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【7/11コミック①巻発売】転生令嬢ヴィオレッタの農業革命~美食を探究していたら、氷の侯爵様に溺愛されていました?  作者: 朝月アサ


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54 夜の倉庫街






 マグノリア商会の外に出たときには、空は夕暮れに染まっていた。

 そして敷地内の目立たぬ位置に、馬車が静かに佇んでいた。馬車は黒塗りで、紋章も装飾もない。


 ディーンがヴィオレッタたちをその馬車の元へ案内する。


「移動にはこちらをお使いください。お乗りになられてきた馬車は少々目立ちますので」


 ヴィオレッタたちが乗ってきたのは侯爵家の狼の紋章が付いた馬車だ。

 どこの誰だかを喧伝しているようなものである。確かに目立つ。


「ありがとう」


 ヴィオレッタが馬車に乗り込もうとすると、オスカーがヴィオレッタの前に割り込んでくる。


「ヴィオ、僕があいつを連れ戻してくるから、お前は元の馬車で帰れ」

「お兄様、ありがとうございます。でもわたくし、じっとなんてしていられません」

「だったら庭でも耕すか、マルセルのところにいろ」


 ヴィオレッタは首を横に振る。

 そして、オスカーの目をじっと見つめる。


「こうと決めたら頑固だな、お前は……」

「そのとおりです。それに、お兄様も荒事は苦手でしょう? お兄様だけに任せておけません」

「お前よりはましだ」

「わたくしにはクロがいますから。枷を解いてきていますから、呼べばすぐに来てくれます」

「僕にだってブラックサンダーがいる。もちろん枷を解いてきている」

「まあ。わたくしたち兄妹ですわね」


 思考回路がまったく同じなことが、嬉しくておかしい。


「……お二方、まさか黒鋼鴉を突っ込ませるおつもりですかぁ? 王都で?」


 シエラが呻くような声を上げる。

 ヴィオレッタはオスカーと一瞬目を見合わせ、そして同時にシエラの方を見た。


「それが何か?」

「問題あるのか?」


 シエラはひくひくと眉と口元を震わせた。


「エルネスト様のお迎えついでに、クロを散歩させに行くだけです」

「義弟の顔を見に行くついでに、ブラックサンダーに軽い運動をさせるだけだ」

「もし何か壊してしまったら、ちゃんと弁償しますので大丈夫です」

「そういうことだ」


 ヴィオレッタは再びオスカーと目を見合わせ、そして同時に笑った。


「なんなのこの兄妹……」


 シエラはため息をつきながら頭を抱え、ディーンを見上げる。


「そちらは腕に覚えはありますの?」

「いいえ。荒事は苦手ですね。こちらは飾りと思ってください」


 ディーンは腕を組みながらさらりと笑う。その腰元には剣が吊り下げられている。

 だが、戦うつもりはないらしい。


「――ディーン、これからわたくしがしようとしていることは、きっと危険だし、あなたにも迷惑をかけるかもしれないわ」

「あなた様のお力になれるのなら、喜んで。それにこれは未来への投資でもあります」


 冗談めかして言う。


「ありがとう、ディーン……」

「あのー、つまりあたくしの手腕にすべてがかかっているということですよねぇ……はぁ……頭痛い」

「シエラさんは腕に覚えが?」

「いやですわ、侯爵夫人。あたくしは護衛ですよぉ」


 シエラはおどけたように言うが、彼女は目立つような武器は持っていない。

 隠し武器を持っているか、体術に自信があるのだろうか。


「――ヴィオレッタ様、オスカー様。こちらをお使いください」


 ディーンが渡してきたのは、黒の外套だった。


「お二人の高貴な姿は目立ちますので。とはいえ、見つかったところで貴族と商人が怪しげな取引をしようとしているだけにしか見えないでしょうが」

「それはそれで大丈夫なの?」

「商人同士は不干渉が基本ですから」

「そういうものなのね」


 ヴィオレッタは受け取った外套を羽織る。


「あのー、あたくしの分は?」

「あなたは大丈夫でしょう」

「解せないんですけど?」




◆◆◆




 夜の闇が王都を覆うのを待ってから、倉庫街に潜入する。

 物流の要として多くの倉庫が並んでいるエリアには、多くの見張りがうろついていた。

 警戒が厳重すぎる。

 何かある、と言っているようなものだった。


「やる気のない傭兵崩れですから、刺激しないのが得策ですねぇ。下手すると本命に逃げられちゃいます」


 シエラの小声を掻き消すように、轟音が上空を通過する。

 クロとブラックサンダーの羽音は倉庫街の上を通過し、また戻ってきてから、一番大きな倉庫の上に二羽が降り立った。


