♯0 開幕
「勇魚さん。お願いがあるのですが。今日一日、わたしと『お家デート』をしてくださいませんか?」
「えっ」
ある休日の朝。
部屋に入ってくるなり開口一番そんな『お願い』をしてきた友人に、ボクの口からマヌケな声が漏れた。
これが漫画なら、今ボクの周りには大量の『?』マークが浮かんでいることだろう。
「あ、朝っぱらからどうしたの、エル。何かあった?」
「お家デートをしましょう、勇魚さん☆」
不思議に思い、引き攣った笑みを浮かべつつ真意を訊ねるも、拝むように胸元で両の掌を合わせた友人――エレオノーラ・サタキエリは、ニッコリと微笑み返してくるだけだった。
「そのココロは?」
それでもしつこく訊ねると、一点モノであろう桜色のパフスリーブのワンピースを見事に着こなし、月の光を宿したかのようなふわりとした美しい金色の髪を腰まで伸ばしたその少女は、ヒトの身で持ちうる限界値ギリギリの美貌と言っていい顔に浮かぶその笑みを消し、
「だってヒドイんですよ、テルルちゃんとレアちゃん。勇魚さんもですけど」
白磁のような頬をぷうと膨らませ、紫水晶のような輝きを宿した瞳で恨めしそうにこちらをじっ……と見つめてくる。
……え?
ボク、このコの機嫌を損ねるようなこと、何かしたっけ?
「「テルルちゃんとレアちゃん、朝食の席で『昨夜はおにーさんと一緒のお布団で寝てしまいました☆』『おにーちゃんと一晩じゅう想い出話に花を咲かせちゃったんだヨ☆』って自慢してきたんですよ? わたしと勇魚さんが出逢う前に、この地でいったい何があったのか――わたしはまだあまり教えてもらえていないことを承知の上で」
「何やってんの、あの二人……。仮にもこの模造地球デイジーワールドの化身のくせに。大人げない」
「まあ、テルルちゃんもレアちゃんもまだ小さいですから」
溜め息をつくボクを見て、エルが微苦笑とともにフォローを入れてくる。
なんで拗ねていたはずのこのコがフォローしてるんだろう……。
優しいなぁ。
「見た目はね。でも、あれで精神のほうは意外と大人だったりするんだよ、あの二人は」
ボクは人間離れした――それこそヒトの身で持ちうる限界値を軽く突破している、それでいてボクに強い執着を抱いている幼い双子の姿を脳裏に思い浮かべながら、小さく溜め息をつく。
今度、軽ーくお灸を据えておかないと。
まだ十七歳のエルよりも、彼女たちのほうが、生まれてからの時間は長いんだから。
「とにかくですね、今日はわたしとお家デートをしましょう、勇魚さん。考えてみたら、わたし、あなたがこの地球に流れ着いてからわたしや叶恵ちゃんと出逢うまで、どんな戦いを繰り広げてきたのか、よく知らないんです。だから、お家デートでイチャイチャしながら、その辺りについて聞かせてください。今日はちょうど日曜日で学校もお休みですし」
「……話すだけながらイチャイチャしなくても出来るんだケド」
「ダメです。イチャイチャもするんです。昨夜テルルちゃんとレアちゃんがしたみたいに」
「いや、別に、あの二人とも、言うほどイチャイチャは……」
「嘘です。勇魚さんがテルルちゃんやレアちゃんと一緒にいてイチャイチャしていないはずがありません」
「………………」
そっか……。
このコの中で、ボクって、そういうイメージだったんだ……。
見た目小学校低学年くらいの女の子たちといつもイチャついているイメージなんだ。
超ショック。
「だって勇魚さん、一昨日だってテルルちゃんやレアちゃんとチュッチュしてましたよね?」
「チュッチュ言うな。……仕方ないだろ、あれはボクのこの肉体を維持するために必要なことなんだから」
こちとら十代半ばにして、タマシイだけこの地球に召喚された身なのだ。
やむにやまれぬ事情というヤツである。
というか、その言いかただと毎日チュッチュしているみたいに聞こえるからやめてほしい。
せいぜい週一程度だ。
「ダメ、ですか?」
…………………仕方ない。
泣きそうな顔でしょぼん……とするエルを見て、ボクは覚悟を決めた。
「わかったよ。じゃあ、どこでもいいから適当に座って」
「! ありがとうございます!」
エルはたちまち顔をパア……と輝かせると、偶々ストレッチ中で床に胡坐をかいていたボクの両の脚に乗っかるように深く腰を下ろす。
「……こら」
いやまあ確かに『どこでもいい』とは言ったけども。
なんでよりにもよってそこに座るかな?
