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【7/11コミック①巻発売】転生令嬢ヴィオレッタの農業革命~美食を探究していたら、氷の侯爵様に溺愛されていました?  作者: 朝月アサ


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58 離宮でのパーティ





 部屋にはエルネストの正装も届いていた。

 オスカーが言って、ヴォルフズ家の使用人たちに用意させたらしい。


 執事のセオドアもやってきて、レイブンズ家の使用人たちも協力して、すぐにエルネストの身支度が進められていく。

 ヴィオレッタは衝立の反対側で、ソファに座って身支度が終わるのを待った。


「そもそもどうして捕まってたんだ?」


 オスカーの問いに、エルネストはしばらく沈黙したのち。


「……不覚を取った」


 呻くように言う。


「ばーか。でもアンバーを逃がしたのはお手柄だったな。僕がアンバーを見つけられていなかったら、今頃どうなっていただろうな?」

「…………」

「ヴィオをあんまり怒るなよ。お前のために必死に頑張ってたんだからな。あとは、まあ、ヴィオを守ってくれてありがとな」


 オスカーはそう言うと、扉の方へ向かう。


「これからも、お前が守れよ」


 それだけ言って、部屋を出ていく。


(お兄様……)


 仕事を終えた使用人たちも、すっと部屋を出ていく。

 そうしていつの間にか、部屋の中にはヴィオレッタとエルネストだけになっていた。


「――ヴィオレッタ」

「は、はい」


 背後から名前を呼ばれ、ヴィオレッタはぎこちなく返事した。

 エルネストが目覚めてからいままで、こうして二人きりになることはなかった。常に誰かが傍にいて、深い話をすることができなかった。事件についての詳細な話をするのは憚られた。


