少女との邂逅
◇天央歴1027年 2月10日 アルメリア大陸西部 アウローラ王国 タリナ草原
「君、大丈夫?」
少女に突進をかまそうとしていた牛猪を装備していたアサルトライフル──H&K HK416で仕留めたユウキは銃の安全装置を掛けた後、助けた少女に対してそう声を掛ける。
だが、少女は未だ状況を完全には認識できていないのか、声を発することは出来ないようだった。
おまけに腰も抜けてしまったのか、その場から立つ様子もない。
(仕方ないな)
そう思いながら少女を立たせるために近づこうとしたユウキだったが、少女の方はそんなユウキの行動を見てこう叫んだ。
「こ、来ないで!」
「!?」
突然の叫びに驚いたユウキだったが、少女の怯えた様子を見て、このタイミングで近づいたのは少し無神経だったかと反省する。
しかし、先程魔獣が居たところを見るに、この辺り一帯が危険であるということは明らかであり、それを避けるためにはすぐに少女をこの場から連れ出さなくてはならない。
だが、下手に近づいては少女の持つあの剣で斬られる危険性もある。
困ったようにユウキは頬を掻くが、ふとあることを思い付くと、被っていたヘルメットをゆっくりと脱ぐ。
「──あっ」
その行動に意表を突かれたのか、はたまたユウキが黒髪黒目の黄色人種というこの大陸では珍しい容姿をしていた為かは分からなかったが、少女はユウキを見て呆けた顔をする。
自らの行動によってほんの一時的とはいえ、警戒が解けたのを見たユウキは今度はゆっくりと彼女へと近づいていく。
そして、少女のすぐ傍までやって来ると、右手を差し出しながら、改めてこう声を掛ける。
「もう大丈夫だよ。あの怪物はもう居ない。それより、君は何処か怪我してない?」
「え、ええ。大丈夫よ」
そう言って立ち上がろうとする少女だったが、先程腰が抜けた影響がまだ残っていたのか自力で立ち上がることは出来ず、仕方なく差し出されたユウキの手を取ってどうにか立ち上がる。
そして、ユウキもまた彼女が崩れ落ちないように支え、大丈夫そうだと判断すると、その手を離した。
「ありがとう」
「どういたしまして。じゃあ、改めて言うけど、ここは危ない。だから、あれに乗ってこの場から離れたいからついてきてくれるかな?」
そう言いながら、ユウキは先程から待機していた6両の車輌の内、自分が乗ってきた高機動車を指差す。
「ああ、それとも仲間とはぐれたりしたのかな?見た感じ、軽装備だったからここに間違って迷い込んだんじゃないかと思ったんだけど・・・」
そこまで言ったところで、ユウキは少女の装備の不自然さに気づいた。
(見事に剣一本しかないな。それにどう見てもこのワンピースは防具じゃないだろうし)
2ヶ月間のアウローラ王国での偵察活動の傍ら、ユウキは冒険者や傭兵の類いと何度か出会してきたが、そういった仕事をする者は皆、防具の類い、あるいは動きやすい服装を身に付けており、少なくとも目の前の少女のようにワンピース姿をしている人間は初めてだった。
(もしかしてこの娘自身が護衛対象とかか?それなら納得が行くが)
もっとも、いずれにしても今自分達の他に彼女を守る人間が居ない以上、この場に残しておくという選択肢がないことは確かだ。
そう考えたユウキは少女に対してこう言った。
「取り敢えず、あれの中に入って。もし君の仲間が近くに居るようなら探してあげるから」
「・・・そう言っているけど、本当は私を捕まえて何かするつもりじゃないの?」
「それはないね。そこまで外道じゃないつもりだし。それに──」
そこで一旦言葉を切ったユウキは、続けてこんな言葉を発する。
「──君、僕の好みじゃないし」
そう、ユウキの好みのタイプは上品で優しく、そして、知的な女性なのだ。
