表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【7/11コミック①巻発売】転生令嬢ヴィオレッタの農業革命~美食を探究していたら、氷の侯爵様に溺愛されていました?  作者: 朝月アサ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/61

30 オルゴールの音色







 ――厳しい寒さの中でも、春の気配を感じ始めた日の午後。ヴィオレッタは執務室の棚の隅で、隠れるようにひっそりと佇んでいた年代物の小箱を発見した。


(とても綺麗な箱……何かしら、これ)


 心が引き寄せられ、思わず手を取る。


「エルネスト様、こちらは何ですか?」


 ソファに座って書類を読んでいるエルネストに聞いてみると、すぐに立ち上がってヴィオレッタの隣に来る。


「ああ……それはオルゴールだ。こんなところにあったのか」

「オルゴール? 素敵。動かしてみてもいいですか?」

「構わない。ただ動くかどうか……」


 木の蓋を開けてみると、金属製の精巧な作りの仕掛けが中に詰まっていた。


 ゼンマイを巻いてみると、金属が奏でる澄んだ音が流れ始める。美しい音色で楽しげな音楽が奏でられる。


「なんて綺麗な音……この音楽、なんだか懐かしいです」

「舞踏会でよく演奏される曲だ。昔はこれでダンスの練習をしたものだ」

「まあ。確かにその曲ですね。それではエルネスト様、いまからダンスの練習をしませんか? ちょうど仕事が一段落したところですし」


 身体を動かすのも、いい気分転換になるだろう。そう思って提案する。


「わたくし、ダンスがあまり得意ではなくて……王都でパーティに参加する機会があるかもしれませんし、少しでもエルネスト様と踊るのに慣れていたいのです」


 昔から練習はしていたが、実際の経験が少ないのでダンスには自信がない。

 自分が恥をかくだけならいいが、相手に恥をかかせたくない。

 夫であるエルネストは侯爵なのだ。パートナーがダンスが不得手だなんて恥ずかしい。

 だからせめて夫とのダンスには慣れておきたい。


 ――もちろん、パーティに参加してもダンスはしないという選択もある。

 だがその場合、エルネストのダンスパートナーを誰かに譲ることになるかもしれない。

 それは、嫌だ。


(わたくしはエルネスト様の妻なのだから、一緒に踊る権利があるもの)


 そのためにも、パートナーとのダンスには慣れておかないとならない。


「わかった」


 優しい響きを含む声と眼差しに頷き、ヴィオレッタはオルゴールのゼンマイをいっぱいまで回した。澄んだ音楽が流れる中、向かい合って手を取り、身体を寄せて踊り始める。


 最初は少し硬くてリズムも合わなかったが、次第にお互いの動きに慣れて楽しくなってくる。

 リードされるままにステップを踏み、くるりとターンをして。

 そうしているうちに曲が終わり、少し悲しげな余韻が響く。


 ヴィオレッタが微笑むと、エルネストは少し不思議そうな顔をする。


「どうした、ヴィオレッタ」

「一年目の冬は、やりたいことをしていたらあっという間に過ぎていきましたが……今年はエルネスト様とずっと一緒にいられて、楽しくて仕方がありません」


 すぐ近くにある青い瞳をじっと見上げる。


「春が来るのは楽しみですが、離れ離れになるのは、やはり少しだけ寂しいですね」


 抱き着くと、優しく抱き返される。ヴィオレッタは静かに目を閉じる。体温と匂いが心地よかった。


「ヴィオレッタ――やはり共に王都へ行こう」

「いえ、それは結構です」


 きっぱりと断ると、エルネストの落胆が伝わってくる。

 誘ってもらえるのは嬉しいが、実際問題、馬車の旅は時間がかかる。

 それに何より、春から初夏にかけては農作業でとても忙しい。この時期の頑張りで収穫が決まると言っても過言ではない。そんな大事な時期に、この地を離れるわけにはいかない。


「エルネスト様、もう一回ダンスをお願いできますか?」

「ああ、何度でも」


 今度はエルネストがゼンマイを巻く。

 その手付きは繊細で、眼差しは懐かしさに滲んでいた。


「このオルゴールは母の形見なんだ」

「まあ……」

「形見のものはほとんど手放してしまったが、残っていてよかった。こうしてまた思い出を重ねていける」


 ヴォルフズ侯爵家の先祖代々の家財は、困窮時代にほとんど売り払われていた。その余波でいまも屋敷には物が少ない。

 鉱山の権利などは買い戻せたが、思い出の品々は戻ってくることはない。


 この精緻なオルゴールも貴重な品だ。見つかっていれば高値で売られていたことだろう。

 そうならなくてよかったと、心から思う。


「はい、エルネスト様。これから一緒に、たくさんの思い出をつくっていきましょうね」




◆◆◆




 そうして穏やかに冬の日々が過ぎ、雪解けと共に春が訪れる。

 エルネストの休暇が終わり、いよいよ出立の日がやってくる。

 見送りのために玄関を出たヴィオレッタは、アンバーの姿を見つけた。


「あら、今回はアンバーも行くの?」


 出発準備万端のアンバーに声をかけると、アンバーは嬉しそうに尻尾を振った。

 アンバーは、ヴィオレッタに一番懐いてくれている金色の毛並みの犬で、貴族学園でヴィオレッタとエルネストを繋いでくれた犬だ。


「エルネスト様をよろしくね。また王都で会いましょうね」


 ヴィオレッタはアンバーの頭をいっぱい撫でる。

 そうしていると、エルネストがやってくる。

 どちらからともなく、ごく自然に抱擁を交わす。


「ヴィオレッタ。くれぐれも気をつけてくれ。君に何かあったら私は――」

「エルネスト様、大丈夫ですわ。わたくしにはクロがついてくれていますから」


 ヴィオレッタの黒鋼鴉のクロは、幼いときからいつもヴィオレッタと共にいて、守ってくれて来た存在だ。大切な友人であり、頼れる騎士であり、ヴィオレッタにとっての自由の翼だ。


「ですから、今生の別れみたいな顔をしないでください。またすぐに会えますから」


 農作業が終わったら、クロに乗って単独で王都に行く予定になっている。

 結婚前に何度も飛んだ、慣れた空路だ。不安なことは一つもない。

 顔を上げ、頬にそっと唇を寄せる。


「お気をつけて。いってらっしゃいませ」

「ああ」


 エルネストからも頬に唇が寄せられる。くすぐったい感触が嬉しかった。

 そして、自然と唇を重ねる。


 秋からこの日まで、ほとんどずっと一緒にいた。

 半身が離れる寂しさはどうしようもない。


 名残惜しさを感じながら身体を離し、エルネストたちの出発を見守る。

 ヴィオレッタは馬車の一団が見えなくなるまで、その場所で見送った。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んでくださってありがとうございます。
少しでもお楽しみいただけたら↑の評価(⭐⭐⭐⭐⭐)を押していただけると嬉しいです!

▼▼▼▼▼

【新作長編】捨てられるはずの悪妻なのに冷酷侯爵様に溺愛されています

▲▲▲▲▲


vi1600.jpg
アース・スタールナ様より書籍版が発売されます。
【amazon】
よろしくお願いいたします。

【コミカライズ好評配信中】
vtc_b.jpg
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