8.彼女は罠にはまった
ラストです。途中で視点変わります。
(どうして?どうしてこんな事になったの?どこで間違えたの?)
地下牢に放り込まれてから、おそらく数日経った。
薄暗い牢の中で1日1回差し入れられる食事などから日数を確認し、自問自答する日々が続いた。
別々の牢に入れられた為、カノープス達がどうなったかもわからない。
食事を差し入れる兵士から、私達が公爵令嬢を虐めたばかりか、覚えもない薬物に手を出した罪で、裁かれるのだと聞かされた。
ずっと望んでいたレグルスルートが破綻したことや、牢に放り込まれたことよりも、こんな事になった原因やこの先どうなるのかわからないのが、何より恐ろしかった。
答えの出ない堂々巡りの思考に気が触れかけた時、コツコツと足音が聞こえてきた。
ボンヤリと顔を上げると、かつて陥れようとしていた女が私を見下ろしていた。
「こんばんは、ずいぶん大人しくなったわね。そんなに牢獄暮らしが堪えた?」
もう反抗する気力もなく、無言で頷いた。
「つまらない反応ね…まぁいいわ。今日は貴方にお礼を言いに来たの」
楽しそうにしているミアの言葉に、首をかしげる。
「お礼…?」
「そう。昨日正式に私とレグルス殿下が、正式に婚約したの。貴方のおかげよ、ありがとう」
レグルスの名前に、気力を取り戻す。
(そうだ…どうして?レグルスと婚約するのは、私の筈だったのに。レグルスと婚約した後は、他の王子を排除して、王太子妃になるつもりだったのに!)
「どうしてあんたがレグルスと婚約するの、悪役令嬢の癖に。私が婚約するはずなのに、どうして…!」
鉄格子をつかんで、彼女と向き合う。
彼女がニヤリと笑った。
「『星降る恋を貴方に』のヒロインだから?」
「な…!あんたも転生者だったの!?」
ミアが無言で私が驚くのを愉快そうに眺めた。
「全部あんたのせいだったのね!レグルス攻略を失敗したのも、牢屋に入れられたのも全部…!」
目の前の女に嵌められたのだと思うと、怒りでいっぱいになった。
掴みかかろうとしたが、ミアはすっと後ろに下がり、鉄格子に阻まれて手が届かなかった。
「私のせいじゃないわ、全部貴方のミスよ。おかげで漁夫の利を得られたから、お礼を言いに来たのよ」
「私のミス…?私にどんなミスがあったっていうのよ!」
ミアが怒る私を冷静に眺めた。
「その様子じゃ、レグルスルートを攻略した事は無いようね。せいぜい設定資料を見ただけかしら?教えてあげる。設定資料に載っているスチルは、難易度を上げて盛り上げる為の製作者のひっかけ―――罠よ」
「え…」
予想外の事に、頭が真っ白になる。
「どういう事?レグルスルートは、ハーレムルートから開かれるんじゃなかったの?」
「ハーレムルートから開かれるのは間違ってないわ。ただし開かれるのは、断罪イベントからじゃないわ。レグルスルートを開くには、入学して1か月以内に他攻略者の好感度を友人以上恋人未満まで上げて、かつ生徒会に入会すると3人の誰かからランダムで交換留学の話が出るから、話を受けて留学する事で、ルートが開けるのよ」
「あ、そんな…。何でそんな大事なこと、教えてくれなかったのよ!!」
(今更どうにもならないじゃない!もっと早く教えてくれてたら…!)
苛立ちのあまり鉄格子を揺らしたが、どうにもならない。
「あら嫌だ。どうして私が嫌がらせをしてきた貴方に、親切にしなければならないの?留学は男女1名ずつなのよ?自分のチャンスを潰してまで、貴方に親切にする謂れはないわ」
「そんな…」
「それにちゃんとヒントはあったわ?生徒会の誰かが、留学について話をしたでしょう?それに彼の生い立ちを考えれば、令息達を侍らせてる令嬢が好かれる筈ないじゃない」
「あ…」
(そうだ。レグルスは母親を無理矢理好色な国王の側妃にされて、恨んでるんだ…。そんな人間が、同じように複数の異性を周りに置いてる人間を、嫌わない筈がない…ルートにこだわりすぎて、彼の性格や思考を考えていなかった)
がっくりと項垂れる私に、ミアが最後のとどめを刺した。
「貴方が私を嬲り者にすればするほど、レグルスの好感度が上がってくれてとても攻略しやすかったわ、どうもありがとう。お礼に命だけは助けてもらえるよう、嘆願しておいたわ。男爵家は取り潰されたし、カノープス達も処刑されたけど、貴方だけでも平民として頑張ってね。あぁそれと、半年後には私とレグルスの結婚式だから、ぜひ見に来てね」
そう言うと、ミアは振り返ることなく牢屋を後にした。
「ああああああああああああ!!!!」
残された私はすべて失い1人きりになった絶望に、叫ぶしかなかった。
~半年後~
「ミア、お疲れ様。大丈夫かい?」
夫となったレグルスが、心配そうに声をかけてくる。
結婚式の後行われたお披露目のパレードの最中、突然群衆の中から女が飛び出してきて、私に襲い掛かってきたのだ。
すぐに取り押さえられたが「そこは私の場所だ、私が王太子妃になる筈なんだ」と、意味不明な事を喚き続けた為、頭のおかしな女として処分された。
「大丈夫です、ただ幸せだなぁ…と、思っただけです。」
そう言って甘えるようにもたれかかると、優しく笑いながら抱きしめてくれた。
「疲れているのなら、出発を遅らせようか?向こうに着いたら王妃として働くことになるんだし…」
「いいえ大丈夫です。王妃になるのだから、これくらいなんでもないです。」
「そうだね、君ならきっと良い王妃になる…。ずっと王家を嫌って逃げることしか考えてなかった私に、立ち向かい、改善することを教えてくれた。君のご実家の助力で王家の不正を暴き、私が王になる事ができた。ともに国を良くしていこう」
「そうですね。ともに国を治めて、幸せになりましょう」
そう言って、脳裏に踏み台になってくれた愚かな女を思い浮かべながら、そっと口づけを交わした。
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。