確かに目の前の少女は胸が大きく、顔立ちもかなり整っている正に絶世の美少女であったが、先程の口調からして勝ち気な性格であることは明らかであり、少なくともユウキにとっては好みのタイプではなかった。
そして、自分が好みでないと告げられた少女は暫し目をパチパチと瞬かせていたが、やがて脳がユウキの言った言葉を理解するようになると、少女は急にニッコリと笑いながらこう告げる。
「──ねぇ、あなたを斬って私がこの場から安全に退避できる方法ってない?」
◇
失礼な奴だと思った。
確かに悪意蔓延る貴族社会において、自分の容姿を褒められることはあまり嬉しくはなかったが、それでも自分の容姿に自信が有ったということも確かなのだ。
いや、仮に自信がなかったとしても、真っ向から『好みじゃない』などと言われて反感を抱かない人間は居ないだろう。
だからこそ、先程うっかり吐いてしまった言葉は半ば本音だった。
まあ、そんな方法があるとは思わなかったし、有ったとしても相手が命の恩人である以上、選ぶ気はなかったが。
(まったく。よりにもよって、こんな奴に助けられるなんて・・・)
妙な馬車?の後ろの席に座りながら、少女は前の席に居る先程の少年を睨み付ける。
あんな言葉を吐いてしまったものの、少年がお人好しだった事もあって、どうにか馬車?に乗せて貰うことができ、自分は危機を脱することが出来た。
もっとも、少年の膝に乗る奴隷の少女からは敵意を持った目で睨まれてしまい、少々言い過ぎてしまったかもしれないと罪悪感に駆られていたが、自分の素直じゃない性格もあってか、なかなか少年への謝罪の言葉は出てきていない。
(はぁ、やっちゃったなぁ。こんなんだから、妹にも見離されちゃったのかな?)
元々、自身の感情をこうして表に出すのは両親が生きていた時以来で、両親が亡くなってからは姉妹を取り巻く環境が弱味を見せてはいけない環境だったこともあって、妹にすら自分の内に秘めた感情を見せてこなかった。
だが、今回、あまりにもはっきりとあのユウキ・フユミヤという名の男が自身の容姿に対する全面否定を行ってきたので、つい怒りの感情を表に出してしまったのだ。
(・・・これからどうなるのかな?)
少女はこれからの先行きを心配し始める。
まずこの少年とその部下達が無事に自分を町まで送り届けることを前提として考えるとしても、今の自分の現状はかなり危うい。
自分の味方をしてくれる勢力は一応居るだろうが、ユリシアとその背後に居るであろうパッシェ公爵の味方をする勢力も多いことは確かで、自分が立ち上がれば下手をしなくとも国を二分した内戦が始まることとなるだろう。
そして、それがもし長引いた場合、他国、特にマナヤ国の介入を許すことになるし、そうなればアウローラ王国がマナヤ国の手に落ちる事を危惧したクワイック同盟も介入してきて、やがてアウローラ王国そのものが両勢力の戦場となる可能性が高い。
(それを防ぐためには私が旗を上げるのを諦めて、何処か静かなところで暮らすしかない、か)
何もせずに諦めるというのは、元々勝ち気な性格をしている少女にとっては業腹な話であったが、国民のためにそれを我慢出来るだけの理性は有った。
まあ、それ以前に国内海外を含めたどの勢力の目にも触れないような“静かな場所”を見つけられるかという問題が立ち塞がってはいるのだが。
そう考えていると、あの失礼な少年──ユウキがこんなことを少女に尋ねてきた。
「ねぇ、君の名前、教えて貰っても良いかな?このままだと不便だし」
「・・・仕方ないわね。私の名前はレ──」
そこまで言い掛けたところで、少女は一旦言葉を止める。
ついいつもの癖で本名を名乗ろうとしてしまったが、よくよく考えれば今の状況ではそれは不味いと思ったからだ。
「どうしたの?」
「なんでもないわ。それと、私の名前はレイナよ。まあ、短い付き合いだと思うけど、よろしく」
少女──レイナは一方的にそう告げた後、ユウキから目を逸らした。