プロローグ2
◇天央歴1027年 2月10日 アルメリア大陸西部 アウローラ王国 タリナ草原
アウローラ王国。
それはアルメリア大陸の西端に位置する国家で、人口は約200万人程。
この大陸の中での国家規模としては可もなく不可もない中堅国家といった感じの中小国であったが、大陸に存在する二大勢力に挟まれている関係上、地政学的に極めて重要な立ち位置に居る国でもある。
そんな国の国内に存在するタリナ草原を6両の軍用車両が走っていた。
「ふんふんふんふんふーん」
鼻唄を歌いながら、高機動車の助手席に座る男の膝の上に乗る茶髪の髪をリボンで2つに結んだツインテールの少女。
10~12歳頃の年齢であるために顔付きは明らかに幼かったが、顔立ちそのものは整っていて、将来的にはよっぽどの事がない限り、美人になることが約束されている。
そして、そんな少女を膝に乗せる男。
彼の名は冬宮ユウキ。
2ヶ月前に『世界大戦略~嵐への道~』で操作していたゲームの国家と共にこの世界にやって来た少年であり、現在は30人程の護衛の兵士達と共に自らの国家の対岸に位置するこの国の偵察を直々に行っていた。
そして、この少女──アカネは元々この世界の人間で、一月前に訪れたこの国のとある街で奴隷として売り払われていたところを助け、こうして旅に同行させている。
ちなみにアカネという自分を奴隷として売った両親からつけられた名前を名乗ることを本人が嫌がった為、ユウキが着けた名前だ。
ついでに言えば、彼女の髪を結んでいるリボンはユウキからの贈り物でもあった。
(やれやれ。どうしてこうなったんだろうな)
ユウキはそう思いながら、この世界にやって来た当時の事を思い出す。
この世界で目を覚まして一通りの状況を把握した当初、ユウキは当然の事ながら困惑した。
当然だろう。
突然意識を失ったと思ったら、元の自分よりも若干若返った状態で自分が操作していたゲームの国家の国で目覚めていたのだから。
だが、目覚めてすぐに出会ったゲーム国家の者達によって自分がその国の指導者となっていると分かると、今度は逆にウキウキとした。
それは自分が操作していた国家を今度は自分で自由自在に動かすことが出来るという今思えばかなり浅はかな考え方から来たものだったが、現状が全く分からなかった当時の状況下ではそうとでも思わなければやっていられなかったのだ。
──しかし、実際に国の現状を確かめた時、ユウキは思わず悲鳴を上げそうになった。
まず大前提として、ゲーム内でユウキが選んでいた国は現代日本であり、領土の大きさと形などは現実の日本と全く同じだ。
だが、人口は2億5000万人と現代日本の約二倍。
まあ、この人口を収容するために東京を始めとした六大都市やその他の地方都市などはかなり発展させていたし、現実の日本で食料自給率の不足が叫ばれていたこともあって農業などの近代化も行って食料自給率は100パーセントとなっていた。
更には資源などは備蓄を行っていて、『節約して使えば十年は持つ』程の膨大な量が溜め込まれている。
と、これだけ聞けば当分の間はなんとかなりそうに聞こえるが、実際はかなり危ういと言っても良かった。
まず食料自給率の部分だが、よく勘違いされがちではあるものの、食料自給率100パーセントという言葉が表す意味は『食料を統制すれば国民が1日3食、ある程度の量を食べることが出来るくらいの食料を国内で生産できる』という意味であって、決して『食料統制を行わずとも、国民が自由に食事を楽しみ、満足に腹を満たすことが出来る』という意味ではない。
つまり、例え食料自給率が100パーセントとなっていても国民が自由に食を楽しむことが出来るようになるためには海外からの輸入や国内での食料生産量をそれこそ最低でも倍以上に上げる必要があるのだ。
だが、現実としてその輸入先の国家は存在しなかったし、更に言えば良質の肥料が輸入できないために食料自給率はは本来の2割程落ち込む可能性があることが見込まれている。
まあ、それでも配給制にしているので当分は問題ないのだろうが、このままずっとこの状況が続けば不味いことになるのは確かだ。
しかも、資源に至ってはもっと深刻で、前述したように一応節約して使えば十年は持つが、この節約というのは経済活動を本当に最小限度にしてインフラの維持に資源を集中させた場合を意味している。
つまり、なにが言いたいのかというと、このまま資源の節約を続ければ経済は殆ど維持できず、失業者が多数出てしまうのだ。
しかし、かといって経済活動も考慮してフルに資源を活用するとなると『3年持てば良い方』とされているので、とてもではないが推奨できたものではない。
──要約すると国家運営は早々に手詰まりな状況となっており、それを打開するためにこの大陸に進出しようという点では割と初期の段階でユウキを始めとした閣僚達の意見は一致するところとなったのだ。
そして、まずはすぐ対岸にあったこの国の事を調べてみようという事になり、偵察部隊が編成されたのだが、そこにユウキが加わることに関しては当然の事ながら閣僚達が反対意見が続出。
最終的になんとか押し切り、ユウキの偵察部隊だけ他の部隊と違って20人編成ではなく、護衛として10人多く連れていくことを条件に参加が許可されたという経緯があった。
その後、一月ほど前に立ち寄った街でこの少女を助け、行動を共にしているというのが現在の状況だ。
(しかし、本当に良かったのかね。奴隷のままで)
そう思いながら、ユウキはアカネの首に装着されている黒色の首輪を見る。
この首輪はただの首輪ではなく、“隷属の首輪”といって、これを着けた者の魔力に主人となる者がこの首輪を介すことで絶対服従の呪いを掛け、魔導的な主従契約を結んでその者を奴隷にするという仕組みの魔道具だ。
もっとも、首輪をつけられた側が呪いを掛けた側より圧倒的な魔力を有する場合、呪いは弾かれて主従契約が成立しないらしいが。
そして、彼女の場合、所有者はユウキとなっている。
本来、ユウキの国の人間は魔力を持っていないので隷属の首輪を含めた魔道具は使えない筈なのだが、ユウキは魔法こそ使えないものの、何故かこの世界の人間と同様に魔力を、それも膨大な量を持っており、彼女の主人になることが出来ていたのだ。
──だが、正直に言えば、ユウキは当初、彼女を奴隷から解放するつもりだった。
それはユウキの前世での論理感という理由もあったが、それ以上に彼女を奴隷とする必要性を感じられなかったからだ。
しかし、彼女本人から奴隷のままで着いていくように懇願された為、そこまで言うならとユウキは結局折れ、彼女を奴隷という身分のままで偵察活動に同行させていたのだが、何故奴隷から解放するという選択肢を選ばなかったのかについては謎のままだった。
(まあ、有用な人材である点は助かっているけど・・・)
ユウキの見る限り、アカネは技術者としての素養はかなりある。
なにしろ、車の構造も少し整備されているところを把握できていたし、なんなら実際に整備も出来ていた。
おまけに元が商家の娘で算術や礼儀作法などの教育をある程度受けていた為か、それなりに教養もあり、おまけにこの国の出身であるためにこの国の内情にもある程度精通している。
このような有用な人材を早期に現地で手に入れることが出来たのは、正に行幸だったと言えるだろう。
(取り敢えず、今は深く考えるのは止めておくか。仲間を疑うのは良くないしね)
ユウキはそう思いながら、一旦アカネに関する思考を打ち切ることにして、外の景色へと視線を移す。
──それは牛猪に襲われていた金髪の少女と遭遇する約10分前の事だった。