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12 農地改革の始まり





 庭の隅にある黒い土がたっぷりと積まれている場所に、ヴィオレッタは嬉々としてスコップを振り下ろす。


「お、奥様。そのようなことは私共がやりますので……」

「ありがとう。では、もうひとつバケツに土虫を集めてもらえますか? あの子、たくさん食べるので」


 ヴィオレッタは老齢の庭師にそう頼み、自らも土虫を集め続ける。

 それにしても、元気いっぱいのいい土虫だ。クロも喜んで食べてくれるだろう。


 順調にバケツ三つ分の土虫を集め、クロに与える。

 いい食べっぷりだった。食いつきが違う。

 寝床はひとまず、使っていない物置小屋を借りることにした。


「あ、あの、奥様……黒鋼鴉は他に何を食べるのでしょう」


 若い料理人が顔を青ざめさせながら聞いてくる。


「なんでも食べてくれますよ。お肉も、魚も、野菜も、木の実も、魔物も、なんでも。あ、クロは家畜とか農作物とか人間は食べないように躾けてありますから、安心してくださいね」


 料理人の顔がますます青ざめる。


「奥様、大変です!」

「あら、どうしたの。セバスチャン」

「奥様宛に山ほどの荷物が運ばれてきまして――」

「まあ! やっと来たのね!」


 ヴィオレッタは急いで玄関へ戻る。

 屋敷の前から遠くの道まで、ずらっと商団の荷馬車が連なっていた。


「ヴィオレッタ様」


 ヴィオレッタに声をかけてきたのは、商団の中でも最も身なりのいい、すらりと背の高い黒髪の男性だった。

 成熟さと自信に満ちた笑みが、整った顔に浮かんでいる。

 彼の周辺には、どこか異国の香りが漂っていた。


「まあ。マグノリア商会の副会長さんが直接運んできてくださるなんて、感激です」


 ――マグノリア商会。

 ヴィオレッタが懇意にしている、新進気鋭の商会だ。


「ヴィオレッタ様のお役に立てるのなら喜んで。物を確認してください」


 渡されたサンプルを受け取る。

 濃い緑色の、乾燥した草。ほんのりと磯の香りがする。

 ――乾燥海藻だ。


「さすが、品質がいいですね。完璧です」


 ヴィオレッタはいつも持ち歩いている小切手帳を取り出し、さらさらと金額を記入し、サインをした。


「ではこちらで」

「――確かに。ですが、いささかお約束の金額より高いですな」

「品質がいいので上乗せさせていただきました。今後ともよろしくお願いしますね」

「こちらこそ」

「では、どんどん荷下ろししてください。すぐに使うので、倉庫に入れなくて大丈夫です」


 手続きを進めていると、セバスチャンがおろおろとしながら詰め寄ってくる。


「奥様、これはなんなのですか」

「わたくしが手配していた海藻です」

「海藻?」

「侯爵領には幸いにも海に面した地がありますでしょう? そちらから取り寄せました」


 海岸沿いの村で、漁の邪魔にしかならない海藻を適正値段で買い付けた。

 いままで金にならなかったものに値が付くのだ。皆、喜んで売ってくれた。


 運送はかねてから付き合いのあるマグノリア商会に依頼した。

 会長である女傑マグノリアは、ヴィオレッタの依頼を喜んで引き受けてくれた。


「ああ、もちろん支払いはわたくしがしますので、ご心配なく」


 支払いはヴィオレッタの個人資産から行う。


 ハニーチーズケーキも、カフェも、ハンバーガーとライスバーガーの店バーガーグレインズも王都で大ヒットしたことにより、ヴィオレッタは莫大な個人資産を得ていた。


 資産はただの資産。活用しなければ意味がない。


 いま、ヴィオレッタはヴォルフズ領に大胆に投資することを決めている。

 小麦の収穫量を増やし、特産品をつくり、この地を豊かにすると決めている。そのための投資は惜しまない。


「いったいいつ手配を? それに、なんのためにこんな――」

「結婚前にです」


 結婚が決まった時、ヴィオレッタは相手の領地の現状を調べた。

 クロに乗って空から土地を視察し、土地の痩せ具合を実感し、大量の良質な肥料が必要だと感じた。


 そして肥料に、食べられもせず、海の邪魔物にしかならない海藻を選んだ。

 海藻肥料の有効性は、実家のヴィオレッタ畑でも実験済みだ。


「この海藻は肥料にします。海藻肥料は大地の力を回復させるのに、とっても効果的なんですよ。さあ、これからもどっしどし運ばれてきますから、冬が来る前にどんどん撒いていきましょう! 場所は、いまの休耕地です!」


 ヴィオレッタの声が遥か遠くまで響く。


「海藻肥料を撒き終わったら、今年小麦を収穫した場所にクローバーの種を蒔きます。こちらもどんどん運ばれてきますから、どんどん蒔いていきましょう!」


 ヴィオレッタは使用人たちの目を覚まさせるように、手をパンパンと叩く。


「さあ、早速人員を手配してください! 旦那様は、わたくしの自由にしていいとおっしゃいましたわよ!!」


 セバスチャンは言葉を失ってヴィオレッタを見ていた。


 ――この奥様、とんでもないなという表情をしている。


 だが領主であるエルネストが、ヴィオレッタの好きにさせるように言った。

 領主不在のいまのこの地で一番偉いのは、間違いなく領主夫人のヴィオレッタなのだ。


「さすがにすべての農地の分の量はないので、できるところから少しずついきましょう」


 すべては結果が出てからだ。

 成功でも失敗でも。


「計画、実行、評価、改善! さあ、どんどん行きますわよ!」

「流石ヴィオレッタ様。更に輝きを増していらっしゃる」


 副会長が楽しそうに言う。


「ふふ、お上手ですこと」

「また面白い話がありましたら、是非ご連絡ください。会長も待っておられますよ」

「ええ。いいお話があったら、クロに乗って飛んでいきますね。ところで、もうひとつお願いしていたものはどちらに?」


 副会長は再び優雅に微笑んだ。


「もちろん、最上級のものを持ってきています」


 指差された先に積み上げられている大量の樽を見て、ヴィオレッタは目を丸くした。


「……少し、頼んだ量より多いのでは?」

「会長からの結婚祝いです。今後とも、マグノリア商会をご贔屓に」






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