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【7/11コミック①巻発売】転生令嬢ヴィオレッタの農業革命~美食を探究していたら、氷の侯爵様に溺愛されていました?  作者: 朝月アサ


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52 神々の嗜好品







 居間に移動し、ヴィオレッタとオスカー、そしてシエラの三人だけとなる。

 シエラはオスカーの持っている瓶を見つめ、真剣な表情で言った。


「こちらは、アンブロシアパウダーです」

「アンブロシア?」


 ヴィオレッタは同じ言葉を繰り返す。


「ええ。神々の食べ物の名――アンブロシアを冠する嗜好品です」

「随分と大仰な名前がついているのですね」


 シエラがミエル・ヴィオレで同じ言葉を言いながらスイーツに感動していたことを思い出す。

 シエラは美しい顔に、困ったような、呆れるような、煤けた笑みを浮かべた。


「吸うと天国にいるかのような幸福感をもたらしてくれるそうです」

「……それって、まずいものなのでは?」


 美味しいものを食べたときは、夢見心地になるものだが。

 粉を吸い込んだだけでそれほど幸せな気持ちになれる品物が、良いものだとは思えない。


「なるほど。こいつがそれか。名前だけは聞いたことがある」


 瓶を見つめながらオスカーが言う。


「お兄様、どこでそんなものを知るんですか」

「お前の入れないような社交クラブとかだよ。貴族の男しか入れないような場所だ」


 ヴィオレッタは驚きで目を見開く。


「お兄様がそんなところに……」

「変なところじゃないからな? 酒を飲んで情報交換するぐらいだからな? 男しかいないし」


 慌てたように弁解する。

 貴族の夫人や令嬢たちがお茶会をして親睦を深めるように、男性たちはそういうクラブで親睦を深めているのだろうが。


(大人の紳士たちの社交場……)


 いったいどんな話をしているのやら。近づきたいとは思えない場所だ。


「そういえば、サディアス様も行きつけのクラブがあると言って、エルネスト様を誘っていました……」


 そしてその時も、このアンブロシアパウダーの香りを煙草の香りの下に纏っていた。

 シエラが頭を抱える。


「はあ……蔓延してそうですねぇ……頭痛い……」

「僕は噂を聞いただけだからな」


 シエラは疲労の滲んだ表情で、オスカーの持つ瓶の中の薄紫色の粉を指差す。


「――アンブロシアパウダーの一番の問題点は、ひどい中毒性があることです」

「中毒性……?」

「ええ。魅入られてしまった人間は、これを手に入れるためならどんなことでもします。人格すら失わせる悪魔の粉と呼ばれています」

「…………」

「外の国からの輸入品で、昔から一部の貴族の間で愛用されていました。数年前に違法薬物に認定され、いまは所持だけで大罪です。ですのに――近頃それが裏ルートで広まっているのです。もちろん、密輸も流通も超大罪です」


 オスカーは無言で瓶をテーブルの上に置く。


「――僕はアンバーの咥えていた瓶を拾っただけだ。何も知らない」

「わかってますよぅ。これは回収しまぁす」


 シエラは瓶を手に取り、そっと上着の中に押し込んだ。


「閣下は、そのルートを追っていました。拠点や取引現場をいくつも潰しましたが、捕まえられたのは小者ばかりで」


 ヴィオレッタは王都に来てからのエルネストの様子を思い出す。

 ほとんど帰ってこず、疲労が滲んでいて、怪我までしていて。


 そこまで危険なことをしていたなんて、考えてもいなかった。


「閣下の消息が絶えたということは、おそらくは――……どこかに潜入しているのか……」


 シエラは口を閉ざし、首を横に振る。

 そして明るく笑った。


「でも、閣下は割としぶといですから。そのうちひょっこり帰ってくると思いますよー」

「…………」

「閣下の犬がこれを持っていたってことは、かなり真相まで食い込んでいるということでしょうし、あとはあたくしたちに任せてお過ごしください。それが閣下の一番の望みですから」


 ――シエラの言うとおりなのだろう。

 ヴィオレッタができることなど何もない。

 何かしようとしても、エルネストやシエラたちの邪魔になるだけだ。


 わかっている。

 それでも。


「――それでは、わたくしは自由にさせていただきます」


 ヴィオレッタは決意を込めて顔を上げた。


 信じて待つのが妻の務めかもしれない。

 だが、夫を助けることこそが妻の務めだ。


「あの、侯爵夫人? どうするおつもりですか?」

「散歩に行ってきます。お兄様、シエラさん、付き合っていただけますよね?」


 ――とても危険な散歩だけれど、と言外に込めて二人に微笑みかける。

 ヴィオレッタの意図を察したオスカーが不敵に笑う。


「当たり前だ」


 力強い言葉に、ヴィオレッタの心が軽くなる。

 だが、シエラは不安そうな顔をしていた。


「……確かにあたくしは侯爵夫人の護衛を仰せつかっていますけれどぉ……いいんですか、レイブンズ卿」

「ヴィオは言っても止まらない。こうと決めたら走り続けるだけだ」

「はい、そのとおりです」


 オスカーの言葉に、ヴィオレッタは満面の笑みで応えた。

 危ないことをしようとしている自覚はある。

 それでも、エルネストを助けにいきたい。


「……あーん、閣下に怒られるぅ……」

「ふふっ、わたくしは怒られたいです。一緒に怒られましょう」

「それはそれで見ものだな。あいつがどういう顔をするか楽しみだ。さて、どうするんだヴィオ?」


 問われ、ヴィオレッタは考えた。


「犬は嗅覚が鋭いそうですから、エルネスト様のところに案内してくれないかしら」


 この家には飼い犬と番犬が大勢いる。

 頼めば主人であるエルネストのところまで、匂いを辿って案内してくれないだろうか。


「無理だと思いますよぉ。こちらの犬たちは高度な命令にも従いますが、それをさせられるのは侯爵閣下だけです。たぶん、ヴォルフズ家の異能ってやつですね」

「試してみないとわかりません。わたくしはエルネスト様の妻。つまりナンバー2」


 ヴィオレッタは居間を出て、廊下にいた犬たちの前に立つ。


「誰か、わたくしをエルネスト様のところに案内しなさい」


 ――誰も、動こうとしない。

 不思議そうな目でヴィオレッタを見ているだけだ。


「――奥様。非常に申し訳ないのですが、複雑な命令を出せるのは旦那様だけでございます」


 いつの間にか後ろに控えていた執事のセオドアが、申し訳なさそうに言う。

 シエラの言っていた通りらしい。


「おそらく、閣下が呼んでくれれば犬たちも動くでしょうけれど――……呼べない状況にあるか、犬たちでも匂いが辿れない状況にあるかでしょうねぇ……」


 シエラの推測を聞きながら、ヴィオレッタは再び考えた。


「――となるとやはり、蛇の道は蛇ですね。セオドア、ミエル・ヴィオレとマグノリア商会に行くから、馬車を用意してちょうだい」

「畏まりました、奥様」








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【新作長編】捨てられるはずの悪妻なのに冷酷侯爵様に溺愛されています

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