6.仕掛けられる罠
(ベガ視点です)
あの女が噴水のそばを歩いてるのを見たので、思いっきり突き飛ばした。
「あ~ら誰かと思ったら、公爵令嬢様じゃないのぉ~。地味すぎて気づかなかったわ、キャハハ」
びしょ濡れになった相手を、見下して嘲笑する。
(なんて楽しいんだろう)
格上の相手を見下して、一方的に嬲り者にするのが愉快でたまらなかった。相手が屈辱で歪んだ顔を見るのが楽しみだった。
が、相手は無反応だった。
こちらを一瞥すると、そのまま立ち去ろうとする。
「ちょっと、無視してんじゃないわよ!」
引き留めようと肩をつかもうとしたが、振り払われた。
そのまま冷めた目で、こちらを見て言った。
「弁えなさい」
その冷めた目と態度に、見下された気になって一気に頭に血が上った。
「調子に乗ってんじゃないわよ、悪役令嬢の癖に!」
髪をつかんで頭ごと、地面に叩きつける。
一度では気が収まらず、数回叩きつけた。
「ふん、いい気味」
そのまま相手を噴水に引きずって投げ入れると、大声で叫んだ。
「きゃああああああ!酷いわ、ミア様。自分が誤って噴水に落ちたのに、私に落とされたなんて言いがかりをつけるなんて!」
大声を聞きつけて、周りに人が集まってきた。
私の発言を聞いて「酷いわね…」と、皆同情してくれた。
そこにカノープスが、やってくる。
「ベガ、大丈夫か!ミアに噴水に落とされるなんて、さぞ怖かっただろう…無事でよかった」
「カノープス様…」
そう言って見つめあって、周囲が見守る中2人で抱き合う。
(やだカノープス様ったら『自分のミスで噴水に落ちたのに、ミアに言いがかりをつけられる』という設定なのに、私が噴水に落ちたことになってるじゃな~い。でもまぁ周囲も芝居に騙されてるみたいだし、まぁいいか)
抱き合う私達を無視してミアが無言で去ろうとするのを、カノープス様が引き留めた。
「待てミア、ベガに謝罪しろ!」
「お断りしますわ。謝罪される事はあっても、謝罪するような事は何もありません」
そう言って立ち去ろうとするのを、カノープス様が腕を引っ張って止めた。
「ふざけるな、人を噴水に落としといて『謝罪するような事はない』だと!?王子の俺が謝れと言ったら、謝るんだ!」
そう言って、頭を押さえつけて下げさせようとするが、振り払われた。
「もう一度言いますが、私は謝罪するような事はしてませんし、たとえ王子といえども不当に頭を下げさせるなど、許されません」
そう言うとまっすぐにこちらを見てくる。
その視線の強さに、私もカノープス様もたじろいだ。カノープス様なんかあからさまに目が泳いでいた。
そんな私達を無表情に一瞥した後、ミアは何も言わずに今度こそ立ち去った。
いつの間にか周囲の人達も、いなくなっていた。
私とカノープス様は敗北感を感じながら、生徒会室に戻った。
生徒会室には、リゲルが1人でいた。
「あぁ、くそ!ミアめ、お高く留まりやがって!」
「そうよ、私達を見下してコケにして!」
戻るなり怒りのまま喚き散らすのを、リゲルが宥めてくれた。
「まぁまぁ。とりあえず周囲に『言いがかりをつけられて虐められている』と、思わせるのは成功しているし、お楽しみは卒業パーティにとっておけばいいでしょう。それより散々怒鳴って、喉が渇いたでしょう?はい、いつもの特製ジュースです。どうぞ」
そう言って、見慣れない飲み物を差し出してくる。
「ありがとう」
「おぉ気が利くな」
差し出されたジュースを飲む。ちょうど喉が渇いていたから、ありがたい。
「うん美味い。これを飲むといつも頭がスッキリして、気分が良くなる。おかげで仕事もはかどっていいな」
「そうね」
やる気が出たらしいカノープス様が、席について書類に取りかかる。
「…それは良かったです」
この時リゲルの目が、怪しい光を宿していた事に気づかなかった。
その後も同じような芝居を何度か繰り返し、すっかり「私とカノープス様が愛し合っていて、ミアが嫉妬して仲を裂こうとしている悪役令嬢」という噂が広まり、私達は自分達の勝利を確信していた。
でもこの時わかっていなかった。
周囲の同情と非難が、誰と誰に向かっていたか。
私とカノープスのかみ合わない主張が、どれだけ信憑性をなくしていたか。
何故ミアが、大人しくやられっぱなしでいたか。
何故リゲルの差し入れたジュースを飲むと、気分が高揚して都合のいい事しか考えられなくなり、何をやっても許される気になるのか。
そうして時が過ぎ、卒業パーティを迎えた。