59 エルダーツリーの祝福
「お姉様、お義兄様、とっても素敵でした!」
オスカーと共にこちらにやってきたルシアが、輝く笑顔を見せた。菫色の瞳には喜びが広がっている。
そして、ヴィオレッタをじっと見つめる。
「お姉様、とても綺麗です」
そう褒めてくれるルシアの方が、まるで光り輝いているかのようだった。
すっかり健康的に引き締まって、血色もよく、瞳もきらきらと輝き、綺麗になった。
すぐにでも求婚が殺到しそうだ。
「その指輪の宝石も、光を受けるとすごく輝いて眩しいくらいです」
ルシアの言葉に、ヴィオレッタはブルーダイヤモンドの指輪を見つめ、目を細めた。
「ありがとう、ルシア。ルシアもとっても綺麗よ」
ルシアは嬉しそうにはにかむ。そしてエルネストに対しては、軽く会釈をした。
――ルシアはかつてエルネストに恋心を抱いていたようだったが、もうそれを忘れてしまっているかのようにすっきりとした表情だった。
「そろそろだよな」
オスカーがそっとヴィオレッタに声をかけてくる。声と眼差しには微かな緊張と期待が混じっていた。
「はい、そのはずです」
もうすぐ運命の瞬間が訪れる。
ヴィオレッタは深呼吸して、気持ちを落ち着かせようとした。
その時、エルネストの手がヴィオレッタの手を優しく握りしめた。
その温かさが、ヴィオレッタに安らぎと勇気を与えてくれる。
夫と兄、そして妹――眩しい家族に囲まれながら、ヴィオレッタは微笑んだ。
――そして、華やかなダンスの曲が終わり、会場の雰囲気がいったん落ち着きを見せる。
アイリーゼが優雅に前に進み出た。
いずれ王妃になるであろうアイリーゼは、以前とは違う凛とした美しさと、威厳があった。
「本日はわたくしの大切な友人――ヴォルフズ侯爵夫人に、このパーティのための特別なスイーツをお願いしました」
アイリーゼが紹介すると、ヴィオレッタに向けて一斉に視線が集まる。
ヴィオレッタはエルネストにエスコートされながら前に出て、微笑みながら挨拶をした。
「ご紹介にあずかりました、ヴィオレッタ・ヴォルフズです。わたくしの信頼するカフェ・ド・ミエル・ヴィオレのパティシエ――マルセルが作り上げた奇跡、『エルダーツリーの祝福』をご覧ください」
ヴィオレッタの言葉に合わせて、白い布が取り外され、驚きの声が会場に広がった。
それは銅像ではなく、小さなシュークリームを黄金糖の飴で繋ぎ合わせ、針葉樹のように積み上げたスイーツだった。
その迫力と荘厳さ、そしてシャンデリアの光を受けて飴色に光り輝く姿に、会場が圧倒されているのが伝わってくる。
シューは前もって焼いて保存し、昨夜にクリームを詰めて、会場で飴でつなぎ合わせて積み上げた。
もちろん、この形と名前にも意味がある。
「このケーキは、エルダーツリーを模して作られています。長い年月を経たエルダーツリーは精霊が宿る神聖な木とされ、長寿や繁栄、幸福を象徴する存在です」
ヴィオレッタがヴォルフズ領で見た大木――それに思いを馳せ、この名を付けた。
会場に静かな感嘆が広がる中、ヴィオレッタはテーブルの上にあらかじめ置いてあった新しい木槌を手にし、アルフォンス王子とアイリーゼに歩み寄った。
「王子殿下、アイリーゼ様。こちらで、エルダーツリーにかかっている飴を砕いてくださいませ」
これが、最後の演出だ。
二人は顔を見合わせた後、二人で木槌を手にして、エルダーツリーにかかっている飴を砕く。
黄金の光がきらめき、甘い香りが広がる。
その美しい光景に、自然と拍手が沸き起こった。
「ありがとうございます。さあ、皆さま。このケーキを分け合い、祝福を分かち合いましょう。幸運と王国の繁栄を共にいたしましょう」
ヴィオレッタが言うと、グラスに入った黄金パフェが一斉に運ばれてくる。
そしてマルセルの手で、黄金パフェの上に分けられたプチシューが載せられていく。
完成したスイーツが配られ、会場は喜びの声で満ち溢れる。
「こちらに使われている砂糖は、通常の砂糖ではありません。新時代の砂糖――黄金糖です。いずれ世界に広がる新しい美食を、一足お先にお楽しみください」
ヴィオレッタの目には、エルダーツリーの祝福がもたらす幸福と希望が映し出されていた。
会場中に、貴族たちの記憶の中に、ミエル・ヴィオレのスイーツと、黄金糖が広まっていく。
そしてこれから世界に向けて広がっていく。
その第一歩を強く感じる。
胸がいっぱいになっていると、アイリーゼが第一王子と共にやってくる。
「ヴィオレッタさん、これは本当に素晴らしいわ」
「ありがとうございます、アイリーゼ様」
「クリームと飴の食感が絶妙に調和して、芳醇な風味が広がって……まるで夢のようだわ。新しい味を体験できるわたくしたちは、なんて幸運なのかしら! それに、飴を砕くのもとってもドキドキして楽しかった……本当にありがとう。あなたにお願いしてよかった……!」
アイリーゼの感嘆の言葉に応えるように、会場中から喜びの声や拍手が次々と湧き上がった。
女王も微笑みを浮かべ、満足そうに黄金パフェを口にしている様子が見受けられる。
ヴィオレッタはこれ以上ない安堵と達成感を味わった。
「――ヴィオレッタ様もどうぞ」
「ありがとう、マルセル」
ヴィオレッタもエルネストと共に黄金パフェの入ったグラスを受け取る。
煌びやかなグラスの中には、生クリームや小さく切られたスポンジ、色鮮やかなソース、ゼリーが何層にも積み重なっている。
そして黄金糖のプチシューが、冠のように輝いていた。
滑らかなクリームにふわふわのスポンジとシャリシャリした飴が絶妙に調和している。
喉越しの良いゼリーと何種類ものソースが合わさって、様々な風味と触感のハーモニーを奏でている。
どこを食べても美味しい、いつまでも食べていたい、まさにパーフェクトなスイーツだった。
スイーツとパーティの大成功を感じ、ヴィオレッタは満ち足りた気持ちでエルネストの隣に立ち、微笑んだ。
――その後。黄金糖を使用した『エルダーツリーの祝福』は結婚式でのスイーツとして流行していく。夫婦の初めての共同作業――そしてその幸福を分かち合うことで一体感を生み出す演出が広く受け入れられていった。
もちろん、それを最初に行なったのが第一王子と公爵令嬢の結婚式でもあったことで、それにあやかろうと貴族にも庶民にも広まっていく。
そしてミエル・ヴィオレの『エルダーツリーの祝福』は貴族の結婚式のスタンダードになっていくのだった。






