♯16 永遠の存在者④ 我護る、ゆえに我在り(前編)
戦場に守人が降り立つ第16話、前編です。
講堂の真下、地中の奥深くに人知れず作り上げられていた広大な空間。
救いの手など望むべくもない地獄のドームに、
「くっふふふふふふふふふふっ! よわぁい! 弱すぎるわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
喪服のような赤黒いドレスを着た女――否、ヒトの姿カタチをした『ナニカ』の哄笑が響き渡る。
同時に、黒い鉄板のような表皮で覆われた背にナニカを乗せたアリジゴクの化け物が、ドリルのように回転する二本の顎を振り回し、
「「きゃあ!」」
死角から飛び掛かった地球の分霊たち――テルルとレアを情け容赦なく弾き飛ばした。
「情けないわねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! アンタたちぃ、それでも地球の分霊なのぉ!? ほぉらほらぁ、そんなんじゃあ、なーんにも護れないわよぅ?」
双子を露骨に見下し挑発するナニカの真紅の双眸がチラリと結芽を捉える。
そして、
「わぁっ」
アリジゴクの脚のひとつが、後退ろうとした結芽の身体をひょいと掬い、ブン! と勢いよく空中に放り投げた。
間髪入れずアリジゴクの尻の先端から吐き出されたレーザー状の白い糸が、投網のように広がって、結芽の全身を包みつつ吹き飛ばす。
「か……はっ」
地下空間の壁面、それも天井近くに叩きつけられた結芽は、衝撃で気を失いそうになるも、かろうじて堪える。
が、
「う、動けない……」
気が付けば、首から下が繭のように固まった糸の束で雁字搦めにされ、壁面に磔となっていた。
「ふふふ。いいザマねぇ。泣き叫びなさいぃぃぃぃぃ。そして絶望しなさいなぁぁぁぁぁ。こぉんなところまでぇ、だぁれも助けになんてぇ来てくれないわよぅ?」
広大な地下空間――おそらくはあのアリジゴクがドリルのように回転する顎で掘って作ったに違いない――に、ナニカの哄笑が響き渡る。
「くっ」
そうこうしているうちに、穂垂や銀花といった百人近くいると思われる生徒や近重たち教員勢までもが、次々と自分のように壁面一面に磔にされていき、
「ううぅ……パパぁ……ママぁ……」
「助けて……! 誰か助けて……!」
「………………」
「これは夢これは夢これは夢……。そうよ、こんなの、現実のはずがない……」
「あはっ、あははっ、あははははは――」
ある者は繭の下で泣き叫び、ある者は恐怖のあまり失神し、ある者は焦点を失った目でブツブツ呟き、ある者は壊れたように笑う。
阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
自分たちを捕らえ身動ぎひとつ許さない繭の表面に浮かぶ朝露にも似た粘球の煌めきと、ナニカが指を鳴らすと同時にそこかしこに増殖したヒカリゴケの反射によって、金緑色に染められた視界は地下空間とは思えないほど明るかったが、これならいっそ何も見えないほうがマシだったかもしれない。
「まだまだぁ! なのです!」
「絶対に負けないんだヨ!」
一縷の望みはボロボロになりながらも挫けることなくアリジゴクへ立ち向かっていく双子だけだったが、如何せん、彼女たちとアリジゴクの化け物の間には体格ひとつを取っても絶望的までの開きがある。
オマケに双子はアリジゴクが張り巡らせたと思われる糸でかろうじて支えられている天井、さっきまで講堂の一部だった瓦礫の山を、戦いの余波で崩落させてしまうことを恐れてか、存分にチカラを揮えずにいるようだった。
絶体絶命。
そんな言葉がふと頭を過る。
それでも。
「……いいや。まだだ。まだアイツがいる。――勇魚は必ず来てくれる」