 だが、いまは二人きりだ。

 ヴィオレッタは緊張感の中、エルネストに背を向けたまま固まっていた。

 夫の顔を見ることができない。


 怒涛の忙しさの中できちんと向き合えていなかったが、ヴィオレッタのしたことはとんでもないことばかりだ。

 勝手に行動して、危険な場所に飛び込んで。

 クロを大暴れさせて倉庫を破壊させて。

 銃口を向けられてまったく反応できず、エルネストに怪我をさせてしまった。


 そのことをまだ謝れていない。


「――エルネスト様、ごめんなさい」


 声は引きつり、わずかに震えてしまっていた。

 振り返ることができない。


「わたくしのせいで怪我を……」

「君のせいではない。そもそもが私の落ち度だ」

「ですが……」


 事実として、ヴィオレッタの行動がエルネストを傷つけた。


「……君に銃が向けられた瞬間、身体が勝手に動いていた。君にもしものことがあったら、私は生きていけない」


 後ろから響く切実な声に、胸が締め付けられる。


「わたくしだって、まだ死にたくないですけれど……エルネスト様に何かあったら……自分が死ぬより嫌です」


 想像するだけで怖い。

 怖くて、怖くて、たまらなかった。

 眠り続けるエルネストを看病していた時、このまま目覚めなかったらどうしようと何度も考えていた。


 ヴィオレッタが座るソファの背に、エルネストがそっと手を置いた。


「――ヴィオレッタ、顔を見せてくれないか」

「ダメです。いまエルネスト様の顔を見たら、泣いてしまいます」


 ヴィオレッタは下を向き、両手でドレスをぎゅっと握りしめた。


 泣いているところを見られたくない。

 弱いところを見られたくない。

 それに、泣いたら、化粧が崩れてしまう。

 せっかく綺麗にしてもらえたのに。


 エルネストが後ろからそっとヴィオレッタの肩に手を回し、優しく抱き寄せてくる。

 背中に感じる体温と、腕の力強さ。

 生きている実感に、次第に心が落ち着いてくる。エルネストの存在が、すべての不安を包み込んでくれていく。


 ヴィオレッタは顔を上げ、ゆっくりと振り返る。

 青い瞳と目が合った瞬間、目許から涙が零れた。


「ふふっ……とても素敵です」


 ヴィオレッタは涙を拭いながら微笑んだ。

 正装姿のエルネストは、いつもより一層輝いて見えた。


 エルネストも小さく微笑む。彼の額がそっとヴィオレッタの額に触れ、驚きと安心感が生まれていく。


「君もとても美しい。ヴィオレッタ、君がいてくれるだけで、私は本当に幸せだ」


 お互いに笑い合いながら、そっと口づけをする。

 くすぐったくて、幸せで。

 ずっとこのままでいたいと思った。




◆◆◆




 空が夕焼けに染まるころに、王城の離宮で華やかなパーティが始まる。

 王子たちとリーヴァンテ公爵家ゆかりの貴族たち、そして公爵令嬢であるアイリーゼの親しい人たちが集まり、女王もその場にいた。

 六十人ほどの招待客が、豪華なシャンデリアの下で会話を楽しんでいる。

 レイブンズ家の伯爵と伯爵夫人、オスカーとルシアも参加していた。


 ヴィオレッタはエルネストにエスコートされ、会場に入った。

 ぴったりと寄り添って歩いていると、会場中の視線を感じて内心で感嘆する。


(さすがエルネスト様……物凄い注目度だわ)


 特に女性たちからの視線が熱い。

 エルネストの整った顔立ちと堂々とした振る舞いに、貴婦人たちや令嬢たちが引き寄せられているのがわかる。


(わたくし、浮いていないかしら)


 女性たちは皆、豪華なドレスを纏っている。鮮やかな色彩と宝石の輝きがとても眩しい。

 ヴィオレッタもドレスと宝石は劣っていないと思っている。だが、中身はどうだろう。


 それに、まだあの噂を覚えている人々もいるだろう。


 ――ふしだらな悪女。


 事実ではないことを言われても普段なら気にしないが、いまのヴィオレッタはエルネスト・ヴォルフズ侯爵の妻だ。

 自分の悪い噂のせいで、エルネストまで好奇の目で見られるのは胸が苦しい。


 心配になってきてちらりとエルネストを見上げると、すぐに青い瞳と目が合う。

 そして、微笑まれる。


「今日の君は、夜空の女神のようだ」


 その言葉は会場に強く響き、ヴィオレッタは心臓が口から飛び出しそうになった。


(エルネスト様が冗談を言うなんて……冗談よね?)


 どうにも困ったことに、エルネストがこのような場で冗談を言うようには見えない。

 そしてヴィオレッタは、いつの間にか緊張が解けていることに気づいた。


(緊張をほぐしてくださったのかしら)


 女王や王子、リーヴァンテ公爵とアイリーゼに挨拶していくうちに、自然と笑顔が浮かぶようになっていく。

 挨拶が終わったころ、ダンスの音楽が流れ始める。


 ヴィオレッタはエルネストに手を引かれ、中央へと進んだ。

 向かい合って立ち、大きな手がそっと腰に触れると、心臓が一瞬高鳴る。


 ヴィオレッタはエルネストのリードに導かれながら、練習通りに踊った。力強い腕に支えられると、安心感が広がる。

 ステップを踏み外してしまうこともあったが、その度にエルネストが即座にフォローしてくれた。そのたびに微笑みを交わしながら、最後まで踊った。


「あの、エルネスト様。わたくしは他の曲は踊れないので――」


 他の女性を誘って踊ってもらうべき、なのだが。

 夫が他の女性と踊っている姿を見たくない。


「――少し休憩しましょう」


 強引に治療院を出てきているので、無理をさせるわけにはいかない。


 中央から抜け出し、壁際に移って一息つく。

 給仕が運ぶシャンパンのトレイが近づいてきた時、エルネストが一杯を取ってヴィオレッタに差し出す。


「いえ、わたくしはお水で」


 ヴィオレッタは控えめに断った。


 これから一世一代の舞台が待っている。

 オスカーにも酒を飲まないように注意されている。酔ってしまって失敗するわけにはいかない。

 それに、ヴィオレッタは少し前から酒を飲まないようにしていた。


 運ばれてきた水を受け取り、喉を潤した。

 冷たくて、火照った身体に心地いい。


 会場の片隅のテーブルには、白い幕がかかった大きなものが鎮座している。

 まるで銅像でも覆い隠しているかのような存在感だ。


 ヴィオレッタの心臓はドキドキと高鳴った。


(――大丈夫。何もかもうまくいくわ)







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【新作長編】捨てられるはずの悪妻なのに冷酷侯爵様に溺愛されています

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― 新着の感想 ―
[一言] わぁ、お酒を飲まないって、もしかして、もしかする?楽しみだな
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