♯17 永遠の存在者⑤ 神様にも負けない(前編)
「さあ――決着をつけようぜ、永遠の存在者」
二振りの聖剣を構えた勇魚は告げて、右手に持ったほうを高々と掲げる。
すると縁金に組み込まれたシグネットリング、その『♈』の刻印が青白い放電を迸らせ、
「『全球凍結』インヴォーグ――氷瀑牢獄!」
勇魚はそれまでと違い、オーバーロードのサポート、一切のタイムラグ無しに、自らの意志と詠唱で『全球凍結』を発動。掲げた聖剣の切っ先から、眩い白銀の光芒を解き放った。
「「「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」」」
恐る恐る瞼を持ち上げたお嬢様たちの目の前で、逆流する滝のような氷の剣山が次々と出現。
今にも彼女たちに牙を剥こうとしていた巨大なウスバカゲロウ、〈バグ〉の大群をことごとく串刺しにし粉砕する。
「助……かった?」
「いえ……助けてくれた?」
「亡霊騎士が、わたくしたちを?」
「どうして……?」
「……本当に彼はあの亡霊騎士なの……?」
安堵に胸を撫で下ろしたお嬢様たちが、戸惑いの視線を向けてくる。
「こ……んな……っ。たかが人間ごときがぁ、造物主の眷属である神薙どもの神威をぉ、何故ここまでぇ……」
いっぽう、半ば茫然としつつ何やら呻いていたナニカは、やがてハッと我に返ると、
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉのぉれえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
咆哮し、己が半身と化したアリジゴクを操って、鬼気迫る顔で吶喊してきた。
「ふっ――」
その異形を、ヘルムを失った今、モニターではなく自身の眼でしっかり捉え、勇魚は短く息を吐いて迎え撃つ。
すべての従属のチカラをダイレクトに使用するための代償として自動修復能機能を失った装甲を、少しずつ少しずつ削り取っていく敵の斬撃、繰り出される六本の脚を、関節部すら装甲で覆われていたときでは不可能だった機敏な動作、手にした二振りの聖剣で、たちまち四本ほど斬り飛ばす。
そして、
「はっ!」
こちらの胴体を両断しようと回転しながら左右から襲い掛かってきた顎も、やはり二振りの聖剣でガッチリと受け止めた。
そのまま鍔迫り合うかのごとく押したり引いたりしていると、
「ホントなぁんなのよぉ、アンタはぁぁぁぁぁ! なぁんでそんな必死にぃ、この地球の人間どもを助けようとするのぉ!? アンタに怯えぇ、拒絶する連中をぉ! いったいなぁんの得があってぇ!?」
そう、ナニカが詰ってきた。
あるいはそれは悲鳴だったのかもしれない。
生まれて初めて感じた『死』への恐怖が、永遠の存在者の口から迸らせた悲鳴。
「アンタはぁ、〈ガイアセンチネル〉でしょう!? その名が示すとおりぃ、アンタはあくまでこの地球という惑星の守護者! アンタが護らなきゃいけないのはぁ、あくまで地球の分霊であるあの双子だけのはずでしょう!? なのにぃ、なんでぇ!? なぁんで<ガイア>だけでなくぅ人間どもまで護ろうとするのよぉ!? あの双子は回収できたんだしぃ、さっさとここから消えなさいよぉ! 今なら見逃してあげるからぁ!」
それに答えたのは勇魚ではなかった。
『……おまえはひとつ勘違いをしているのですよ』
『確かに――〈ガイアセンチネル〉はその名が示すとおり、この地球の守人。でもそれは、地球の分霊の守人という意味じゃないヨ』
「「……え?」」
地球の分霊たちの言葉に、ナニカだけでなく勇魚もまた虚を衝かれる。
『ここで言うガイアとは、ヒトが言うところの「ガイア理論」におけるガイア。言わば、一種の超個体としての地球のことを指すのですよ』
「ガイア理論ん? 超個体ぃ? なんの話よぉ!」
「……それって、」
それは確か、大気や地殻などの自然環境と、動物や植物などの生物が相互に影響し合うことで、地球という惑星がひとつの生命体のように活動していると考える理論のことだったはずだ。
無論それは、地球を生き物だと断じているワケではなく、地球と、地球に生きとし生きるモノすべてをひっくるめて考えれば、地球も自己調節システムを具えた超個体と見做せる――ただそれだけの話に過ぎないワケだが。
詩的な言いかたをすれば、この地球そのものと、そこに生きとし生きるモノすべてを、ガイアという名の『宇宙の子供』と定義しているワケだが。
だが――ならば。
つまり〈ガイアセンチネル〉とは。
『つまりネ、〈ガイアセンチネル〉とは、この地球と、この地球に生きとし生きるモノ、みんなを護るため戦う勇者のことなんだヨ』
「「………………!」」
だからか。
だからマナは、テルルとレアの隣や、彼女たちの守人という立場を手放すつもりは無いと宣言した自分に、『些か勘違いしている』と言ったのか。
だからテルルやレア、オーバーロードたちは、これまで何度もチカラを貸してくれたのか。
