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【7/11コミック①巻発売】転生令嬢ヴィオレッタの農業革命~美食を探究していたら、氷の侯爵様に溺愛されていました?  作者: 朝月アサ


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37 フルール・ド・リュクス






 社交界に疎いヴィオレッタだが、さすがに公爵家の名前は知っている。

 そのうちの二家の令息と令嬢が、いまこの部屋に集っている。


 ――失礼だけはないように。


 ヴィオレッタは緊張しながら立ち上がり、スカートをつまんで一礼する。


「ありがとうございます。わたくしもお会いできて嬉しいです。ですが、その……」


 視線を彷徨わせ、アイリーゼを見る。


「あの、わたくし、お邪魔ではありませんか?」

「まあ。そんなことはないわ。ヴィオレッタさんがいてくれて、本当によかったと思っているの」


 ヴィオレッタは頭を切り替えた。

 これはチャンスだ。

 交友関係を広げるチャンス。


 侯爵夫人になったのだから、社交が苦手と言っていられない。


「今日はサディアス様に、ミエル・ヴィオレの味を知ってほしくて呼んだのよ」

「リーゼがどうしてもここにパーティの菓子を頼みたいというから、是非一度味わってみておきたいと思ってね」


 爽やかな微笑みが、とにかく眩しい。


「お菓子の依頼ですか?」

「ええ。一か月後にリーヴァンテ家は王家の離宮を借りてパーティを行うでしょう? アルフォンス殿下と、女王陛下もいらっしゃることになっているの」


 第一王子であり、アイリーゼの婚約者であるアルフォンスと、女王。


(超VIPまで……これはすごいことになりそう)


 時期と招待客的に、アイリーゼにとっても結婚前の一番大きな、そして重要なパーティになるだろう。


「それでね、ぜひこちらにパーティで皆様に振る舞うお菓子をお願いをしたいと思っているの。わたくしの大好きなミエル・ヴィオレのお菓子なら、きっと皆様にも喜んでいただけるわ」


 ヴィオレッタの心臓がどきっと跳ねた。


(そんな特別なパーティに……ミエル・ヴィオレのお菓子を? こ――これは大チャンス!?)


 ――これは、ヴィオレッタにとっても願ってもいないチャンスだ。

 公爵家の主宰する、王族も参加するパーティ。黄金糖の披露に、これ以上の好機はない。


 アイリーゼがヴィオレッタに問いかけるような視線を向ける。

 ――アイリーゼはヴィオレッタがこの店の陰の経営者であることを知っている。


 だが、ヴィオレッタはそれを秘密にしているので、アイリーゼも秘密を守ってくれている。

 ヴィオレッタはアイリーゼの視線を受け止め、そして微笑んだ。


 ――そうしているうちに、ウェイターがケーキを運んでくる。


「初夏の新作、フルール・ド・リュクスでございます」


 丸いドーム状のケーキの上に、純白のクリームが花びらのように――あるいはドレスのレースのように優雅に盛り付けられている。ケーキの周囲はスミレのエディブルフラワーで飾られて、清楚で華やかな雰囲気だった。


「まあ……なんて素敵なの」


 アイリーゼがうっとりとため息を零す。


 切り分けられると、クリームとスポンジ生地とベリーのコンポートが層になっている姿が露わになる。

 口に運ぶと、深みがありながらも驚くほど軽やかな風味が広がる。ベリーの甘酸っぱさ、クリームの口当たりとまろやかな風味、スポンジの香ばしさ、そこに染み込んだシロップの透き通った甘さ――それらが重なって、夢のような美味しさだった。


