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【7/11コミック①巻発売】転生令嬢ヴィオレッタの農業革命~美食を探究していたら、氷の侯爵様に溺愛されていました?  作者: 朝月アサ


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60 王の庭




 パーティが成功し、ヴィオレッタは大満足だった。

 多くの貴族に黄金糖の存在を知ってもらうことができた。そしてもちろん王族にも。


(これからの展開がやりやすくなるわ)


 その夜、ヴィオレッタはそのまま離宮に部屋を用意されて泊まった。


「――ヴィオレッタ」


 エルネストの声が耳に届く。

 目を開けると、朝の光がカーテン越しに差し込み、部屋をきらきらと輝かせている。


「おはようございます……」

「ああ、おはよう。食事は食べられそうか?」

「お腹ペコペコです」


 ベッドからのそりと身体を起こす。


 少しぼんやりしている間に、既にワゴンで部屋に運ばれてきている朝食を、エルネストが持ってきてくれる。

 エルネストもベッドに腰を掛けて、一緒に朝食を摂る。


 新鮮なフルーツに焼きたてのパン、そして温かい紅茶。

 なんて怠惰で贅沢なのだろう。


「怪我は大丈夫ですか?」


 銃で撃たれた肩にはまだ包帯が巻かれている。


「もうほとんど治っている」

「よかった。無理はなさらないでくださいね」


 見る限りでは、アンブロシアパウダーの影響もなさそうだ。

 ヴィオレッタは安心して朝食を食べ終えた。


「ヴィオレッタ、その……身支度が終わったら来てほしい場所があるんだが、構わないだろうか」


 エルネストが少し戸惑った様子で言葉を選びながら言う。


「ええ、もちろんです」


 ヴィオレッタは興味津々で身支度を整え、エルネストと共に部屋を出る。

 エルネストが迷いのない足取りで進んでいく。ヴィオレッタは時折早足になりながら、その背中についていく。

 すると突然、エルネストが何かに気づいたかのように足を止めて振り返る。


「す、すまない。歩くのが早かった」

「いいえ、お気になさらないでください」


 歩幅が違うし歩く速度も違う。

 自分が少し急げばいいだけの話だと言おうとすると、その前に手を差し伸べられる。


 ヴィオレッタはその手を取り、繋いで歩いた。

 エルネストの横顔を見上げると、少し緊張しているようだった。


(どこへ連れていかれるのかしら?)


 鳥のさえずりが心地よく響く庭園を歩き、しばらくすると、木々の間に光り輝く水晶のような建物が見えてくる。

 ヴィオレッタは息を呑んだ。


「温室……?」


 ガラス張りの立派な建物は、温室としか思えない。透明なガラスの向こう側に、旺盛に茂る緑が見える。


「私は外で待っている。好きなだけ見てきてくれたらいい」

「えっ、ここに入ってもいいんですか?」


 王城にある温室なんて、貴重な植物が集まっている予感しかない。


「ああ」

「ありがとうございます! いってきます!」


 ヴィオレッタは喜びに胸を沸かせながら中に入った。





 温室の中は外の世界とはまったく違う空気が漂っていた。

 ガラスの壁と天井が朝の光を透かして、内部は室内なのに外のような明るさに包まれていた。


 しっとりとした温かい空気と、さまざまな植物の香りが混じり合っている。目の前には、色とりどりの花々や見たこともない植物が広がっていた。


 南国を思わせる鮮やかな赤と黒の花は、これまで一度も見たことがない。きっとこの国では、この温室内でしか育たないのだろう。


(お兄様がここにいたら、きっと大興奮だわ)


 オスカーは昔から珍しい植物や虫が好きだった。兄の反応を想像しながら、ヴィオレッタは温室内を夢中で歩き回った。


(温室……なんて素晴らしいのかしら)


 領地に絶対作ろうと思う。

 可能ならあの温泉が湧いている地にも。


 そう思って歩いていると、目の前に小さな池が現れる。

 ヴィオレッタは興味津々でほとりに立ち、池の中を覗き込んだ。


(水の循環はどうなっているのかしら? 湧き水? どこかの噴水から引いてきているのかしら)


 その時ヴィオレッタは、池の中に佇む見覚えのある植物に目を見張る。


「お米……?」


 ――見間違うはずがない。

 王城の温室の池で、稲が育っている。


 レイブンズ領で育てているものと葉の色や背丈が違うような気がするが、間違いなく稲だ。


(品種が違う?)