「えへへ☆ 実はテルルちゃんとレアちゃんがよく勇魚さんにこうしてもらっているのを見て、羨ましいなぁって前から思ってたんです。――いいですよね?」
見上げるようにこちらを振り返り、そう言ってくるエルに、ボクは何も言えなくなってしまう。
……だってこれ、断られるとは微塵も思っていない笑顔なんだもん。
そんな心の底からお兄ちゃんを信頼し慕っている幼い妹みたいな表情、甘えた口調で言われたら、イヤとは言えないじゃん……。
「なんだか今日は甘えん坊さんだね、エル。……見た目は同い年くらいである女の子にこんな言いかたをするのもなんだけれど」
「なんだかその言いかただと、わたしのほうが生きてきた年月と乖離した見た目をしているみたいに聞こえますよ?」
「……ごめん」
「いいです。赦してあげます。そのぶん、今日はたっぷり構ってくださいね」
「構う……ね」
そうは言いますがエルさんや、両の脚に感じるキミのお尻の感触と、金髪の間から覗く項とかから漂ってくる良い匂いに、こっちの胸はさっきからうるさいくらい早鐘を打ってしまってるんですよ……。
ボクだって精神年齢、実年齢はせいぜい高校生くらいなんだから。あんまり無防備なようだと襲っちゃうぞ?
………………。
はい嘘です。そんな度胸、ボクにはありません。
そもそも――異地球人であるボクに、そんな資格があるとも思っていません。
「じゃあ勇魚さん、早速お話ししてください☆」
すりすりと、甘えるように後頭部をこちらの首元に擦りつけながら催促してくるエルに、ボクはいろいろ覚悟を決め、
「どこから話せばいいの? とりあえず、この地球に流れ着いた直後の出来事からでいい?」
「んー……そうですねー……。今日は学校がお休みとはいえ、夜は宿題をしなくちゃいけませんし」
……もしかしてこのコ、今日は夜までずーっとボクに語らせるつもりなのかな……?
このコと出逢ってもうそれなりに経つけれど、今日、初めてこのコの天使のような笑顔が悪魔に見えた気がするよ……。
「――そうだ! ねえ勇魚さん、この学校の理事長とも昔、何かあったんですよね?」
「え? ……ああ、うん、まあ。彼女がまだ小さな子供だったころにいろいろとあって、ね」
「じゃあ、この地球に流れ着いた直後と、その辺りの時期のことを聞かせてください」
「えー……あそこらへんかぁ。あんまり良い想い出が無いんだけどなぁ」
「早く早く☆」
「はいはい。わかったわかった」
さて――そうなると、だ。
ボクが直接見聞きしていない部分については、宇宙間集合無意識にアクセスできる仲間からあとで聞いた事柄を元に補完しながら話すしかないか。
……それにしてもこのコ、普段はメチャクチャしっかりさんで、むしろボクよりもお姉さんっぽいときすらあるのに、今日はホント、子供に戻ったみたいになってるなぁ……。
まあ、いいや。
これも良い機会だ。
偶にはボクにだって、昔日を懐かしむ時間があってもいいだろう……。
コホン、とひとつ咳払いをして、ボクは考え考え、語り始める。
「あれは現在から四半世紀近く前――」
――こうして。
ボク、鵠勇魚は、かつてこの地球で経験した出逢いと別れ――そして宇宙の邪悪を相手に演じた死闘について、子供みたいにワクワクしているエルに語って聞かせることになったのだった。
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