♯9 52㎐の鯨② 問.このときの主人公の心情を述べよ<10点>(後編)
「ボクの身元を保証……?」
「まったく……傍系とはいえ、あの葉加瀬グループの家系に生まれ付いたかたが親と喧嘩したくらいで家出とは。その上、実家に連絡が行って連れ戻されるのを恐れて口を噤むなんて。感心しませんよ?」
「へ……?」
自分の記憶が確かなら、葉加瀬グループというのは結芽の家のことだったと思うが……。
自分たちが兄妹で、そこの家系?
察するに、自分と双子の身元を保証してくれたのは結芽の身内か?
結芽の身内が、自分と双子を助けるために偽証までしてくれた……?
だが、何故?
「とにかく、これであなたがたを留めておく理由は無くなりました。お疲れ様でした。聴取は終了です。表に迎えの車が来てますから、道中気を付けてお帰りください」
「迎えの車……?」
疑問は尽きないが、促されるまま取調室を出、警官に見送られて警察署の玄関をくぐる。
「わぁ」
外はすっかり夜の帳が降りていて、頭上では金紗と銀砂を塗したかのような美しい星の海が穏やかに凪いでいた。
磯の香りが混ざった夜風が気持ちいい。
近くで波の音が、遠くでミミズクの鳴き声がする。
傍らでは見慣れぬ街路樹――双子がメタセコイアだと教えてくれた――がザワザワと風に葉を揺らしていて、どこかセンチメンタルな気分にさせてくる。
「流石は離島。空気が澄んでいるからか、星空がメチャクチャ綺麗だなぁ……」
しかも地上から見える星々の位置、星座のカタチが、自分の知るそれとほとんど変わらない。
「――この宇宙には太陽や月だけでなく、火星や金星、北極星や北斗七星といった天体もちゃんと存在しているっぽいね」
「この天の川銀河自体、おにーさんが生まれた宇宙のそれとほぼ同じ姿をしていますですよ」
「ていうか、おにーちゃん? 浮気はダメだヨ?」
「……へ? 浮気?」
キョトンとするこちらの太腿を、頬を膨らませた双子がポカポカと叩いてくる。
「あんな生命を育む器量も度量も持ってない星々に見惚れるなんて、以ての外なのです!」
「この宇宙で一番綺麗なのは地球なんだからネ! 他の星に目を奪われちゃダメなんだヨ!」
「なんで対抗意識を燃やしてんの!?」
よくわからないが、地球の化身、分霊として、譲れないモノがあるようだ。
「おにーさんは今後、夜空を見上げるのは禁止なのです!」
「おにーちゃんは二十四時間、あたしたちだけを見ているべきなんだヨ!」
「無茶を言うな……。ああ、もうっ。わかった。わかったから。ちょっと落ち着――ん?」
双子を宥めようとした丁度そのとき、勇魚は玄関前に停まっていた車の運転席からスーツ姿の若い女性が降りてきて後部座席のドアを開ける様子を視界に捉え、
「……ちょっと待って。まさか迎えの車ってアレじゃないよね……?」
思わず息を呑む。
「まったく。手間を掛けさせおって」
どう考えても場違いな黒塗りのリムジンから溜め息をつきながら降りてきたのは、てっきり先に帰宅したものとばかり思っていた結芽だった。
「押し寄せる警官たちをバッタバッタと薙ぎ倒して脱走するくらいの気概を見せんか! そんなことでは亡霊騎士の名が泣くぞ!」
唇を尖らせた結芽はこちらの鼻先にビシッと指先を突きつけ、そんなダメ出しをしてくる。
「ヤバい。ボクの周囲、無茶を言うロリしかいない……」
思わず愚痴が漏れる。
が、それはさておき、
「結芽……やっぱりキミが手を回してくれたのか」
「うむ! 母様に電話でおまえのことを説明して、な。おまえたちは葉加瀬家の所縁の者で、身元は保証すると、母様から警察に口利きしてもらったのだ。わたしに感謝するがいい!」
「母様?」
「そうだ。母様はこの島に莫大な出資をしている葉加瀬グループの顔役であると同時に、わたしが通う日本屈指の名門校・弟橘媛女学院の理事長でもあるからな。この島、引いては日本の財政界に顔がきくんだ。市長や県知事、県議はもちろん警察署の署長だって母様には頭が上がらないのだぞ? 母様が一言発するだけで勝手に忖度する連中が山ほどもいるのだ!」
「うわぁ。助けてもらっておいてこんなことを言うのもなんだケド、嫌なこと聞いた……」
というか、そんな胸を張って公言するようなことではないと思うのだが。
「わ、わたしだって出来れば母様の威光など利用したくはなかった! だが、誘拐犯と一緒にいた身元不明の怪しい男を解放させるのに、他にどんな手があると言うのだ! それともあのまま放っておいたほうがよかったか!?」
それを言われると弱い。
「って、ちょっと待って! さっき、なんて言った? 『母様に電話でおまえのことを説明して』……?」
「ん? ああ。今日のことはすべてお話ししたぞ」
「すべて!? すべてって、すべて!? ボクが宇宙人だってことや、船の上での出来事も!?」
「うむ。おまえの正体が亡霊騎士で、トンボの化け物たちと戦ったことも含め、丸っとな!」
「……で、信じてくれたワケ?」
「それは……正直よくわからん。とりあえず、わたしが最初におまえの名前を出したとき母様はひどく驚かれた様子だったが、最後までわたしの話に耳を傾けてくださったぞ」
それは突拍子もないことを言い出した娘に呆気にとられていただけでは……?
