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【7/11コミック①巻発売】転生令嬢ヴィオレッタの農業革命~美食を探究していたら、氷の侯爵様に溺愛されていました?  作者: 朝月アサ


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40 実家訪問





 ――次の日。

 ヴィオレッタは侯爵邸の女主人の部屋でひとり目覚めた。

 カーテンを通して朝の光が差し込み、部屋を金色に照らしている。


 ベッドから起き上がり、カーテンを開ける。そこからは青い空と、昨日カボチャの種を植えたばかりの畑が見える。


「いいお天気ね」


 窓を開けると、澄んだ空気と穏やかな風が流れ込んでくる。

 まるで世界から祝福されているかのような、初夏の空だった。

 そして今日は、約二年ぶりに実家に行く日だ。


(エルネスト様は昨夜も帰ってこられなかったみたいね……)


 少しだけ残念だが、我慢せずにちゃんと伝えたから後悔はない。

 仕事が忙しいのだろう。

 エルネストの邪魔をするつもりはない。


 ――一人で行こう、とヴィオレッタは決意する。


 行き先は実家なのだから、シエラに護衛をしてもらう必要もないだろう。ヴィオレッタは侯爵家の使用人に同行を頼み、朝食後に馬車を出してもらってミエル・ヴィオレへ向かう。

 手土産にするケーキを引き取るためだ。


 店に到着すると、すでに行列ができ始めていた。

 ヴィオレッタが関係者用入口から中に入ると、厨房にはマルセルがいた。


 そして、焼き上がったばかりのゴールデンルビーが作業台の上にあった。

 ――秋の夕暮れを閉じ込めた宝石のケーキが。


「すごいわ、マルセル。完璧よ」


 ヴィオレッタは心から感激したが、マルセルの表情はどこか晴れない。


「ヴィオレッタ様、差し支えなければ――このケーキのレシピを作ったのは、どんなパティシエか教えていただけますか」

「これはヴォルフズ領地の料理人に作ってもらったのよ」

「料理人?」

「そこにはパティシエはいないから。料理人はテオというんだけれど、彼が料理からスイーツまで全部作ってくれるの。まだ若いけれど、とても腕がいいのよ」

「それは……よく、わかります……」


 ――やはり、テオの料理の腕は抜群にいいのだろう。マルセルが認めているのだから。

 こんな素晴らしい職人たちに出会えて、ヴィオレッタは自分が幸運だと改めて思った。


「己の未熟さが恥ずかしい……」

「マルセル?」

「この程度の腕でよくも得意げになれたものだ!」


 なんだか雰囲気がおかしい。

 マルセルの身体から闘気が立ち上っている。特に右の上腕二頭筋から。


(才能が、才能に刺激されている……?)


 ――職人同士だけが通じ合う何かで、マルセルが闘志を燃やしている――そうヴィオレッタは解釈した。


「わたくし、あなたのつくるスイーツが大好きよ。小さい頃からずっと。あなたの腕は、皆を幸せにする力を持っているわ」

「……ありがとうございます、ヴィオレッタ様。そのお言葉で、また一歩前に進める気がします」


 ぐっと拳を握る。

 その表情は何か吹っ切れたような、爽やかなものがあった。


「とっても頼もしいわ」


 ゴールデンルビーを梱包してもらい、ヴィオレッタは馬車に乗り込んだ。そしてそのまままっすぐレイブンズ伯爵邸へと向かう。


(……実家に行くだけなのに、緊張しているわ)


 期待と不安を抱きながら王都の姿を見つめる。

 両親とも、妹とも、長い間会っていない。

 昔のように言葉を交わせるだろうか。


 レイブンズ家に到着する直前、見慣れた姿を見かけて、ヴィオレッタは慌てて馬車を止めてもらった。


「エルネスト様?」

「ヴィオレッタ――」


 青い瞳がヴィオレッタを見つめる。

 顔にはわずかに疲労が滲んでいて、軽く汗もかいている。


「どうされたのですか?」

「間に合うように帰ってきたつもりだったが、君が既に出発したと聞いて――走ってきた」

「走って?!」

「馬車を出すより速いからな」


 ミエル・ヴィオレに寄るために少し早めに家を出たことで、こんなことになってしまうなんて。


(なんだかすごく、お疲れのような……)


