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【7/11コミック①巻発売】転生令嬢ヴィオレッタの農業革命~美食を探究していたら、氷の侯爵様に溺愛されていました?  作者: 朝月アサ


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41 妹との再会





 ヴィオレッタはルシアの方へと歩み寄る。


「久しぶりね、ルシア。会えて嬉しいわ」

「お姉様もお元気そうで……何よりです」


 ルシアはぎこちなく微笑み、そしてすぐに目を逸らしてしまった。

 昔はいつも自信に溢れていて、まっすぐにこちらの目を見て話してきていたのに、いまは縮こまってしまっている。


(元気そうでよかったわ……でもこの肌の白さ、運動はしていなさそうね。引きこもってストレスで爆食……というところかしら)


 肌の白さと目の輝きのなさ、体型から推測する。


 ひとまず、思っていたほど深刻ではない。

 だが、この気まずそうな雰囲気はどういうことだろう。まるでここにいるのが苦痛かのような――


「――ルシア・レイブンズ」


 エルネストの冷たい声に、ルシアは顔を青ざめさせた。


「は、はい……お義兄様」

「君に問いたい。どうして昔、ヴィオレッタの名前を騙ったりしたのかを」


 その言葉に、居間の空気が凍りつく。

 ルシアは顔を伏せたまま震えていた。

 両親は言葉を失っている。


(エルネスト様――?)


 あまりにも単刀直入な質問に驚いたのは、ヴィオレッタも同じだ。


「――ヴォルフズ侯爵は、尋問のために来たのか?」


 ずっと黙っていたオスカーが、呆れと牽制を込めて問いかける。

 場の空気がますます冷たくなる。


「私は確認したいだけだ」


 エルネストは再びルシアに冷たい目を向ける。

 ルシアの肩がびくりと揺れた。


「君の嘘がきっかけで、彼女の不名誉な噂が流れることになったことは知っているだろう」

「…………」

「――私自身、彼女をひどく傷つけてしまった」


 エルネストの声には深い悔恨が滲んでいた。


「――エルネスト様、そのことはもう何度も何度も謝ってもらっていますから」

「しかし、それでも私が君を傷つけたことには変わりない。レイブンズ伯爵、夫人――申し訳ありませんでした」


 両親に向けて頭を下げるエルネストに、父も母も言葉を息を呑んだ。


 ――そしてヴィオレッタは、ようやく気づいた。

 エルネストはこのためもあって、ヴィオレッタと共に来たのだと。

 両親に謝罪するために。


 ヴィオレッタがどれだけ気にしていないと言っても、彼はいまだ自分自身を許していない。

 自分が噂に踊らされたことで、ヴィオレッタを傷つけたと思っている。


(噂は、わたくしにとっては好都合だったのに……)


 そして、もう終わったことだと思っていた。

 だが、違う。彼にとってはまだ続いていることだ。


「ヴォルフズ侯爵様、どうかお顔をお上げください」


 母がエルネストに声をかける。

 父も。


「どうぞ、もう頭を上げてください。侯爵の気持ちは充分に伝わりました。それに……責任は私にあります。噂を払拭することができず、ヴィオレッタに重荷を背負わせてしまった……ヴィオ、すまなかった……」


