19 ささやかなパーティー
その日から、エルネストはいつもヴィオレッタの傍にいた。
食事はもちろん、屋敷の中でも、ヴィオレッタが外に行く時も、常に寄り添うように傍にいた。
行動制限はされなかったが、ひとつ困ったことがあった。
「エルネスト様、クロに乗って視察に行ってもいいでしょうか?」
「クロ……君の黒鋼鴉か……」
クロのこともセバスチャンから報告を受けているらしい。
「それは私にも乗れるのだろうか?」
「いえ、無理です。よほど大きな黒鋼鴉でないと、体格のいい男性は乗れません。同乗もできません。重量制限がとても厳しいのです」
だからヴィオレッタも体重管理にはかなり気を遣っている。
食べるのは我慢できないので、主に運動で。その点農作業は優れている。クロに乗ることもいい運動になる。
「……すまないが、しばらくの間は移動は馬車を使ってほしい」
「わかりました」
収穫直前の視察はエルネストと一緒に馬車で行くことになった。
クロに乗れないのは残念だが、話し合っての結果なので不満はない。
「あの、エルネスト様。王都に帰らなくても大丈夫なのですか?」
三ヶ所目の視察が終わって馬車に戻ってから、ヴィオレッタは隣のエルネストに聞く。
前回は結婚式の翌日には王都に戻っていっていた。
「長期の休暇をもぎ取ってきた。少なくとも春までは、ここで過ごすつもりだ」
「よかった。嬉しいです」
エルネストが一緒だと領民が喜ぶ。表情からして嬉しそうだし、仕事に対する情熱が一層増している気がする。
そしてヴィオレッタも、エルネストと共にいると少しだけ緊張するが、大きな安心感も覚える。
だから長く居てくれるのは嬉しい。
素直に喜ぶと、エルネストは何故か小さく視線を逸らした。
「ああ、そうだ。エルネスト様、遅くなりましたが、白キツネの毛皮をありがとうございました。とてもあたたかかくて、助かりました」
「……気に入ってもらえたならよかった」
「はい、とても気に入りました。寒いときは毎日使っていました。今年も、もうすぐ役に立ちそうです。わたくし、かなりの寒がりなので。本当にありがとうございます」
突き刺し、染み入るような寒さから、毛皮は何度もヴィオレッタを守ってくれた。
再び礼を言うと、エルネストの表情が少し柔らかくなる。
その表情は――とても優しく、春の日差しのようにあたたかく感じられた。
(氷のようだと言われていたけれど……なんだか、全然、そんな感じがしないわ……)
速まる鼓動を感じながら、思う。
(――これは、いけないかもしれない)
自分たちは契約結婚なのに。
領地のために、家のために、お互い信頼できる関係にならなければならないのに。
(こんなふしだらな感情を抱いていると知られたら、呆れられるし、信用してもらえなくなる!)
ズキリと胸が痛み、一瞬涙が零れそうになる。
ヴィオレッタは顔を逸らし、ドレスのスカートをぎゅっと握った。
「――それにしても、君は領民に慕われているな」
「そ、そうですか?」
「ああ。君を見ると、皆が嬉しそうにする。私では見られなかった光景だ」
「そうでしょうか? エルネスト様もとても慕われていると思いますわ。エルネスト様がいらっしゃると、皆さん安心したような顔をしますもの」
「……そうなのか?」
「はい」
ヴィオレッタが頷くと、エルネストは少し考え込むような表情をする。
その横顔を眺めながら、これを機にもう少し頻繁に領地に戻ってきてくれたら、と思った。
そして、この胸の感情は絶対に隠し通さなければならないと思った。
視察を終え、屋敷に戻ったときには、夕暮れ時になっていた。
エルネストの手を借りて馬車から降りたヴィオレッタは、執事セバスチャンに出迎えられる。
「おかえりなさいませ、旦那様、奥様」
セバスチャンはそう言って、ヴィオレッタたちを中庭の方へと案内し始める。
そこに広がっていたのは、まるで夢の中のような光景だった。降り注ぐ星のような光の装飾、微かに揺れるランタンの灯。それらが織り成す光のカーペットの上を、使用人たちがやや緊張した面持ちで立っていた。
中庭の中央に置かれた長いテーブルは、キラキラと星空の下で輝くランタンの光に照らされ、色とりどりの料理が並んでいた。
「少々過ぎてしまいましたが旦那様方の結婚一年記念と、少し早いですが豊作の祝いを兼ねて、使用人一同よりささやかなパーティーを用意させていただきました」
あまりにも眩しく、煌びやかな光景に、ヴィオレッタは言葉も出てこない。
「奥様用の予算を御申しつけ通り使用人に分配しようとしたところ、皆が奥様のために何かしたいと言いまして。仕事の合間に準備をさせていただきました。御申しつけの通り、すべて領内のもので揃えています」
ヴィオレッタは胸がいっぱいになりながら、使用人たちの顔を見る。
「ありがとう。とても嬉しいわ。わたくし、この地に来ることができて、本当に幸せだわ」
ヴィオレッタは涙ぐみながらエルネストを見上げると、エルネストは小さく頷き、使用人たちに視線を向けた。
「皆、私が不在の間この地を守ってくれたこと、感謝している。皆の力があってこそ、当家とこの地は成り立っている。君たちの努力に敬意を表すると共に、心からの感謝を伝えたい」
その言葉に、使用人たちは一斉に頭を下げ、当主への深い感謝の意を示す。涙ぐんでいる者もいた。
「さあ、今夜は楽しみましょう!」
ヴィオレッタの声を合図に、パーティーが始まった。