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【7/11コミック①巻発売】転生令嬢ヴィオレッタの農業革命~美食を探究していたら、氷の侯爵様に溺愛されていました?  作者: 朝月アサ


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53 商売の道は商人





 ヴィオレッタはオスカーとシエラと共に馬車に乗り、最初にミエル・ヴィオレに行ってヴォルフズ領から持ち帰った黄金糖を届ける。

 その後向かったのは商業地区――その中のマグノリア商会だった。


「アンブロシアパウダーが密売されているとして、密売も商売のうちでしょう? 商売のルートに一番詳しいのは、同じ商人でしょう。それでなくてもマグノリアさんは情報網が広いので、何かご存じかもしれません」


 ヴィオレッタの言葉に、シエラは浮かない表情をする。


「あまり期待はできませんよぉ。商人同士は強い繋がりがあります。相手が合法的な商売をしている限り、協力してもらえるかはわかりません」

「密売なのにか?」


 オスカーの問いに、シエラは首を捻る。


「その証拠をあたくしたちが持っていないでしょう……」


 アンブロシアパウダーの現物はいまだシエラが持っているが、何の変哲もない瓶に入っているだけだ。そこから引き出せそうな情報はない。


「商人たちは、ライバルであり仲間です。商売の神メルキオールを信仰する共同体です。ですが、密売という違法行為に絞るなら、話の持って行き方次第では情報を引き出せるかもしれませんが……」


 シエラはあまり期待していないようだった。


 馬車は整備された石畳の上を進み、そしてマグノリア商会の前に到着する。

 中に入ると、副会長であるディーンが出迎えてくれた。


「ようこそおいでくださいました、ヴィオレッタ様。本日はどのような御用件でしょうか」


 いつもと同じように、落ち着いた笑顔で快く迎えてくれる。


「突然ごめんなさい。会長さんとお話したいことがあるんです」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 そのまま直接、応接室に通される。

 そしてそこには既にマグノリアが座っていた。


「いらっしゃい、ヴィオレッタ様。どうぞおかけになってください」


 促され、ソファに座る。


「――会長さん、アンブロシアパウダーの流通ルートをご存じですか?」


 ヴィオレッタは早速本題に入った。


「――侯爵夫人?!」


 シエラが慌てたような悲鳴を上げる。

 マグノリアはわずかに目を見開き、微笑んだ。


「アンブロシアパウダー……随分と物騒な商品をご存じですね。同量の黄金とで取引されるものですよ」


 マグノリアの言葉に、ヴィオレッタは驚愕した。

 そこまで高価なものだったなんて。

 その上依存性が強いとなれば、使用者は簡単に破滅するだろう。そして、流通させている側は莫大な富を得るだろう。


(これは確かに、徹底的に取り締まらなくてはならないものだわ)