 ヴィオレッタはエルネストをじっと見つめて、聞いてみた。


「……エルネスト様、寝ています?」

「仮眠は取った」

「ちゃんとしっかり寝てください!」


 思わず声が大きくなる。


「もういいですから、今日は休んでいてください。わたくしだけで行ってきますから」

「いや、きちんと挨拶をしておきたい」


 エルネストは、こうなると頑固だ。

 その頑固さに困惑しつつも、嬉しさが込み上げてくる。


「……わかりました。わたくしも、エルネスト様と一緒の方が嬉しいですから」


 ヴィオレッタは馬車の内鍵を開けて、エルネストを中に迎え入れる。

 隣に座ったエルネストに、そっと寄り添った。


「でも、一番嬉しいのは、エルネスト様が健やかでいてくださることですからね」

「ああ……ありがとう、ヴィオレッタ」

「お礼を言うのはこちらの方です。来てくださってありがとうございます、エルネスト様」


 エルネストは微笑むと、ヴィオレッタの腰に腕を回してヴィオレッタを引き寄せる。

 そして、ヴィオレッタの頭に顔を寄せて、そのまま浅く眠ってしまった。


(かなりお疲れね……)


 短い時間でも、眠っておいてもらった方がいい。


 ヴィオレッタも目を閉じて、エルネストの胸に頭を預けた。




◆◆◆




 レイブンズ伯爵邸に到着すると、ヴィオレッタはエルネストの手を借りて馬車から降りる。

 玄関先で待っていたのは、ヴィオレッタの幼いころからのレイブンズ家の執事――ジェームズだ。


「お待ちしておりました。ヴォルフズ侯爵様、そして侯爵夫人様――」

「元気そうで嬉しいわ、ジェームズ。これはわたくしの大切なものよ。後で出してほしいのだけれど、いいかしら」

「もちろんでございます」


 ジェームズに手土産を渡し、ヴィオレッタは久しぶりに実家に足を踏み入れた。

 中に入ると、懐かしい香りと見慣れた光景が広がっている。


(生まれ育った実家なのに、一度出てしまえば、こんなにも感じ方が変わるものなのね)


 過去の記憶といまの現実が重なり合って、どこか夢のようだ。

 そして、自分の生まれ育った場所をエルネストと共に進む感覚は、なんとなくこそばゆいものだった。


 不思議な気持ちになって歩いていると、エルネストがそっとヴィオレッタの手を握りしめる。

 その手のぬくもりに安心して、ヴィオレッタは微笑みを返した。


 居間に案内されると、そこには父と母、そして兄がいた。


「ヴィオ――」


 父が声を上げ、母と共に立ち上がる。


「御無沙汰しています、レイブンズ伯爵、夫人」

「お父様、お母様。お久しぶりです」


 エルネストの挨拶に続いてヴィオレッタが一礼すると、母は目に涙を浮かべながら、ヴィオレッタをしっかりと抱きしめた。


「ああ、ヴィオちゃん――元気そうでよかったわ」


 その声には喜びと感動が溢れていた。

 ヴィオレッタは母のあたたかさに包まれながら、しっかりと抱きしめ返した。


「お母様も……」

「ああ……ヴィオちゃん。もっとよく顔を見せて。風邪を引いたりしなかった?」

「大丈夫です、お母様。もう子どもではないのですから――」

「何を言っているの。わたくしたちにとって、あなたはいつまでも大切な娘よ」


 愛に溢れた言葉と声に、喜びが笑みとなって零れる。


 満たされていくのを感じながらも、ヴィオレッタはずっと気がかりなことがあった。


 ――一人、足りない。


「ルシアはどうしていますか?」


 問うと、両親は気まずそうに顔を見合わせる。

 ヴィオレッタは母から離れて、二人の顔を見て再び問いかけた。


「――ルシアに何かあったんですか?」


 その時、居間の扉が半開きになる。


「お姉様……」


 懐かしい声に顔を向けると、半開きだった扉の向こうからふわりとした人影が現れた。

 輝きに満ちた金色の髪、長い睫毛に縁どられた菫色の瞳。

 肌は真っ白で、白いを通り越して青いほどで。


「ルシア――」


 約二年ぶりに再会した妹は、昔とは少し雰囲気が変わっていた。

 溢れんばかりの生気が消えてしまっていて、そして――ほっそりとしていた体形は、少しふくよかになっていた。






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