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【7/11コミック①巻発売】転生令嬢ヴィオレッタの農業革命~美食を探究していたら、氷の侯爵様に溺愛されていました?  作者: 朝月アサ


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39 侯爵邸での畑づくり




 ――ミエル・ヴィオレからの帰り道。

 ヴィオレッタは馬車の窓から王城の姿を見つめた。

 シエラはうたた寝をしている。疲れているのだろう。


(エルネスト様はお元気かしら)


 王城にいるであろう夫のことを考える。


(次はいつ会えるのかしら)


 昨日会ったばかりなのに、もう会いたくなっている。

 自分からは会いに行けないもどかしさが胸を焦がす。

 領地にいたときは会えなくても平気だったのに、すぐ近くにいると思うと会いたくて仕方がない。


(考えても仕方のないことね。エルネスト様にはお仕事に集中してもらいましょう)


 ――会いたいだなんてわがままは言わない。

 王都に来た目的を見失ってはいけない。


(邪魔をしてはいけないものね。明後日の実家への訪問も、わたくし一人で行きましょう)


 そう考えながら、静かに目を閉じる。

 馬車は整備された道を進んでいく。






 ――翌日。


 ヴィオレッタは朝から庭で鍬を振るっていた。

 何も植えられていない庭の片隅――しかも日当たりがいい場所は、畑にするのに絶好の場所だ。

 耕してもいいかと執事に訊いたところ、「旦那様より、すべて奥様の自由にと仰せつかっております」と言われ、農具の揃っている場所まで教えてもらった。


「ああ――素敵。ここにも畑を作れるなんて――とうっ!」


 爽やかな朝の空気の中に、土を耕す音が軽快に響く。

 固く締まった土に鍬を突き立て、土を掘り起こしながら考える。


(この場所に何を植えようかしら。いまの時期でも植えられるのはハーブ類?)


 実際に、侯爵家の庭の一部でも料理用ハーブが栽培されている。


(イモ類……は、もう季節外れ。サツマイモは、この国ではうまく育たないのよね)


 どうやら気候が涼しすぎるようだ。なので、種芋が手に入ったとしても、栽培は難しい。


(貯蔵できて……ほっくほくの実が食べられるような野菜がいいわね……そうだ。カボチャはどうかしら?)