 でなければ、いずれ国をも亡ぼす。


「あたしの大っ嫌いなご禁制品ですが、取扱いをご希望ですか? だとしたら、他を当たってください」

「――いいえ。品物そのものには興味ありません。わたくしが知りたいのは、ルートのみです」


 ヴィオレッタは駆け引きなしに正直に言った。


「……商売上知りえた情報を商人以外に流すのはご法度なんですがねぇ」


 マグノリアはそう言って、応接室に飾られている商売の神――メルキオールの像を見る。

 片手に公正さを示す天秤。

 片手に富を示す金貨を持つ、壮年の男性の姿をした神。


 ――商売は情報が最も重要になる。

 情報の交換には信頼関係が必要であり、それを他へ流す行為は同じ商人への――そして商売の神への裏切りになると、マグノリアは考えているようだった。


 ここで法を盾に正義感を振りかざしたところで、マグノリアは受け入れないだろう。

 なにせ、正義を裏打ちする証拠がない。

 だからヴィオレッタは、商人の流儀に従った。


「もちろん謝礼は致します。わたくしの個人資産の範囲になってしまいますが……そのすべてをお渡ししますので」


 ヴィオレッタが言うと、マグノリアは愉快そうに笑い出した。

 マグノリア商会の会長の顔から、ヴィオレッタがよく知る友人の表情になる。


「そりゃあ豪気だ。没落貴族の一地方ぐらいぽんっと買えるんじゃないかい?」

「だってそれくらいはないと、天秤のバランスが取れないでしょう?」


 微笑みながらも、まっすぐにマグノリアの目を見る。


「……ヴィオレッタ様にとっては、それぐらい重い存在だと?」


 ――マグノリアも、エルネストの失踪は知っているようだ。

 ヴィオレッタは頷いた。


「……こちらが黄金糖の権利を求めたら、どうしていました?」

「あれはわたくし個人のものではありません。領地の――そして世界の宝です」


 ヴィオレッタが軽率に手を出していいものではない。


「それを守るためなら、ヴィオレッタ様自身が没落していいとまでお考えで?」

「はい。お金がないと何もできませんが、お金だけでは何もできませんもの。資産はまた築いていくことができます。何も惜しくありません」


 ――ヴィオレッタが望むのは、エルネストが帰ってくることだけだ。


 とはいえ、エルネストなら窮地に陥っていても、自力で切り抜けられるだろう。そう、信じている。

 ヴィオレッタの行動が裏目に出るかもしれない。


 それでも、何もしないままではいられない。


「不躾、ルール違反は承知の上です。お願いします」

「……無理だね。売ることはできない」

「…………」

「ヴィオレッタ様。この件の裏には、あなたが思う以上に大きなものが蠢いている。だから、売ることはできない。商売には帳簿が残る」


 マグノリアは不敵な笑みを浮かべて言いながら、机の上にある王都の地図を眺める。


「ここからは単なる独り言なんだけどさ」


 ――とん、と地図上の一点を指で叩く。


「商業ギルドの倉庫街――この前潰れた商会の倉庫なら――人もいないし物もないから殺風景だろうが、散歩にも向いていそうだ」

「あら、まあ……本当。クロの散歩にもちょうど良さそうですね」

「独り言に返事するんじゃないよ」


 マグノリアは苦笑する。


「でも、同じことを考えている人間も多いみたいだねぇ。ここ最近、人の出入りが多い。ゆっくり散歩出来るかねぇ」


 ヴィオレッタはすっと椅子から立ち上がる。


「お話、ありがとうございました。散歩しながら帰ります」

「ご案内しますよ。荷を取りにいく用事がありますので」


 ディーンの落ち着いた声と笑みに、ヴィオレッタは微笑んだ。


「ありがとう、ディーン。でも、危険だと思うわ」

「なればこそ。それに、倉庫街は意外と複雑ですからね」


 ヴィオレッタはオスカーとシエラの方を見る。

 オスカーはいつもと変わらない様子で、ヴィオレッタの判断にすべて任せてくれているようだった。

 シエラは不服そうな顔をしながらも、それをぐっと飲み込んでいた。


「ところで、マグノリアさん。まさか、関わっていたりしませんよねぇ?」


 シエラの問いに、マグノリアは失笑する。


「ご禁制に手を出すほどバカじゃないさ。それにあたしは、関わる人間全員を幸せにする商売が好きなのさ。破滅がわかっている品物に手を出すやつになんて、関わりたくもないね」

「ならいいですけどぉ……」

「ところで、レディ・ウルぺス。あたしの大事なお得意様と可愛い弟子に傷を一つでもつけたなら――」


 マグノリアの瞳がヴィオレッタとディーンを映す。

 ごくり、とシエラが息を呑む。


「ウルペス家が王都にいられないようにして差し上げますから、お気をつけくださいな」

「え、あたくし脅されてる?」

「その代わり……万事がうまくいったら、こちらも相応の礼をしますから」

「よーっし! やる気出てきたー!」








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