 感動と興奮と疑問が身体を渦巻く。

 この素晴らしい温室を誰が管理しているのだろう。


「あら。やっぱりそれが気になるかしら」


 落ち着いた声に振り返ると、そこには作業着姿の落ち着いた女性が立っていた。


「お、おはようございます」


 ヴィオレッタはすぐさま立ち上がり、挨拶をする。

 そして、その女性がどうしてもどこかで会った気がしてしまう。


「昨日はとても美味しいスイーツをありがとう。新しい時代の風を感じたわ」

「……女王陛下!?」


 目の前で園芸鋏を手に微笑んでいるのは、まさに女王だった。

 その姿は非常に馴染んでいて、一朝一夕で身につく雰囲気ではない。


 そういえば以前、アイリーゼから女王がガーデニングを趣味にしていると聞いたことがある。


(もしかして、この温室が女王陛下の庭園なのかしら)


 困惑しているヴィオレッタに、女王は優雅に微笑んだ。


「この温室は私の癒しの場所なの。世界中から集めた植物たちがあるわ」


 女王は愛しそうに植物たちを眺め、続けた。


「この中でしか生きられないものたちも多いわ。外に出したら、寒さで枯れてしまうの。この温室もまた、私の国の一部ね」


 広い温室は女王の手によって管理されたひとつの世界だ。

 そんな大切な場所にどうしてヴィオレッタが入室を許可されているのかわからない。


「悪い虫や病気が中で蔓延しかけることもあれば、外から冷たい風が吹き込んでくることもある。それらから植物たちを守るのが私の役割よ」


 女王は慣れた手つきで近くの枯れかけている枝をつまむと、鋏で切り落とす。心地よい金属音が温室に響いた。

 落としたそれを、かごにポイと放り込む。

 そして、清潔な布で鋏の刃を拭く。


 その動作の一つ一つが洗練されていた。


「黄金糖はまるで豊穣の女神の祝福のよう」


 鋏の音の合間に、女王の落ち着いた声が響く。

 そして、王の瞳がヴィオレッタを見つめた。


「ヴォルフズ侯爵夫人。あなたが生み出すものは、これからも多くの人々を虜にしていくでしょう。そして同時に、あなた自身を自分のものにしようとする不届き者も現れることでしょう」


 その言葉にヴィオレッタは息を呑む。


(わたくし自身を……? いえ、違うわ。わたくしの知識と経験が狙われる……?)


 いまいちピンとこないが、相手の立場を考えてみると、自分のところの収穫量を上げるためにヴィオレッタの助言を求めてくることもあるかもしれない。ヴィオレッタはレイブンズ領とヴォルフズ領で既に実績がある。


 強引に連れて行こうとすることも、考えたくはないがあるかもしれない。


 これまで前世知識を活用してきた副作用ともいえるかもしれない。

 この世界のものではない知識が生み出す影響を、ヴィオレッタは今更ながらに真剣に受け止めた。


「くれぐれも、気をつけて。あなたに何かあったら、この国の――いいえ、世界の損失になるでしょうから」

「はい……」

「さあ、堅苦しい話はこのあたりにして……ここに呼んだのは、私の大切な娘のパーティに協力してくれた御礼をさせてほしいからよ。私も美味しいものを食べさせてもらったしね」


 女王には姫はいない。

 大切な娘とは、王子と結婚するアイリーゼのことだ。


「何か望みはあるかしら?」


 女王の目は、ヴィオレッタへの期待に輝いていた。


 ここはきっと、辞退するのが正解なのだろう。当然のことをしたまでです、と。

 だが、ヴィオレッタは欲張りだ。


「おそれながら、陛下。こちらの稲の種を少しお譲りしていただいてもよろしいでしょうか」

「あら。そんなものでいいの?」


 ヴィオレッタの実家であるレイブンズ領では稲を育てて米を収穫している。別の品種と掛け合わせれば、品種改良できるかもしれない。


(品種改良には時間がかかるけれど、いま始めないといつまでも始まらないもの)


 どれだけ危険と言われても、ヴィオレッタは美食を探求するのをやめられない。やめたくない。


 女王はどこか楽しそうに微笑んだ。


「わかりました。種が取れたら送りましょう」

「ありがとうございます……!」

「それからヴォルフズ侯爵夫人に温室の入室許可を与えるわ。いつでも遊びに来てちょうだい」


 ――女王の温室に。

 多くの植物が息づく楽園に。

 それがどれほど栄誉なことか、ヴィオレッタにもよくわかった。


「ありがとうございます」


 ヴィオレッタは心から感謝の意を表し、女王に一礼した。


「ああ、そうなると城に出入りするための役職が必要かしら。農政顧問とかどうかしら。農業政策に関する相談役ね」

「わ、わたくしのような若輩者が陛下の相談役なんて――」


 女王は静かに微笑んだ。


「年齢なんて関係ないわ。私は能力のある人物は、歳や身分に関係なくどんどん活躍するべきだと思っているわ。だから、考えていてちょうだい」

「は、はい……」





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【新作長編】捨てられるはずの悪妻なのに冷酷侯爵様に溺愛されています

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