「――みんなを護るために」
そう。
この地球に生きとし生きるモノみんなを。
〈宇宙意思〉とその眷属たちが生んだ、この星の愛し子らを。
そして、日常と非日常のあわい――カオスの縁。幽明の界という境界線を。この手で護るために。
『『そう……ゆえに彼の騎士は数多の宇宙で謳われてきたのです――〈愛し子らの守人〉と!』』
そのとき。
「……頑張れーっ、勇魚!」
こちらを鼓舞する声が耳に飛び込んできて、仰ぎ見ると、声の主は案の定、今にも泣きそうな顔をした結芽だった。
否、結芽だけではない。
「負けないでー! 勇魚さん!」
それはまるで、テレビの中のヒーローを応援する幼子のように。
「そんな奴やっつけちゃって! 勇魚くん!」
期待に目を輝かせた穂垂や、普段あまり声を張り上げる印象のない銀花さえも、必死に声援を送ってきて……。
「そうよ! お願い、頑張って! 私、あなたを信じるわ! あなたは……あなたこそが、希実が子供のころに出逢ったという『兄様』なんでしょう!?」
それに呼応した近重の訴えを皮切りに。
「ま――負けないでぇ、おにいちゃん!」
「ごめんね、お兄さん! 私、誤解してた! お兄さんは私たちの味方だったんだね!」
「わたくしも……わたくしもあなたを信じます! ですから、どうか負けないで!」
「必ず勝って! その化け物に弄ばれた方々の仇を討ってくださいまし!」
「「「「「「「「「「頑張ってー!」」」」」」」」」」
先程まで、こちらを見て怯えていたはずの者たちまでもが、声を揃えて応援してくる。
最初は幼等部らしき幼子たちから。
次いで初等部、中等部、高等部の生徒たちといった具合に。
ついには教師たちへも。
次々に波及していく。
「な……何よこれぇ……? なぁんであの人間ども、急にアンタを応援し始めてんのぉ……? さっき、自分たちを助けてくれたからぁ?」
それを見たナニカは「理解できない」というふうに頭を振り、
「相手は宇宙人なのよぅ? 自分たちの理解を超えたぁ、非日常的な存在なのよぅ? それなのにぃ、どうしてぇ……?」
そこでナニカは、「ああ」とピンと来たかのように表情を輝かせると、フッと鼻で笑った。
「そっかぁ、そういうことぉ。単純にぃ、この際自分を助けてくれるのであればぁ、相手がなんだろうが構わないってワケねぇ! 溺れる者はぁ藁をも掴むってヤツに違いないわぁ。だからぁ、ぬか喜びはしないほうがいいわよぉ、〈ガイアセンチネル〉ぅ。アイツらぁ、いざ助かってぇ元の日常を取り戻したらぁ、すぐにまたアンタを拒絶するに決まってるんだからぁ」
「……かもな」
そんなナニカを嘲笑を、勇魚は涼しい顔で受け流し、
「ケド、それでいい。いや、そうでないとダメだ。ボクがおまえを斃したら、彼女たちはボクたちのような非日常的な存在とは無縁の、退屈だけど穏やかな日常へ戻っていくんだから」
「っ。さっきからぁ、癪に障るのよぅ! アンタのそのいかにも正義の味方ですって感じのぉ立ち居振る舞いぃ! 献身的な姿勢がぁ! 宇宙人のくせにぃ! 元を糺せば『ただの地球人』のくせにぃ! ヒーロー気取りもいい加減にしなさいよぉ!」
「……正義の味方? ヒーロー? 何を言ってるんだ? ボクがそんな大層なタマかよ」
ナニカの吐いた呪詛に、勇魚は苦笑半分、自嘲半分の笑みを浮かべる。
「おまえの言うとおりだよ。ボクは勇魚――鵠勇魚! 魂魄だけ偶々流れ着いたこの宇宙で、この地球を護りたくなっただけの異地球人さ!」
「このっ……下等生物がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
肉迫するアリジゴクの顎を、勇魚は手にした二振りの聖剣で斬り飛ばす。
そして、かろうじて残っていた二本の脚も行きがけの駄賃とばかりに斬り捨てると、支えを失ったアリジゴクの巨躯はバランスを崩し横倒しとなった。
「くっ」
ナニカは勇魚の動きを再度封じようと、糸の射出口があるアリジゴクの下腹部を持ち上げるが、射出口が凍結し塞がっていることに気付いて目を瞠る。
「い、いつの間にぃ!? ――まさかぁ!? 〈バグ〉を斃したあのときにぃ!?」
そこでハッと我に返り顔を上げたナニカは、ほんの数秒前までそこにあったはずの勇魚の姿を一瞬見失って焦るも、
「!」
バックステップで距離を取る勇魚の姿を発見し、三日月のような嘲笑を浮かべる。
「く――くふふふふっ! 追撃のチャンスをぉみすみすフイにするなんてぇ! 愚かねぇ!」
が、すぐにその顔を「っ!?」と引き攣らせた。
勇魚が掲げた右手の聖剣、その縁金に組み込まれたシグネットリングの『Ω』の刻印が青白い放電を迸らせるのが見えたのだ。
直後、ナニカの中で、今までほとんど活用される機会の無かった生存本能が、けたたましい警鐘を鳴らす。
「ひっ――」
「『稀少地球』インヴォーグ――事象増幅!」
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