零れかけた嗚咽をきつく唇を噛み締めて堪え、滲んだ涙は頭を振って払い、結芽は自らを鼓舞するように独り言ちる。
「ふぅうううううん?」
それがナニカは気に食わなかったらしい。
「何を根拠にぃ、言ってるのぉ? アンタたちなんか助けてぇ、あの男にぃ、なぁんの得があるっていうのよぅ?」
ナニカは吐き捨てるように言って、アリジゴクの背で三日月のような禍々しい笑みを浮かべる。
「アンタだってぇ知ってるんでしょお? あの男の正体はさぁ。本来この地球の住人でもなんでもないあの男にぃ、アンタたちを助ける義理もぉ、理由もぉ、」
「ハッ。貴様に勇魚の何がわかるというのだ?」
そんなナニカの揶揄を結芽は鼻で嗤って遮った。
なけなしの勇気を振り絞って。
「わたしとて、勇魚との付き合いは短いがな。それでも、貴様のような化け物よりはアイツのことを理解っているつもりだ」
「……へぇ……?」
「勇魚が損得勘定で動くような男なら、わたしとアイツは出逢ってすらいない。アイツは一文の得にもならないのに、見ず知らずのわたしたちを悪党どもの船から救い出そうとしてくれた。……だから、」
――だから自分たちはこの地球で出逢えたんだ。
「そういうのはぁ『お人好し』って言うのよぅ? 異星人でぇ、オバケみたいな存在なのにぃ、その上お人好しだなんてぇ。オカシイんじゃないぉ、あの男ぉ」
「文字どおりの『ヒトで無し』より遥かにマシだ。――まあ、貴様の場合、『ヒトで無し』と言うより化け物だがな」
「……言ってくれるわねぇ? もしものときは人質として使えそうだからぁ、それなりに丁重に扱ってあげるつもりだったのにぃ。――もういいわぁ。アンタは要らなぁい。スペアは山ほど手に入ったしぃ、わたくしぃの手で縊り殺してあげるからぁ、とっとと死んじゃいなさいなぁ☆」
ナニカは蟻を踏み潰して遊ぶ子供のような無邪気かつ残酷な笑顔でそう言うと、アリジゴクの背を蹴って高々と跳ぶ。
人間離れした跳躍力で結芽へ肉迫したナニカの両手の爪が、ジャキンという音とともに鋭く伸びて――
「「やめろぉ!」」
慌てて追い縋った双子を、ナニカは「邪魔よぉ!」とその爪で叩き落とし、そのまま結芽めがけて閃かせる。
「結芽っちぃ!」「結芽ちゃんっ!」
すぐ傍で囚われの身となっていた穂垂と銀花が、それを見て悲鳴を上げ――
次の瞬間。
天井、瓦礫の山を突き破って飛来した握り拳ほどの大きさの隕石が、結芽の眼前でナニカを叩き落とした。
「なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
赤熱化した隕石に腰から下を撃ち抜かれて、上半身と下半身が泣き別れしたナニカは悲鳴と共に墜落。
真下にいたアリジゴクの化け物を巻き込んで地面に激突すると、もうもうと舞い上がる土煙の中に消える。
「な……何が起こったのだ……?」
結芽の疑問に答えたのは、地面に這いつくばったままの双子だった。
「今のはまさか――『宇宙播種』を使用した攻撃!?」
「このタイミングで偶然隕石が落ちてくるなんてあり得ない! 間違いなくそうなんだヨ!」
……と、いうことは。
結芽と双子が胸中でそう呟くと同時、
「「「「「「「「「「 ! 」」」」」」」」」」
その場に居合わせ、意識を保っていた者全員が――見た。
天井、積み重なった瓦礫の山に空いた穴から、ゆらゆらと揺らめく白い鬼火がふわふわ舞い降りてきたかと思うと、地面に降り立つや否や、紫と蒼の閃光を放ってヒトの姿をカタチ作ったのだ。
「……ほぉら、な」
その一部始終、『地球系統』と『星核構築』で少年の姿を取り戻す魂魄を見て、結芽はくしゃりと顔を歪め、
「そういう奴なんだ、アイツは」
ぽろぽろと。
熱い、熱い涙を零す。
「そういう奴だから、母様は……。そして、わたしも……」
いっぽう。
「――やれやれ」
