47 三人と三羽での旅
その街は賑やかだった。
王都に続く街道沿いにあるということもあって立ち寄る人も多く、旅人も珍しくない。
ルシアは見慣れない街の景色に目を輝かせていた。
はぐれないように気をつけながら、街に慣れた様子のオスカーについていく。
そして、金鹿亭と書かれた看板がぶら下がっている店の前で足を止めた。
「まず食事だ。ここは何を食べてもうまい」
オスカーの馴染みの店なのだろう。自信を持って言う。
店内は大盛況だった。賑やかな空気が漂っていて、食事を楽しんでいる人たちがたくさんいた。旅人だけではなく地元民も多そうだった。
「おすすめを適当に持ってきてくれ」
オスカーが慣れた様子で店員に言って、空いている席に座る。
四角いテーブルの奥側にルシアとオスカーが並んで座り、反対側にヴィオレッタが座る。
料理が運ばれてくるのを待つ間、ヴィオレッタはうきうきとした気分で店内を眺めていた。
そして気づく。
(なんだか……すっごく注目を浴びている気がします!)
――それもそのはず。
ヴィオレッタの前に座っているのは金髪菫瞳の麗しき兄と妹。
その輝きは見慣れたヴィオレッタでさえ眩しく感じるほどだ。
シンプルな騎乗服を着ているからこそ、美しさと気品が際立っている。
あまりにもキラキラしすぎて人が近づかないほどだ。
(さすが、お兄様とルシアね)
存在そのものが華々しい。
そしてオスカーは周囲からの視線をまったく気にしていない。
ルシアは少し怯え気味だったが、料理が次々に運ばれてくると顔に嬉しそうな驚きが広がっていく。
「うわぁ、美味しそう!」とルシアが歓声を上げ、ヴィオレッタも笑顔で同意した。
よく煮込まれた鹿肉のシチューと、キノコと野菜たっぷりのパイ、たくさんのハーブとスパイスで焼かれた鹿肉ロースト。
シチューは肉と野菜の旨味がたっぷり出ていて、パイはキノコと野菜の歯ごたえと風味が最高だった。
鹿肉のローストは言わずもがな。スパイシーなのに肉はあっさりしていて甘く、いくらでも食べられそうだった。
「どうだ?」
「すごく、おいしいです!」
ヴィオレッタが心の底から言うと、オスカーは自慢げに胸を反らす。
ルシアも目を輝かせてこくこくと頷いていた。
「そうだろう、そうだろう」
「あとは、ご飯があれば最高ですね。絶対合うと思います」
「隙あらば混ぜようとするな……ああ、そうそう。お前だけじゃなくて、各地に時々熱狂的なファンがいるらしいぞ。注文量が増えて、作付面積も増えている」
――米が各地に広まりつつあると聞き、ヴィオレッタは胸がときめいた。
「まあ、素晴らしいですね……もっと各地で作れるようになったらいいのに。残念ながら北の地では気候が合わなくて」
話しながら、料理を食べる。疲れた身体に染み渡って、お腹と共に心も満たしてくれていく。
「どうだ、お前ら。たまにはこういう店もいいだろ」
「はい。とってもおいしいです」
ルシアが満面の笑みを浮かべて言う。
ヴィオレッタも深く同意した。
「さすがお兄様のおすすめのお店です」
きっとオスカーはヴィオレッタの知らないたくさんの店を知っているのだろう。
兄の知らない顔をひとつ知って、嬉しくなった。
◆◆◆
食事の後は買い物をしてから街を出て、黒鋼鴉たちと合流する。
黒鋼鴉に乗って街から離れて森の湖畔へ行き、野宿の準備をする。
まず森に落ちている枝を拾い集める。落ちた枝は乾燥しているのが多く、薪に向いている。
オスカーが発火石を地面の岩に打ち付ける。
無色の石が内側から赤く染まり、炎を纏い燃え上がる。
それをまとめた枯草の上に置き、その上から拾い集めた薪を置いて燃やしていく。
「よし。日没までにもっと薪を拾ってきてくれ」
言われた通り、落ちている枝を探して集めるのを繰り返す。
クロたちにも手伝ってもらった。黒鋼鴉の集めてくる枝はどれも大きいので、オスカーとブラックサンダーが一緒にそれを細かくしていた。
そうしているうちに、辺りが暗くなってくる。
「よし、これだけあれば充分だな」
薪の準備が完了し、焚き火を囲むように黒鋼鴉と共に座る。
その間にも夜は広がっていき、やがて星のヴェールに覆われていく。
焚き火の光で、人影と黒鋼鴉たちの影が地面や木々に映し出される。
「外で眠るなんてすごくドキドキします」
ルシアが興奮を隠さない様子で言う。
街で買ってきた食料を黒鋼鴉たちにも分ける。