「美味しい……」


 ヴィオレッタもうっとりと声を零す。

 これはヴィオレッタは関わりのない、完全なパティシエの作品だ。見かけも、味も、申し分ない。


 ――フルール・ド・リュクス。高貴なる花。


「これは素晴らしい……まさに、その名前通りの菓子だな」


 サディアスも感嘆の声を漏らしていた。


「リーゼが愛するのも分かる。認めざるを得ないな、これは」

「だから言ったでしょう? 心配することなんて、何もないって。それでは正式にこちらにお願いすることにするわね」


 アイリーゼがヴィオレッタに微笑みかけてくる。


 ――アイリーゼはこの店のオーナーがヴィオレッタであることを知っている。

 ヴィオレッタが微笑みで応えると、アイリーゼもほっとしたように表情を緩ませた。


「パーティには、ヴィオレッタさんもぜひヴォルフズ侯爵様と一緒にいらしてね」


 ――もちろん、と返事をしかけて思いとどまる。

 エルネストは仕事が忙しいだろう。先立って無理やり長期休暇を取ってきたため、ほとんど休みがないと聞いている。


「旦那様にはお仕事がありますので、夫婦で行けるかはわかりませんが……ぜひ」

「なら万が一の時は、私がエスコートさせていただこうかな」

「サディアス様……お心遣いありがとうございます。ですが、大丈夫です。わたくしのことは、どうかお気になさらず」


 ――結婚しているのに夫や家族以外のエスコートを受けるのは、さすがにまずい。

 そうなるくらいなら、エスコートなしで入場する方がまだいい。


 ヴィオレッタが軽く笑いながら答えると、サディアスも軽い調子で肩を竦めた。


「残念だ。貴女ともっと仲を深めたいと思ったのに」

「サディアス様、ヴォルフズ侯に言いつけますわよ」

「それは勘弁してくれ、リーゼ」


 冗談を言い合う様子は軽やかで、本当に仲が良いのだと伝わってくる。


「少しだけ失礼しますわね」


 アイリーゼが立ち上がり、静かに部屋から出ていく。

 ヴィオレッタはサディアスと二人きりになり、自然と緊張してしまう。

 ――正確には護衛もシエラもいるので二人きりではないのだが。

 それでも、肩に力がこもってしまった。


「リーゼのあんな嬉しそうな顔は久しぶりに見たよ」


 サディアスが柔らかくヴィオレッタに話しかけてきてくれる。


「リーゼは昔から君のことをよく話していたよ。今日、君に会えてよかった。リーゼも、私自身も。これは運命の女神の思し召しかな」


 冗談めかしたような、だがどこか本気のような言葉に、何と答えればいいかわからなくなる。

 その時ヴィオレッタは、祖母の教えを思い出した。


 ――会話に困ったら、にっこりと笑っておきなさい。そうすれば、向こうの真意がわかってくるから。


 ヴィオレッタはサディアスに柔らかく微笑みを返す。

 するとサディアスも、同じように微笑みを浮かべた。


「君は本当に素敵な女性だ。今度は二人きりで会いたいものだ」

「まあ、困りますわ」

「もちろん、無理にとは言わないよ。ただ、君ともっと話がしてみたい」

「どんなお話を?」


 問いかけると、サディアスは意味ありげな視線を向けてくる。


(もしかして、農業のお話かしら?)


 もしそうなら、話は尽きない。

 実家のレイブンズ領も、嫁ぎ先のヴォルフズ領も、収穫量が上がってることは調べればすぐにわかることだ。サディアスがそのことを知っているのなら、ヴィオレッタの話を聞きたがってもおかしくない。


 しかしサディアスはそれ以上は言わず、静かに立ち上がって部屋のドアに向かった。


「今日はここまでにしよう。忙しなくてすまないね。また会えることを楽しみにしているよ」

「わたくしもお会いできて嬉しかったです。次は旦那様と一緒にご挨拶させていただきますわね」


 ヴィオレッタはサディアスの目をしっかりと見つめて答える。

 サディアスは少し目を見張り、そして微笑んだ。


「それは楽しみだ。私も、エルネストとは、女王陛下の御許で豊かな未来を作っていきたいと思っているからね」

「エルネスト様と仲がよろしいのですね」


 サディアスは薄く笑みを浮かべただけでそれ以上は何も言わず、部屋から出ていく。

 すると入れ替わりのようにアイリーゼが戻ってきた。


「あら、サディアス様は?」

「つい先ほどお帰りになられました」


 アイリーゼは困ったように眉根を落とす。


「サディアス様ったら……いつも勝手なのだから。ヴィオレッタさん、申し訳ありませんがわたくしも失礼させていただくわね。本当にごめんなさい」

「わかりました。お気をつけて」

「パーティ、とても楽しみにしているわ!」

「わたくしもです」


 アイリーゼとその護衛たちがバタバタと帰っていき、ヴィオレッタは特別室にシエラとふたりきりになる。


「慌ただしいことですわね」


 ずっと気配を潜めていたシエラの存在感が強まる。まるで被っていた見えないヴェールを脱いだかのようだ。


「カルドネア様はリーヴァンテ家とも繋がりがありますが、まさか、アイリーゼ様とあそこまで懇意だなんて」


 困ったように言いながら、肩をコキコキと鳴らす。

 そして、ヴィオレッタを見つめる。


「侯爵夫人、サディアス様のことはどれくらいご存じですか?」

「ええと……今日までは、お名前ぐらいしか」

「彼は王弟殿下の嫡子――つまり女王陛下の甥です。ご覧の通り、完璧な貴公子ですが、お近づきにならない方がよろしいでしょうね」

「どうしてですか?」

「侯爵様が嫉妬されてしまいますから」

「…………」

「冗談ではありませんわよ? いずれわかりますわ」


 シエラは意味ありげに笑う。


「もう少し詳しいことを言うのなら、かつて陛下と弟君の間で継承争いがありまして。先代のヴォルフズ候は王女派で、色々と手助けをされていたようです。その甲斐もあって王女が無事王位に」


 ――それも、初耳だ。


「継承争いに敗れた弟君は、王都から離れた場所に領地を与えられました。いまはそこでのんびりと暮らしているはずですわ。なのに嫡男であるサディアス様が来られているなんて。パーティに先立ってかしら」


 シエラは少し考え込み、顔を上げた。


「まあ、侯爵夫人が相手にされない限り、問題ありません」


 ヴィオレッタは頷く。ヴィオレッタ自身も、他の男性と個人的に交流するつもりはない。


 ――下手をすれば、噂が再燃してしまいかねない。

 そうなれば今度こそ、エルネストに迷惑をかけてしまう。

 気をつけて行動しないとと、強く思う。


 ――そして、いまはそれより重大事がある。

 ヴィオレッタは呼び鈴を手に取る。


「さて、シエラさん。ここから先のことは内密にお願いしますね」

「次はどちらへ行かれます? その前に、ケーキの持ち帰りの手配してもよろしいですか?」

「構いませんけれど、もう少しだけ待ってくださいね」


 呼び鈴を鳴らすと、すぐにウエイターがやってくる。


「店長を呼んでくださる?」







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【新作長編】捨てられるはずの悪妻なのに冷酷侯爵様に溺愛されています

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