薬指にシグネットリングを填めた両の手を閉じたり開いたりして再構築した肉体の感触を確かめていた勇魚は、自身が空けた天井の穴と、そこらじゅうの壁面に磔にされている百人近い人間を順繰りに見遣り、
「我ながら無茶な侵入方法だったケド、上手いこと結芽たちを巻き込まずに済んだみたいだな。ホント便利だよ、『稀少地球』は。自分にとって望ましい結果、未来線ってヤツを選び取れるんだから」
独り言ちると、地面に這いつくばったままこちらを見上げているテルルとレアに歩み寄り、ひょいと両腕で抱え上げる。
「まったくもう、キミたちは……。今更ボク相手に気を遣ってどうするのさ。……あーあ、こんなに汚れちゃって。せっかくの美人さんが台無しじゃないか」
「おにーさんっ……!」
「おにーちゃんっ……!」
テルルとレアはつぶらな瞳にじわりと涙を滲ませると、それ以上言葉にならない様子で勇魚の首根っこにひっしと縋りついた。
「あ、あの殿方はいったい……?」
「ヒ……ト?」
「……ですよね?」
「でも、さっきまでのアレは、まるで人魂のようでしたが……」
「じゃあ……彼は亡霊?」
勇魚は百人近いお嬢様たちから向けられる畏怖と困惑の視線に居心地の悪さを覚えつつ、
「さて、と」
もうもうと舞い上がる土煙のほうへ向き直り、問い掛ける。
「いつまでも土煙の中に隠れてないで出て来いよ。あれくらいでどうにかなるタマじゃないことはわかってる。おまえがオーバロードたちの言っていた〈闇黒意思〉の眷属ってヤツだろ。――随分と好き勝手してくれたな。目的はなんだ? これまで攫ってきたヒトたちはどこへやった?」
「……くっふふふふふふふふふふ――」
哄笑とともに土煙の合間からゆらりと姿を現したナニカは、もはやヒトの形態をしていなかった。
と言うのも、隕石召喚の一撃で捥げたナニカの下半身、腰から下は、例のアリジゴクの背にくっつき一体化していたのだ。
アリジゴクの頭部も一応残ったままだが……、その躰の支配権はどうやらナニカへと移ったらしい。
「うへぇ……気味悪っ。なーんかアラクネみたいだな。微妙に違うケド」
「美しいでしょぉ? 惚れちゃダメよぉ? アンタたち人間とぉ、わたくしぃじゃあ、生物として立ってるステージがぁぜぇんぜん違うんだからぁ☆」
「生憎、ボクはモン娘にはなんの魅力も感じない性質なんだ」
「もんむす……?」
困惑させてしまった。
この鉄火場で。
人知を超えた化け物を。
自分でも「空気を読もう?」と言いたくなる発言で。
多数のお嬢様がたに注目されているのに。
恥ずかしい。
穴が入ったら入りたい。
「って、ここが穴の中だケド」
「さっきからぁ、何を言っているのぉ……?」
「なんでもない。とにかく、ここにいるヒトたちは返してもらうぞ。あと、これまでおまえが攫ってきたヒトたちもだ。攫ったヒトたちをどこへやったのか、とっとと答えろ。で、おまえはさっさと自分の星へ帰れ。今なら見逃してやる。ボクは元々、争いが嫌いな性分なんだよ」
「ざーんねんでしたぁ☆ これまでに集めた連中ならぁ、もうみーんな処分しちゃったわぁ」
「……なんだって?」
勇魚はすっと目を眇める。
「人間はぁ、いろぉんな反応を見せてくれるからぁ、ペットとして飼うと面白いしぃ、その魂魄の美しさはぁ、見ていてぇ飽きないのだけれどぉ。でもぉ、すぐにココロが壊れちゃうのがぁ、難点と言えば難点よねぇ☆ ココロが壊れちゃうとぉ、つまんない反応しか見せてくれないしぃ」
「ペット……だと」
「そうよぉ。愛玩動物ぅ。それともぉ、玩具と言ったほうがぁよかったかしらぁ? とにかくぅ、ここにいる人間どもを返すワケにはいかないわぁ。わたくしぃの同胞たちがぁ、母星で新しいペットの入荷を今か今かと待ち侘びてるのよぅ。何よりぃ、わたくしぃもまだまだ人間で遊び足りないものぉ☆」
「……外道が」
「邪魔するつもりならぁ、力尽くで排除させてもらうわぁ!」