「森での焚き火と来れば、これは外せませんよね」
ヴィオレッタは自分用に買ったものが入った紙袋を掲げた。
「なんだそれ」
「マシュマロです」
「わあ。マシュマロ大好きです」
「ふふ、ただのマシュマロでは終わりませんよ」
ヴィオレッタは枝の先をナイフで削ぎ、マシュマロを刺す。
それを焚き火に近づけ、燃えないように気をつけながら炙る。
白い表面がじんわりと炎を受けてキャラメル色になり、香ばしい匂いが漂ってくる。
「焼きマシュマロです。はい、どうぞ」
目を輝かせているルシアに渡す。
ルシアはためらいなく焼きマシュマロの端にかじりつき、ゆっくりと食べていく。
「すごい……外がカリカリになってて、中がクリームみたいにとろとろ……」
頬を緩めながら、あっという間に食べていく。
「お姉様、もうひとつください」
「はい。今度は自分でやってみて」
ヴィオレッタがマシュマロの入った紙袋を差し出すと、ルシアは真剣な眼差しで一つ手に取り、枝に差した。
そして慎重に焚き火であぶる。
ヴィオレッタはもう一本枝を手に取り削って、マシュマロを刺した。
「お兄様もどうぞ」
「ああ、悪いな」
ヴィオレッタは自分の分も用意して、焚き火であぶって食べた。
焼くことでマシュマロの香ばしさが増して、パリパリととろとろの食感が生まれる。
星空の下で、甘い香りと焚き火の音、フクロウの鳴き声が静かに流れていく。
「目的地には、あとどれぐらいで着きますか?」
ルシアの質問に、ヴィオレッタは少し考えて答えた。
「そうね。明日の日没までには行けると思うわ」
休憩を多めに取っているいまのペースでも、遅くとも明日の日中には到着できるだろう。
ヴィオレッタがオスカーの方に視線を向けると、オスカーも頷く。
ルシアはほっとしたように目許を緩めた。
「そうなんですね……楽しみです」
「何もないところだぞ」
ヴィオレッタはムッとした。
「――お兄様? 聞き捨てなりませんわよ。ヴォルフズ領には素晴らしい可能性が眠る大地があります」
「広いだけだろ。ルシアの楽しめそうなものは何もない」
それは、反論できない。
ルシアが王都で好きだった場所――大きなデパートも、華やかな商業区画も、劇場もない。
「でも、お義兄様が生まれ育った場所でしょ? 早く見てみたいな」
少し浮かれたルシアの様子に、ヴィオレッタはオスカーと顔を見合わせた。
――お義兄様。それはエルネストのことに他ならない。
「――ルシア、お前、エルネストに興味があるのか?」
「いいえ、いいえ。全然、全然」
オスカーの問いに、ルシアはぶんぶんと首を横に振る。
頬が赤らんで見えるのは、焚き火のオレンジ色の光のせいだろうか。
「……あの方がお姉様のことを愛していらっしゃるのは、わたしもよくわかっているもの」
ルシアは困ったように笑いながら、焼きマシュマロを食べ終えた枝を焚き火に投げ込む。
ヴィオレッタにはその笑顔が少し寂しそうに見えた。
だから、胸にざわつくものを感じながらも、深くは聞かないでおいた。
その後は、無言の時間が続く。
静かな空間がいまは少し気まずい。
「――そろそろ眠りましょうか」
「はい……」
ルシアはオニキスに包まれながら、すぐに眠りに落ちた。
よほど疲れていたのだろう。
安心して眠るルシアの姿を見て、ヴィオレッタも次第に眠くなってきた。
焚き火の音が子守唄のように聞こえ、瞼が重くなっていく。
「見張りをしておくから、ヴィオも先に寝てていいぞ。疲れただろ?」
オスカーにそう声をかけられて、ヴィオレッタは驚いた。
自分では疲れている自覚はなかったのだが。
だが、そう言われると、確かに最近は色々と立て込んでいてあまり休めていないことを思い出す。
オスカーは笑いながら火に薪をくべる。
火の粉がふわっと舞い上がった。
「お兄様には全部お見通しですね」
「当たり前だ。お前が嫁いでいっても、母親になっても、お前も僕の妹だからな」
「……ありがとうございます。では、お兄様が眠くなったら見張りを交替しますから、起こしてくださいね」
「ああ。安心して休め」
「はい。お先におやすみなさい」
ヴィオレッタはクロに寄り掛かる。つやつやの羽根の内側には、柔らかい羽毛がある。それがヴィオレッタを優しく包み込んでくれる。
「おやすみ」
優しい声と、焚き火の音に誘われるように、ヴィオレッタは眠りに落ちた。






