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【7/11コミック①巻発売】転生令嬢ヴィオレッタの農業革命~美食を探究していたら、氷の侯爵様に溺愛されていました?  作者: 朝月アサ


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31 馬車の一団






 ヴィオレッタは遠ざかる馬車の一団と、目の前の景色を眺める。

 真っ白な雪に覆われていた風景は、いまはあちこちに固まり雪が残るのみだ。


 だがまだ大地は冷たい。髪を揺らす風も冷たい。

 地面の氷が融けたときに、本当の春が来る。


「――奥様、そろそろ中へ入りましょう」

「そうね……」


 セバスチャンの声に応える。

 ヴィオレッタは毛皮を肩にかけ直し、家に入ろうとした。


 その時――

 景色の端に、侯爵たちの馬車とは違う馬車の一団が見える。


「あの馬車たちは……来た、来たわよセバスチャン!」

「何がでございますか?」

「マグノリア商会よ。海藻肥料を運んできてくれたのだわ」


 声を弾ませて言うと、セバスチャンが怪訝な顔をする。


「秋にも来ていませんでしたか? 総出で肥料を撒いたことは記憶に新しいのですが……」

「足りなかったから、追加で運んでもらうように頼んでいたのよ! 迎える準備をしないと。荷下ろしのための人手を集めて!」


 受け入れ準備をするため、大急ぎで使用人を集める。

 何とか準備が整うのと同時に、馬車の一団がヴォルフズ家に到着する。


「ヴィオレッタ様、お久しぶりです。マグノリア商会ディーンです」


 黒い髪に琥珀色の瞳、浅く焼けた肌――異国の香りを身に纏う、馴染みの副会長に再会し、ヴィオレッタは喜びに顔をほころばせた。


「今回も副会長さんが直々に来てくださるなんて、光栄ですわ。冬の道は大変だったでしょう?」

「旅路は険しければ険しいほど、得るものが多いものですから」

「素敵な言葉ね。わたくしも見習わせていただくわ」


 挨拶を交わした後は、運ばれてきた荷物を確認する。


「今回もとても品質がいいわね」


 黒くさらさらとした土のような海藻肥料。冬の間に発酵が進んで、すぐにでも使える状態になっている。


「それにしても、残念ね。もう少し早ければ、エルネスト様の出立にも間に合ったのだけれど」


 そうしたら少しだけでも交流を持てたのに。


「またの機会を楽しみにしています」


 微笑むディーンの表情は、全然残念そうではない。


(もしかして、会いたくないのかしら。まさかね)


 マグノリア商会は前の秋にも海藻肥料を持ってやってきてくれた。

 その時はもちろん、エルネストにマグノリア商会とディーンを紹介したが、なんだか微妙な空気が両者の間に流れていたことを思い出す。


(気が合わないのかしら? 合わないものは仕方ないわよね)


 どうやっても合わない人間というものはある。

 無理に交流を勧める必要はない。


「ご指示通り、西の区域に半量を運んでいます。こちらが担当の方のサインです」

「ありがとう。マグノリア商会に任せておけば、何も心配いらないわね」


 心から言い、書類を確認していく。

 その間に積荷が手際よく運ばれていく。


「――ところで、いつまでこの注文を続けるおつもりですか」

「ずっとよ」


 ヴィオレッタは当然のことを答えた。


「肥料っていくらあっても足りないもの。雨が降れば流れるし、作物を作ればその分が失われるから、ずっと不足状態よ」


 書類を確認し終わり、小切手帳を取り出して、約束より少し多めの金額とサインを書く。


「いらぬ心配でしたね」

「何を心配していたの?」

「いままで不要だった海藻が大金に化ける。そのおかげで小さな漁村が潤っている。しかし、定期的な注文がいきなり失われでもすれば、数年はひどい苦難に見舞われるでしょう」

「海藻が不要になる日が来るとも思えないけれど、もしそうなったら別の方法を考えるわ。農地も、領民も豊かにする方法をね」


 やりたいことはたくさんある。

 いつだって人手も時間も足りない。

 もし海藻肥料が不要になったら、別の仕事を斡旋するだけだ。


「わたくしは、この地の領主夫人ですもの。絶対に見捨てたりはしない」


 ――この地を豊かにする義務がある。

 人々に美味しいものを食べてもらい、笑顔にする責任がある。

 何より、ヴィオレッタ自身がそうしたい。


 ヴィオレッタは胸を張って、小切手をディーンに渡した。


「確かに。……貴女は本当に福音のような御方だ。この地の民は幸せですね」

「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいわ。でも少し褒めすぎではないかしら」

「いえ、私自身も貴女に出会えたことが、人生最大の幸運のひとつと思っていますよ」

「お上手ですこと」


 ディーンは本当にお世辞がうまい。

 立ち振る舞いも、表情も、品がある。

 出会った頃は普通の少年だったのに。商会の会長であるベティ・マグノリアによく鍛えられたのだろう。


(こんなに綺麗な顔でお世辞がうまいと、夢中になるご婦人も多いでしょうね)


 商人としては最強だと思う。

 そして、そんな最強の商人たちと出会えた自分が幸運だと思う。


 ヴィオレッタはマグノリア商会に全幅の信頼を寄せていた。


「副会長さん、これを会長に届けてくださらない?」


 ヴィオレッタは小さな小瓶をディーンに渡す。

 中には黄金糖が入っている。


「まだ試作段階のサンプルですけれど、興味を持っていただけたら嬉しいわ」

「承りました。きっと喜ぶと思いますよ」

「だと嬉しいわ。それから、王都まで運んでいただきたいものがあるの。荷台に余裕はあるかしら? 旦那様たちの馬車には乗り切らなくて」


 ヴィオレッタは王都に運びたいものがたくさんある。

 自分でクロに乗っていくときは、ほとんど荷物は持っていけない。黒鋼鴉に乗るときは、できるだけ身軽にする必要があるからだ。


 最低限必要なものは先の馬車にあらかじめ積んでもらったが、まだまだ乗せたいものがある。

 マグノリア商会の馬車に余裕があるのなら、その片隅を貸してもらいたい。


「もちろん構いませんよ。荷台に余裕がありますから」


 そうは言うが、荷台の空きを無意味に作るディーンではない。

 その分、予定していた商品が積めなくなるはずだ。


 だからヴィオレッタは大目に謝礼を払うことにした。そして、日持ちする食材をうんと積んだ。ヴォルフズ領産の食材たちを。


「こちらはどこへ運びましょう。侯爵家ですか、ご実家の方でしょうか。それとも商会の倉庫に保管しておきますか?」

「そうね。できたら、商会の低温倉庫の方に置いておいてもらえる? わたくしが王都に行ったとき、また改めてお願いするわ」


 保管料も上乗せして謝礼を払う。

 これで、ひとまず憂いはすべて解消した。


 そうしてしばらく作業を進め、すべての積み下ろしと、新しい荷の依頼が完了する。


「ディーン、色々とありがとう。それでは、また秋にお願いするわね」

「はい。これからも、マグノリア商会をご贔屓に」


 別れの挨拶を交わし、マグノリア商会の出立を見送る。

 降り注ぐ光できらきらと輝く景色の前で、ヴィオレッタは微笑んだ。


「さあ、農作業の始まりよ!」







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