吼えると同時、ナニカは六本に増えた脚でこちらへと爆走、吶喊してくる。
やはり、戦いは避けられそうになかった。
「そっちがその気なら相手をしてやる――いくぞ! テルル! レア!」
「「うんっ!」」
勇魚は突っ込んできた巨躯を跳躍して躱すと、勢い余ったナニカが壁面に激突し「痛ーい、避けないでよぉ」と勝手なことを言いつつ振り返るのを見ながら、抱えていた双子を地面に下ろし、高らかに咆える。
「魂緒接続! 〈破壊と修正の地球意思〉テルル!」
「『地球系統』エンボディメント!」
勇魚が左腕を手刀のように真横に振り抜くと同時に、テルルが無数の紫色の光の粒と化して弾け飛び、収束ののち眩い光球と化し、
「魂緒接続! 〈創造と再生の地球意思〉レア!」
「『星核構築』エンボディメント!」
次いで、勇魚が右腕を真横に振り抜くと、レアもまた無数の蒼い光の粒と化して弾け飛び、収束ののち光球と化した。
地球を彷彿とさせる紫と蒼の光球、魂魄にしてチカラそのものへと姿カタチを変え、フォンフォンと神秘的な音を立てながら勇魚の周りをDNAの二重螺旋のような軌道を描きながら飛び回る双子は、
「「「魂魄一体!」」」
みっつの咆哮が重なり、勇魚が握り拳を作って脇の横へと引き絞ったその瞬間、流星のような尾を引きながらその胸へと吸い込まれ――
刹那。
天へ向かって立ち昇った紫と蒼、二色の光の柱が、勇魚の全身を包み、地下空間を塗り潰す。
「きゃあ!?」
「な、なんですの!?」
「眩しい……!」
あちこちで上がるお嬢様たちの驚愕の叫び。
やがて閃光が収束するとそこには、端々に施された黄金色の金属彫刻と、所々に浮かび上がる白鳥を模った蒼紫の光芒が神々しい、幻想文学の世界から飛び出したかのような美しい留紺の全身甲冑に身を包んだ騎士の姿があった。
背中、肩甲骨の辺りに妖精の羽を彷彿とさせる二本の長物を懸架し、残り火のような蒼白い燐光を全身に燻らせているその姿はまるで――
「「「「「「「「「「亡霊騎士……!」」」」」」」」」」
勇魚の『妹』がかつて世に送り出した一冊の絵本を読み、内容を記憶していた者のほとんどが、不意にその名を思い出し異口同音に口ずさむ。
未知なる存在を前に、畏れ慄くように。
怯え、表情を強張らせ。
……だが、その出で立ち、その勇姿こそが、数多の宇宙で謳われてきた伝説の守護騎士。
地球の分霊、造物主の眷属すら従えし守人。
その名も、
『英霊体現! 〈ガイアセンチネル〉!』
『バージョン〈幽明界の守護騎士〉! アクティベート!』
「っ、なんなのよぉアンタはぁぁぁぁぁっ!」
「ボクは勇魚……鵠勇魚」
『――混沌を破壊し!』
『――秩序を創造る!』
「――ただの異地球人だ!」
ヘルムの下で吼えて、その巨躯でもって圧し潰そうと再度突っ込んできたナニカの下半身、六本ある脚のひとつを両手で掴み、「でぇいっ!」と一本背負いの要領で投げ飛ばす!
「ぐはっ……!」
地に叩きつけられたナニカは、しかし、再度もうもうと舞い上がる土煙の中さしてダメージを受けた様子もなく起き上がると、
「くっ、くふふふふっ! そぉぉぉぉうっ。やっぱりぃ、そぉなのねぇぇぇぇぇ! 初めてアンタを見かけたときからぁ、そうに違いないと睨んでたケドぉぉぉぉぉ! アンタがぁ、わたくしぃたちの宿敵にして禍鳥ぃ――この地球の〈ガイアセンチネル〉なのねぇ!?」
むしろ愉快極まりないといったふうに口の端を吊り上げ嗤い、
「でもぉぉぉぉぉ! アンタにぃ、ここにいる人間どもを護ることが出来るかしらぁ!?」
アリジゴクの下腹部を持ち上げ、尻の先端の射出口から白い糸をシャワーのように吐き出して、全身甲冑に覆われた勇魚の両腕と胴体に巻き付け拘束した……!
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