 カボチャは痩せた土地でも育つ。土壌を選ばない。育成が旺盛で、ほとんど手間いらずだ。

 もちろん実はほっくほく。

 育成が旺盛すぎてかなりの栽培スペースが必要になるが、この広い庭なら問題ないだろう。


「やりますか、カボチャづくり!」

「ここにカボチャを植える気か?」


 聞き慣れた呆れ声に、ヴィオレッタは弾かれたように振り返った。


「お兄様!」


 そこにいたのは、ヴィオレッタの兄であるオスカー・レイブンズだった。


「カボチャ畑というより、カボチャの海にしたいです!」

「お前が偉くなったら、庭持ち全員に野菜作りを課しそうだよな」

「まあ。それって最高ですね」


 いつだって食糧危機に備えられる。


「――それで、どうされたのですか? お兄様」

「親戚の家に来て何が悪い」


 それはそうかもしれないけれど。


「家人がいないのに上がり込んでる……」

「お前だって家人だろ」

「わたくし、この家の家人としては新人です」


 ――何せ、おととい初めて中に入ったのだ。

 なので、まだまだ慣れない。


「お兄様はもしかして、よくこちらに来ていたりするのですか?」


 そうでもなければ、いくら妹のヴィオレッタがいるからと言って、確認もなしに中まで通されたりしないだろう。


「さぁてな」

「セオドア、どうなの?」


 執事は周囲にいないが、問いかけてみる。


「レイブンズ次期伯爵は頻繁にいらっしゃっていますよ。旦那様も把握済みです」


 返事は後ろから響く。

 ヴィオレッタは思わず笑ってしまった。

 鍬の先を地面に食い込ませ、振り返る。


「あなた、やっぱりセバスチャンの兄弟ね」

「奥様は、私共の扱いに慣れていて大変助かります」

「一度驚けば充分だもの。あなたたちは本当に素晴らしいわ」

「恐縮でございます」


 オスカーはヴィオレッタの傍までやってくると、上着を脱いでヴィオレッタに押し付けてくる。

 シャツの袖をまくり、地面に刺さったままの鍬の柄を握った。


「よっと――」


 鍬を振り上げ、振り下ろす。腰が入っていないため、気持ちよく地面には刺さらない。


「めずらしいですわね、お兄様」


 土いじりに参加するなんて。


「ここの庭を耕してやるなんて、ちょっと面白いだろ?」


 にやにやしている。


「――お兄様、サディアス・カルドネア様のことを教えていただけますか?」

「カルドネア次期公爵――? どうしてお前が気にするんだ」

「偶然会いました」

「…………」


 オスカーは無言で再び鍬を振り上げて、地面へ振り下ろした。今度は先ほどよりも深く刺さる。


「本当に偶然か?」

「まったくの偶然です。たまたまミエル・ヴィオレに行ったら、たまたまアイリーゼ様がいらっしゃって、偶然同席することになりました」


 ヴィオレッタは首を傾げる。

 どうしてそんなことを訊くのだろう。

 しかもなんだか、雰囲気が堅くなってしまっている。


「カルドネア次期公爵に興味があるのか?」

「いえ……何故かわたくしに興味がありそうな雰囲気でしたので、気になって……勘違いだと思いますけれど」


 ――勘違いだ、と呆れられるかと思ったが、オスカーは硬い表情を崩さなかった。


「そうか。警戒しておいて悪いことはない。お前もヴォルフズ侯爵夫人だしな」


 ――ざくっ、といい音を立てて鍬が刺さる。

 一振りごとに上達している。


「剣の鍛錬にいいかもな、これ」


 それは、レイブンズ領の兵たちも言っていた。

 農作業自体がいい鍛錬になると。


「カルドネア公爵はエルネスト――というより、ヴォルフズ侯爵家とそれなりに因縁がある」

「派閥がどう……というものですか?」

「まあ、そうだ。派閥とか因縁とか、そういうのに囚われないタイプもいるけどな。カルドネア次期公爵がどちらかはわからないが、あんまり期待はするな。貴族はたいてい腹黒い」

「お兄様も?」

「見ていりゃわかるだろ?」

「わかるような、わからないような……」


 正直な気持ちを言うと、オスカーは鍬を地面に突き刺したまま、呆れ顔でヴィオレッタを見てくる。


「お前は正直に物を言いすぎだ。その毒気のなさは、ある意味武器だけれどな」


 鍬を持ち直し、振り上げる。


「とりあえず男と二人きりになるな。相手の懐に入るな」


 ざくっ――と小気味いい音を立てて鍬が土を耕す。

 それは色んな教師から、何度も何度も言われたことだ。


「――はい、気をつけます」


 迂闊なことをして妙なことになったら大変だ。自衛できる範囲で自衛する。


 ――それに、ヴィオレッタはよく知らない男性が少し怖くなってしまった。

 アイリーゼの従兄だとしても、どうしても一歩引いてしまう。


「――そいつの相手は、エルネストに任せておけばいい」

「はい。そうそう、お兄様。明日は素敵なお土産を持っていきますね」


 明日は実家訪問の日だ。

 約二年ぶりの実家になる。


「エルネストはちゃんと来るんだろうな?」

「お忙しいみたいなので、わたくし一人の予定です」

「……ちゃんと相談したのか?」


 問われ、どきりとする。


「たまには物分かりが悪いふりをしてもいいんだからな」

「…………」

「もし、それであいつがお前を邪険に扱うようなことがあったら――」


 ――ざくっ、と。

 いままでで一番綺麗に鍬が入る。


「僕が後悔させてやるから」

「ふふっ……お兄様ったら……」


 兄の言葉が嬉しくて、笑いが零れる。


「……セオドア。エルネスト様に連絡を取ることはできるかしら」

「はい」


 執事に声をかけると、執事は恭しく頷いた。


「明日、実家の方に行きますから、もしできるなら顔を出してくださると嬉しいです、と――……もちろん、お忙しいなら全然かまいませんって!」

「かしこまりました。必ずお伝えいたしましょう」







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【新作長編】捨てられるはずの悪妻なのに冷酷侯爵様に溺愛されています

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>シエラはうたた寝をしている。疲れているのだろう。 この護衛ダメダメでは……
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