「……あれ? でも、なんでボクの名前を聞いて驚くんだ? 宇宙人であることや不思議なチカラのことを聞いて驚くのならともかく」
「変な名前だと思ったんだろ」
「もしやキミ、ボクの名前のこと、内心では変だって思ってた?」
「(無視)ほら、あちらにいらっしゃるのがわたしの母様――葉加瀬希実だ」
「え? 希実……?」
聞き覚えのある名前に、勇魚は眉を顰める。
結芽が指さすほうへ視線を向けると、ちょうど穂垂と銀花を両脇に従えた女性がリムジンの後部座席から降りてくるところだった。
年のころは三十代半ば。勿忘草が刺繍された紺の和装に身を包み、艶のある美しい黒髪を腰まで伸ばした気品のある美女だ。しずしずと歩く所作や凛とした雰囲気が冷厳な印象を抱かせるものの、整ったその目鼻立ちは、なるほど、母子だけあって結芽のそれによく似ていた。
そこには精神世界で目にした映像……二十五年前の記憶に登場した三人の女の子のうちの一人の面影がハッキリと残っていて。
刹那、
――『兄様の嘘つきっ。ずっと一緒にいてくれるって言ったのに!』
「!」
脳裏に甦ったひとつのヴィジョン……泣き腫らした顔と鋭い糾弾の記憶に、勇魚は唐突にすべてを理解する。
思い出す。
「ああ……」
今度こそ。本当に。
何もかも――この地球で経験したすべてを。
「そうか……。『半年間』ってのはそういう意味だったのか……」
結芽の顔に見覚えがあるような気がしたのも、そういう理由だったのか。
「ボクが目覚めたのは、やっぱり、今日が初めてじゃなかったんだな……」
それに。
目の前まで来た美女の、現在の姓。『四十八願』ではないその苗字が意味するものは――
「………………どちら様かは存じませんが、娘とその友人が多大なご迷惑をお掛けしたようで申し訳ありません」
「っ」
美女が双子――何故か不愉快そうに口をへの字に引き結んでいる――をチラリと一瞥したのち、こちらの目を見て発した言葉。
それが意味するところに、勇魚は息を呑まずにはいられなかった。
どうしても。
――『どうして!? どうしてそんなことを言うの!? 兄様を忘れるなんて絶対無理だよ!』
「お初にお目に掛かります。葉加瀬希実と申します。娘どもの話によれば、皆様がたは今宵の宿がまだ決まっておらず大変お困りとのこと。娘どもがご迷惑をお掛けしたお詫びにこちらで泊まる場所とお食事をご用意させて頂きました。どうぞ、あちらの車にお乗りください」
「………………、あ、えっと、」
……どうやらこの様子だと、あの半年に及んだ刺激的な日々――宇宙人である『兄』や地球の分霊である双子のことは、全く憶えていないらしい。
まあ、無理もない。彼女や瑞穂、風花は当時まだ小三かそこらだったのだ。
あの別れを経て、元の日常に戻り、平穏な日々を送る中で、『あの非日常的な半年間は果たして本当にあったことなのか』『昔見たアニメや、誰かが語った夢の内容を元に捏造されてしまった偽の記憶という可能性はないのか』『あの兄と双子は所謂イマジナリー・フレンドのようなモノだったのではないか』と疑うようになったとしても、それは仕方のないことだろう。
そのまますべてを忘れ去ってしまったとしても、責められようはずもない。
何しろ、すべては二十四年も前のことなのだ。
なるべく理知的でありたいと思うのが人間の性であり、それが大人になるということだ。
「………………」
……だが。
あるいは――もしかしたら。
いや、だとしても……。
「……ハジメマシテ。鵠勇魚と申します。こっちはテルルとレア」
勇魚がそう名乗っても、目の前の美女、希実は眉ひとつ動かさなかった。
努めて気にしないようにして、震えそうになる声を必死に抑え、勇魚は淡々と言葉を紡ぐ。
「お気持ちは大変有り難いのですが、そこまで良くしていただく理由がこちらにはありません。すべて、自分たちでなんとかします。どうぞお気遣いなく」
その言葉に、
「………………」「「「えー!」」」
希実は心なしか気まずそうに視線を逸らし、結芽と穂垂、銀花は一斉に不満の声を上げた。
「それはつれないのではないか、勇魚よ!」
「そーだよ! 遠慮しないで! 勇魚さんは穂垂たちの命の恩人なんだから!」
「……ヒトの厚意は無碍にするものじゃない」
「いやでも」
勇魚はなおも丁重に断ろうとして、
しかし、
「………………娘もこう申しておりますし。是非おいでください」
希実のどこか縋るような眼差しに気付き、つい頷いてしまう。
「……では、お言葉に甘えて」
「「やったぁ!」」
穂垂と銀花が無邪気に喜ぶ。
が、
「………………?」
一人、結芽だけは、こちらと希実の顔を怪訝そうに見比べていた。
勇魚と希実の間に流れる微妙な空気を感じ取ったのかもしれない。
「(ヒソヒソ)女の勘というヤツなのです。お子ちゃまとはいえ、やはり女。そのへんの嗅覚は侮れないのですよ」
「(ヒソヒソ)これは……、面倒くさいことになりそうだネ。ホント罪作りなヒトだヨ、おにーちゃんは」
「………………」
囁き合う双子のジト……ッとした視線を背中に感じて、(自分でも理由はわからないが)若干の気まずさを覚える勇魚だった。
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