったことでしょう。

 他人事みたいに言うのは私がとっとと王都から脱出したからです。ご令嬢と感動の別れを済ませ、大教会の指揮を執ることになったワッツ様にお願いして田舎に戻してもらいました。

 猫の手も借りたい忙しさなのにと文句と愚痴を三十分ほど聞かされた後に、代わりに信頼できる者を紹介しろと言われたので、田舎の教会の司祭様を王都に飛ばしてさしあげました。彼も大教会の腐敗ぶりを嘆いていました――というか左遷されて田舎に来ていたようですので、キリキリ働いていることでしょう。


 これで私は聖女でありながら安寧を取り戻しました。侯爵閣下にはお世話になりましたが、借りはもう存分に返しましたしね。変なしがらみがなくて結構です。ご令嬢とは文通をすることになりましたが、彼女のことはかわいくて好きですから構いません。それに、また何かあったら頼れるでしょう。

 司祭様もいないので教会の責任者になった私の裁量は片田舎においては十分すぎるほどです。ここでのんびり暮らしながら、聖女としての力で人々を助け感謝を返される。素晴らしいことです。承認欲求が満ち満ちます。

 ありがとうございます、神様。そう改めて祈っていると、ふと、何かが聞こえました。

「まあ、試練ってわけじゃなかったんだけどね。でもきみって私好みだから、身を捧げられるのはアリよりのアリかな」

 ……うん?

「美少女に想われるって気分がいいなあ。今夜どう?」

 ……、冷や汗が出てきました。ですが、目を背けたくても背けるわけにはいきません。

 組んでいた指を解き顔を上げると、そこにはまばゆいほどの美しさの男が立ってました。彫刻ではありません。本物、です。

「……か、神よ……」

「何かな?アリセ」

 軽薄そうな発言を補ってあまりある美しさをまとう男は当然のように答えますから、もう認めるしかありませんでした。私も散々神の威光を使っていたので罪悪感がこみあげてきます。というか、たとえ神でも内心はバレていないものなのですね。

「ま、まずはお友達からで、いかがでしょうか」

「ああ、本人には奥手なタイプ?そういうのもかわいくて好きだな。いいよ、まずはお友達から。仲良くしよう、アリセ」

 ……安寧のルーチンワーク、田舎のスローライフに、神様って要るものでしょうか。

 私が堀った墓穴の前に立ちふさがるだけの神様は、笑って私に手を差し出しました。

 どこにも逃げ場はないことは自分が誰よりもわかっています。私はひきつった笑顔を浮かべ、その手をどうにか握り返したのでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