我が剣こそが至高の名剣なり
(* ̄∇ ̄)ノ 奇才ノマが持つ刀について語る。
この世に名剣、魔剣は数あれど、
我が剣こそが今世至高の名剣なり。
その剣の名を『万馬剣』という。
あ、おい、剣の名前でオチが読めたとか言うんじゃ無い。まだ話は終わっていない。
では、この万馬剣がいかに名剣かを語ろう。
◇◇◇◇◇
かつて私は東京で暮らしていた。
チャンバラ稽古会に通いながらバイトして生活していた。
仕事終わりに稽古会に行くこともあり、職場に木剣の入った袋を持っていくことも度々あった。
なのでまあ、職場では『ノマさんは変わった習い事してるな』と話のネタにもなっていた。確かに習い事でチャンバラというのは珍しいか。
この職場におもしろい課長がいた。酒が大好き競馬が大好き。いつも駄洒落やジョークを言っては職場の人たちの気分を明るくする課長。古き良き昭和のおっちゃんという感じの人だろうか。
競馬で勝ったときなどは職場の人を食事会に誘って奢ってくれる。なので課長が競馬に勝ったと話せば、気の速い人が「ごちそうさまです!」と言ったりする。
この課長と仕事中に私は、今は刀が欲しいですね、という話をしたことがある。習い事のチャンバラの話の延長で。
当時、私はチャンバラの稽古会では木剣を使っていたが、居合の形や抜刀納刀の練習には、居合刀があったらいいな、と。木剣では鞘が無いので。
すると課長は、
「じゃあ競馬で万馬券が当たったら刀、買ってやるよ」
と軽く言う。正直、期待していなかった。ノリで言ってるのだと。
だがその後、
「万馬券当たったからよ、ノマさんに刀買ってやるよ」
「え? マジですか? いやいいですよ。申し訳無いです。そのうち自分の刀は自分で買いますから」
「いいからいいから。好きな刀買ってこいよ」
うわあ、か、軽い。本気だった。マジで刀1本プレゼントしてくれる気だった。
という訳で私は刀を選ぶことに。
ここで刀について。
私が欲しいのは居合刀、又は居合練習刀。だが居合刀というのは高い。刀に近い作りになっているので値段がお高い。
模造刀は安いが、観賞用の模造刀というのは振り回す為の作りでは無いので振り回してはダメ。刀身がスッポ抜けて飛んで行けば思わぬケガをすることにもなる。
振り回すこともできてチャンバラでも使えて、鞘があり抜刀納刀の練習もできるものとなると舞踊刀。
舞踊刀は日舞などでも使われる文字通り舞踊の為の刀。ジュラルミンでできたものをジュラ刀と呼んだりもする。
浅草に行けば舞踊刀を売る店があり土産物として買う人もいる。
当時、私が浅草でジュラ刀を探したときは、アニメの影響から『るろうに剣心』の逆刃刀や斬馬刀のジュラ刀が売っていたりもした。
私が選んだジュラ刀はよくあるタイプ。時代劇で侍が腰に差しているもの。黒い鞘、鶴が描かれた黒い鍔、柄の糸巻も黒。
アニメのルパン三世の石川五右衛門が持つ白鞘にちょっと心惹かれたが、居合の練習をするには鍔があった方がいい。それに白鞘では侍よりもヤクザ者のイメージが強くなってしまう。稽古で使うことを考えてシンプルな刀にすることに。
私は浅草でジュラ刀を買い、これをバイト先に持って行って課長に見せた。ありがとうございます、念願の刀を手に入れました、と礼を言って。
職場の休憩中に座頭市のモノマネ抜刀など課長に見せてみたり。
そしてこの刀は課長により『万馬剣』と命名される。
この『万馬剣』を手にしてから、私の人生に変化が訪れる。
ある日のこと、
「ノマさん、この舞台で斬られ役やってみない?」
と、チャンバラ稽古会の師匠が言う。
この師匠とは別の仕事先でたまたま出会った。偽物を演じるには本物を知らなければならない、とする師匠はかつての侍の剣術を研究していた。古流の剣術に興味を持った私がチャンバラ稽古会に通うようになる。
私としてはかつての日本の剣術というのをおもしろいと通っていた。剣術の形などを楽しんでやっていた。そこからチャンバラという見世物も楽しむようになっていった。
ただ、演劇で殺陣師やアクション指導をしている師匠の稽古会。そこに通う人というのは役者、俳優女優で芸の幅を広げようという人達ばかり。
ぶっちゃけ、オタク気質で根暗でコミュ障の私は稽古会では浮いていたと思う。なにせ人前で話をすることを生業にしよう、という陽キャの人達の集まりなのだ。時おり場違いなところに紛れ込んだような気になったりもした。
そのおかげで鍛えられたのか、私のコミュ障はマシになったように思う。人と話すこと、人前に出ることの恐怖心とか羞恥心が薄らいだのは間違い無い。
まあ、人と話をすることに比べれば、人前で刀に斬られて死ぬ演技をする、の方がメンタルは鍛えられるだろうか。
またパーソナルスペースとは一足一刀の間合いと繋がるものがあるなあ、とチャンバラから学んだことも多い。
こうして鍛えられた私は斬られ役として舞台に立つことに。
師匠が殺陣師をする舞台で、主役が敵に囲まれる絵が欲しいとか、主役が敵をバッサバッサと斬るシーンがやりたいとか。そういうときに斬られ役の数が足りないとなったりする。
そんなときに私が呼ばれたりする。私もおもしろそうだとなり、ハイやります、と。
ただ、このときは、
「あのー師匠、この主役の人、なんか見たことあるような?」
芸能人にあまり興味の無い私でも、テレビで歌ったり踊ったりしてるのを見たことあるような人、に似ている。
「ノマさん。それ似ている、じゃなくて本人だから」
アイドルが主演の舞台だった。マジか。
そして私はこれまで経験したことの無い事態を味わうことになる。
「記者会見?」
「そう」
なるほど、アイドルの舞台制作発表となると記者会見をしたりするのか。有名人はそうして宣伝したりするのか。ほー。
「なにを他人事のように、ノマさんも記者会見出るの」
はいぃ? なんでぇ?