「……いつどうやって呼んだんです?」

「秘密です」


 枷がない状態で、これぐらいの距離ならば、ヴィオレッタの意思を察したように近くにきてくれる。

 秘密にするほどのことでもないのだが、異能に関することは話さないように昔から父と兄から言われているので、はぐらかす。


 二羽は見事に見張りたちの視線と警戒を引き付けてくれていた。

 ヴィオレッタたちは人気のない倉庫の影をディーンの先導で移動し、マグノリア商会が管理する倉庫の中に入る。


「ここで見聞きしたことは、出る時にすべて忘れてください」


 ディーンは入り口近くのランタンを手に取り、灯をともす。

 マグノリア商会の倉庫は広く、天井も高かった。

 たくさんの荷が整然と積まれている。


 ディーンの手招きに従い、倉庫の奥へと進む。

 重い木製の扉を開けると、暗い地下への階段が現れた。冷たい空気が頬を撫で、地下からかすかに湿った土の匂いが漂ってくる。


(地下階段……?)


 驚きつつも、ディーンの先導に従って進む。

 ディーンの案内は堂々としており、背中には自信と落ち着きが漂っている。

 ヴィオレッタはオスカーの手を借りながら、慎重に階段を降りた。


 その先にはまるで迷路のような通路が続いていた。周囲はレンガに覆われていて、地面には砂が積もっている。


 ディーンの持つランタンの明かりがぼんやりと周囲を照らしている。


「こんな場所があるなんて……」


 ヴィオレッタは驚きの声を漏らす。

 通路の壁に積み重なったレンガは古く、過ぎた年月の長さを感じさせる。


「倉庫街は旧市街の上に作られました。昔の地下空間を掘り起こして使っている場所もあります」

「やだやだ、ネズミの巣窟……一掃したーい……」


 うんざりとした様子で呟くシエラに、ディーンがにっこりと微笑みかける。


「レディ・ウルペス?」

「わ、わかってますよぅ。ここで得た情報は、絶対に他言したりしません。全部忘れますって。さあ、サクサク行きましょ」

「そう時間はかかりません。この辺りのはずですので」


 ディーンが壁を叩くと、レンガの一部が外れて通路が現れた。

 ヴィオレッタは色々な意味で慌てた。


「こ、壊れたけれど、大丈夫なの?」

「あとで修繕すればいいだけです。さあ、もう少しですよ」


 壊れたものは直せばいい。

 もっともだと思いながら、ディーンの後ろについて通路の奥へと進んでいく。

 そして、どこからともなくあの香りを感じる。


 ――アンブロシアパウダーの香りを。


 ヴィオレッタは心臓が跳ねるような緊張を感じながら、前に進んだ。


「――もうすぐですね。上に大人数の気配を感じます。傭兵崩れたちでしょう。これだけ騒がしければ、こちらの気配も隠せそうですね」


 ディーンが声を潜めながら言うが、ヴィオレッタにはその気配とやらがわからない。


 その時、どこからともなく風の啼くような――あるいは獣の唸るような音が聞こえてくる。

 ディーンが足を止め、目線を壁に向ける。

 壁にはわずかな隙間があり、そこから向こう側の様子が見える。


 そこは、広い空間だった。他の倉庫の地下だろう。

 床に置かれた古びたランタンの光が、暗闇を緩やかに払いのけている。


 ――そして、壁から吊り下げられた鉄枷に囚われている人間の姿が照らし出されていた。

 ぐったりしていて、ぴくりとも動かない。

 呼吸をしているのかすらわからない。


(エルネスト様――?)


 顔が、姿が、よく見えない。

 ――そうであってほしくない。

 心臓がいまにも破れそうな緊張感の中、息を抑えるためにハンカチーフを口元に強く当てる。


 生きているのか、死んでいるのかすら、この位置からではわからない。

 すぐにでもこの壁を破って姿を確認しようとしたとき、後ろからオスカーによって羽交い絞めにされる。


「――動くな。誰か来る――」

「落ち着いてくださいね、侯爵夫人。奇襲のチャンスは一度だけです」


 コツン、コツン、と。

 靴が石の床を鳴らす音が響く。

 壁の向こう側の部屋に現れたのは三人。その先頭にいた人物が、手に持っていたランタンを掲げる。


「どうだ、そろそろ服従する気になったか?」


 冷たい声が、地下空間に響く。

 揺らめくランタンの光が、サディアスの冷酷な笑みと、エルネストの姿を浮かび上がらせた。







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【新作長編】捨てられるはずの悪妻なのに冷酷侯爵様に溺愛されています

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