27 ゴールデンルビー
「これが、黄金糖です」
――本格的な冬が訪れた日の、ヴォルフズ家の居間。
ヴィオレッタは居間のテーブルの上に、透明な瓶を置く。中には琥珀を砕いたような砂糖――黄金糖が入っていた。
その隣には黄金糖をふんだんに使って作ったケーキ――ゴールデンルビーが美しく佇んでいる。飴色に輝くリンゴが美しい、秋の祭典のようなケーキだ。やや酸味のある深く甘い香りが、居間に満ちていた。
ヴィオレッタの夫でありこの地の領主であるエルネストと、ヴィオレッタの実兄オスカーが、食い入るように瓶を眺めていた。
「なるほど……これが黄金糖か。まさしく黄金のような輝きと、滋味のある甘さだった。こんなものまで作ってしまうなんて……」
エルネストが感嘆したように言う。
「この地でのみ育つ甘カブから生まれたものです。この地の気候、この作物、そして育ててくださる方がいなければ、存在しなかったものですわ」
――この地だからこそ生まれた奇蹟。
ヴィオレッタが微笑むと、エルネストは少し困惑したような、だがどこか嬉しそうに微笑む。
「いかがです? 世界の半分ぐらいは取れそうな品物でしょう?」
「お前は相変わらずスケールがでかいな」
オスカーが少し呆れつつも称賛するように笑う。
「普通の砂糖よりやや雑味があるが、これはこれで味わい深い。で、いくらで売るつもりだ?」
「いまはまだ量が少ないので、そこまで安くはできませんが――白砂糖より安価で流通させられます。輸入する白砂糖より、輸送費も格段に抑えられますし」
「価格を抑えて普及を優先させるつもりか……お前らしいな」
「はい。いずれはどの家庭にも普及できるようにしたいですわね。少なくとも数年以内には、少し高級な……ですが頑張れば手が届くぐらいの存在にしたいです」
甘いものは幸福をもたらす。
そして活力を生み出す。
「それにはまず、貴族に買ってもらえるようにしないといけませんね。白砂糖もいいけれど、この黄金糖は素晴らしいですわねって褒めそやされるくらいに! ですのでまずは、王都でわたくしが経営している店で出してみたいと思います」
ヴィオレッタが王都で経営している店――カフェ・ド・ミエル・ヴィオレで。
チーズケーキで人気になった店は、貴族令嬢のファンも多い。特別な客人たちを招待して試食会を行うつもりだった。
「せっかくのお披露目なら、もっと大々的な舞台を用意したらどうだ?」
オスカーが言いながら、手元の皿に載ったケーキを一口大に切る。
「舞台、ですか?」
「世界の半分獲る気なら、演出も大事にしてみろ。これだけの品物なら焦らなくていい。どうせまだ量もあんまりないんだろ?」
言いながら、ケーキを食べる。オスカーの顔に甘味がもたらした笑みが浮かび上がる。
ヴィオレッタはその提案に心が躍るのを感じた。
「そうですね……カフェでのお披露目だけではなく、より大規模なイベントで黄金糖の魅力を伝えて、多くの人々に味わっていただくのも素敵ですわね」
切り分けられたゴールデンルビーを眺める。まるで宝石のように煌いている。
食べると、深い甘さと表面のカラメルの香ばしさ、リンゴの酸味、黄金糖の滋味とバターの風味が完璧に調和し、贅沢な味わいに奥行きを加えていた。
「ああ。これは……本当に素晴らしいものだ。多くの人間を虜にするだろう。ヴィオレッタ、私が協力できることがあれば、何でも言ってほしい」
エルネストの青い瞳に見つめられ、ヴィオレッタは喜びを感じる。
「ありがとうございます、エルネスト様」
――この政略結婚を、こんなにも幸せに感じられる日が来るとは思わなかった。
あたたかな気持ちに満たされると同時、少し気恥ずかしさも感じる。
(なんとしても成功させたいわ。わたくしが素敵なパーティを主催できればいいのだけれど……社交界には疎いわたくしができるかしら)
結婚前、王都にいたときも、ほとんど社交をしてこなかった。
パーティにもほぼ参加することはなかった。
貴族学園での学友以外に、誰に招待状を送ればいいかもわからない。
レイブンズ伯爵家夫人である母は、こういう交流が得意だった。王都に戻ったとき相談してみることに決めて、ひとまずこの件はいったん保留にする。
焦ることはない。
「――それで、お兄様。いつお戻りになるのですか?」
連絡もなくいきなり黒鋼鴉に乗ってやってきた兄に問う。
オスカーは飲んでいた紅茶を置いて、言う。
「飛びっぱなしで僕もブラックサンダーも疲れてるんだ。一晩ぐらい休ませてくれ」
ヴィオレッタは執事のセバスチャンを呼び、そっと問いかける。
「……セバスチャン、使える客室はあったかしら?」
「……一部屋でしたら、何とかご用意できます」
「では、大至急お願い」
「畏まりました」
ヴィオレッタは頷き、オスカーに向き直る。
「もちろんですわ、お兄様。ゆっくり休んで英気を養っていってください」
「なんだよ、いまの間は」
「色々都合があるのです」
まだまだ領の財政は潤沢とはいえないため、領主の屋敷の修繕も後回しになっている。特にひどい箇所の修繕を優先しているが、この地に貴人が来ることはないので、客室は一番後回しになっている。
いきなり来られて泊まると言われても、困るのだ。
「――オスカー。わかっていると思うが、これから日を追うごとに風も雪も強くなっていく。あまり長居はしない方がいい」
「わかってるって。明日には帰る。僕だって、新婚家庭に長居する気はないからな」