剣劇を売りにする演劇なので、パフォーマンスとしてチャンバラをすることに。私は、斬られ役には記者会見で用は無いだろうと油断していた。
えぇと、記者会見とは、記者とカメラマンがいっぱいいて、
「テレビとか新聞とかに出るからしっかりね」
し、師匠おおおおお!?
こうして私は記者会見でチャンバラすることになる。
チャンバラは無事に終わったものの、その後にちょっとだけ問題発生。
「綺麗な刀、無い?」
アイドルの写真撮影に刀を構えてもらうのだが、綺麗な刀が無い。練習で使い込んだジュラ刀は傷があったり刃毀れしたり。中にはいくつもの刃毀れでノコギリのようになったのもある。
皆が持つ刀の中で一番新しいものが私の『万馬剣』だった。
「ノマさん、刀貸して」
あ、ハイ。
カメラマンを待たせているので慌ただしく『万馬剣』を運ぶ。アイドルが刀を鞘から抜きポーズを取る。
まだ新しいジュラ刀は側面が金属の光沢を保ち、カメラのフラッシュでキラリと光る。
こうして写真撮影を済ませ記者会見は終了。
後日、私はその写真が載っている新聞を手にバイト先へと。
「課長ー、この新聞見て下さい」
「お? どれどれ。ほー、ノマさんこの舞台に出るのか」
「ハイ、でこのアイドルの持ってる刀が、」
「うんうん」
「これ、課長の万馬剣です」
「……は?」
この日、課長の『万馬剣』は全国紙にデビューした。
その後、私は万馬剣を手に舞台で何度も斬られることになる。
舞台を無事に終えた後は、そのアイドルはCDを出しドラマや映画で活躍し毎週のようにテレビで見るようになる。
私はと言えばバイトで腰を痛め、かつてのようにチャンバラをするのが難しくなる。チャンバラ稽古会から離れ田舎へと戻る。
自分の身に起きたことを友人にかいつまんで話してみたことがある。
「たまたまチャンバラの師匠と出会って、チャンバラ稽古会に通っていたら、アイドルと舞台で共演してた」
嘘は言ってない。これを聞いた友人はこう言った。
「オマエはラノベの主人公か」
そうか、ノマはラノベの主人公だったのか。知らなかった。
万馬剣を手にしてからいろんなことがあった。
今になって振り返れば、かつての華やかで忙しない頃とは夢だったのではないか? と思う。根暗の陰キャの自分には似つかわしく無い出来事の数々。
侍になったり忍者になったり足軽になったり鬼になったり。フック船長の手下の海賊になってピーターパンに蹴られたこともある。
「演劇に興味無いって人が、どうして大きな舞台に出てるの?」
と、不思議がられたこともある。ホントにどうしてこうなったんだろうな? 疑問に思いながらも夢中で駆け抜けた日々。
しかし、今もこの手に『万馬剣』がある。今でもたまに素振りをしたり居合の形などしたりする。
稽古で幾度も刃合わせをした万馬剣は、刃毀れがいくつもある。刀の側面にも傷がある。それでも刃は光沢を保ち、曇った鏡のように己を映す。
万馬剣を握れば、あの頃のことが夢まぼろしでは無かったと思い出せる。共に青春を駆け抜けた我が愛剣だ。
この世に名剣、魔剣は数あれど、
我が剣こそが今世至高の名剣なり。
BGM
『未来になれなかったあの夜に』
Amazarashi
あのアイドルが主演の舞台に出たことがある、と言えば「なに言ってるのこのオジサンは?」と胡散臭がられたりする。
そんなオジサンの過去語りに付き合っていただきありがとう。