 深い後悔を滲ませる父の姿は、ヴィオレッタも初めて見るものだった。


「――わたしが、すべてわたしがいけないんです!」


 ルシアの悲痛な声が響く。


「……いけないことだとは、わかっていました。あの時、自分のしたことがすごく怖くなって……お姉様なら、なんとかしてくれるんじゃないかって、つい……」


 大きな瞳から涙が溢れ出し、頬を伝って落ちていく。

 ――それは、ヴィオレッタも聞いていた経緯だ。


「……わたくしはその話を聞いて、ルシアの気持ちを受け入れました。その選択に後悔はありません。きっと、何度繰り返しても同じ選択をします」


 ヴィオレッタはエルネストを見上げた。


「だってそうでないと、エルネスト様との結婚もなかったかもしれませんから」

「ヴィオレッタ……」


 ヴィオレッタは微笑みで応え、再びルシアに視線を向ける。


「――ルシア、わたくしは幸せよ」


 呆然としながら潤んだ瞳を向けてくるルシアに、ヴィオレッタは言葉を続けた。


「結婚してからずっと。エルネスト様は、わたくしが一番欲しかったものをくださったから」


 それは何かと問う瞳に、ヴィオレッタは微笑みを深める。


「自由です」


 ヴィオレッタは初夜にそれをエルネストに望み、エルネストはきちんと守ってくれた。

 その約束はいまでも続いている。


 普通なら、領の内政に積極的に関わるなんて許されない。

 ましてや農業計画に携わるなど。

 嫁いだ土地で、温めていた計画をすべて実行できるなんて思わなかった。


「――そして、愛情です」


 自分で言っていて言葉が上ずりそうになる。

 頬が赤らむのを感じる。

 隣のエルネストが動揺しているのを感じる。


 ――恥ずかしい。

 けれど。

 これだけはきちんと伝えておきたい。


「わたくしがこんなに人を好きになることがあるなんて、思ってもいませんでした。これからも精いっぱい、旦那様を――そして旦那様の領地を、民を、愛していきます」

「ヴィオレッタ……」

「末永くよろしくお願いしますね、エルネスト様」


 ヴィオレッタはまっすぐにエルネストを見つめて言った。


「あ、ああ……もちろんだ」


 エルネストはやや動揺しながらも、頷いてくれた。

 その眼差しに込められているものが優しくて、ヴィオレッタはこれ以上ない幸福を感じた。

 ずっとこの人と生きていきたいと、心から思った。


「――ヴォルフズ侯爵領の収穫量が随分と上がったのは聞いている……ヴィオ――我が天使。お前は私の誇りだよ。侯爵――あなたに娘を預けられて、本当によかったと思う」


 父が感慨深く言葉を紡ぐ。


「……彼女は、かけがえのない存在です。生涯かけて守っていきます」


 ――エルネストが父母に誓う姿を、ルシアが遠い眼差しで見つめていた。

 どこか安心したように。

 そして、どこか悲しそうに。


(……ルシア?)


 ルシアは何も言うことなく瞼を下ろし、痛みに耐えるように胸を押さえていた。


(どうしたのかしら……わかったわ! きっと、お腹が空いているのね!)


 ――そうとなれば、あれの出番だ。


「――ねえ、ジェームズ。そろそろ、あれを出してもらえるかしら。あたたかい紅茶と一緒がいいわ」

「少々お待ちください」


 ジェームズが一礼して少し経ってから、手土産で渡していたケーキ――秋の夕暮れを閉じ込めたような、ゴールデンルビーが運ばれてくる。


「まあ……まるで深紅のルビーのよう……」


 母が感嘆の息を零す。


「わたくしが、ヴォルフズ領で見つけた幸せの一つです――ゴールデンルビーと名付けました」


 ヴィオレッタは誇りを持って紹介する。


「ヴォルフズ領のリンゴと黄金糖、レイブンズ領の小麦とバターで、マルセルに作ってもらいました」


 これはただのケーキではない。

 ヴィオレッタが彼の地で見つけた幸福の証だ。


 切り分けられて配られていくと、甘酸っぱい匂いが更に濃くなる。


(昔はよくこうして、一緒に試作品を食べたわね)


 家族そろって甘いものを囲む懐かしい光景に、顔がほころぶ。


「おお、これは……」


 食べた父が感動の声を零し。


「おいしい……」


 ルシアが喜びに瞳を輝かせる。


「とってもおいしいわ、お姉様……」


 涙をにじませるルシアに、ヴィオレッタは頷いて応えた。

 居間に満ちる幸福な空気に、ヴィオレッタも嬉しくなる。

 とても幸せで、穏やかな時間だった。


 ――美食がもたらす幸福が満ちる瞬間は、いつだってヴィオレッタの胸をあたたかくさせる。


「――ところで、ルシア」

「はい、お姉様」

「わたくし、まだあなたを許したわけではありませんからね」

「えっ?」







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【新作長編】捨てられるはずの悪妻なのに冷酷侯爵様に溺愛されています

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