プロローグ
この世に輪廻転生など有るのだろうか?
それは仏教徒でなくとも、大なり小なりこの世に不満がある人間ならば一度は考えるであろう問い。
だが、俺は輪廻転生を信じる。
何故ならば、俺は確かにそれを経験したのだから。
◇
「あ~あ。このゲームも遂に今日でサービス終了か」
日本のとあるアパートの一室。
電気が消されて暗闇に包まれたその部屋では、1人の大学生の男性が自室の机の上にある起動中のパソコンと向かい合いながら、如何にも残念といった感じにそう言った。
男のパソコンの画面に映されているもの。
それは『世界大戦略~嵐への道~』というタイトルの戦略シミュレーションゲームだ。
一般的に戦略シミュレーションゲームというと、ゲーム内ユニットを作成・育成して相手ユニットを戦わせるものが多いが、このゲームはそういった要素だけではなく、政治、経済、外交、工業、食料生産といった戦争以外の国家方針も組み込まれている。
更にどういう情報の集め方をしたのかは知らないが、各国の風土や政治、国民性等のクオリティはとても高く、一般的な戦略シミュレーションゲームに飽きてしまい、高度な戦略シミュレーションゲームを求めるゲーマーの中では世界的に人気な代物となっており、動画などでもゲーム中のシナリオを素に構成されたストーリーがよく公開されているほどだ。
そして、男もまたそんなゲーマーの1人であり、中学時代に偶々インターネットを見てこのゲームを見つけてこれまでプレイしてきたのだが、それ故に今日で遂にサービス終了になってしまうことを非常に残念に思っていた。
「世界的に人気なんだから、もっと長く運営して欲しかったなぁ」
そう思うが、運営側がサービス終了を表明する以上は仕方がなく、諦めてサービス終了という現実を受け入れるしかなかった。
「・・・しょうがないから、俺も寝るか。はぁ、明日から何を楽しみに生きていけば良いのやら」
未練たらたらといった感じでそう呟きながら、男はベッドで眠るために椅子から立とうとする。
だが、その瞬間──
「うっ。な、なんだ!」
突如、心臓に凄まじい激痛が走り、男は左胸を抑えながら苦しそうに蹲る。
だが、痛みが治まる様子は全くなく、それどころか急速に意識を失っていく。
そして、意識が暗転するその瞬間、男の目にパソコンの画面に『本ゲームのサービスは終了しました。本ゲームで最高のプレイヤーであったあなたにはお詫びとして、新たなゲームステージに招待いたします』という文字が映されているのを見た。
◇
「はっ・・・はっ・・・はっ」
とある国の国内に存在する草原を、1人の少女が一本の鞘に納まった剣を抱えた状態で、涙を流しながら必死に走っていた。
長い金髪に翡翠の瞳をしたその少女の容姿は、正に日本人がイメージする外国人の少女そのもので、着ている服は白の清楚なワンピースだったが、こちらは逃げている最中に土埃などがついているせいでボロボロとなっている。
だが、少女の顔立ちがかなりと言っても良いほど整っていることもあってか、彼女の容姿の美しさは大して損なわれておらず、目敏いものはその風格に気品があることにすぐに気づけただろう。
もっとも、見ている者は誰も居なかったので、意味のない話であったのだが。
「なんで・・・なんでよ」
少女は半身とも言える双子の妹に裏切られたことがショックだった。
彼女の妹は生まれつき体が弱く、病気になりがちだったが、魔力が殆どなく簡単な魔法しか使えない自分と違って難しい魔法を使うこともでき、少々性格が気弱なのが難点ではあったものの、それも含めて少女は妹を愛していたのだ。
それは両親が亡くなって自身が忙しくなった後も変わらなかった。
「うっ・・・うぅ、ユリシア」
堪えきれなくなったのか、少女は遂に足を止め、妹の名を呼びながら泣きじゃくった。
辺りに少女の泣き声を聞く人間は居ない。
追手は既に少女の姿を見失っていたし、この辺りは草木が生い茂って視界が悪いことに加え、強力な魔獣が出る地域とされていることもあって、冒険者でも滅多なことでは近づかない場所だからだ。
──だが、逆に言えば“人間”は聞いていなくとも、魔獣が聞いていることは十分に有り得た。
グルルルル
明らかに人間ではない唸り声。
それを耳にした少女は、咄嗟に唸り声のした方向に振り向く。
「冗談でしょう。こんなときに・・・」
そう言いながら剣を鞘から抜いて構える少女だったが、その柄を持つ手は震えていた。
目の前の魔獣──牛猪は状態や生息場所にもよるが基本的に中堅クラスの魔獣であり、戦闘慣れした冒険者や傭兵からすれば大した脅威ではない。
しかし、それは“戦闘慣れしている”という事が前提での話であり、訓練こそある程度受けているものの、戦闘経験に関しては全くと言っても良いほどない少女からしてみれば十分にキツい相手だった。
(やるしかない。やらなきゃ)
普段、少女を護ってくれていた騎士団は今は居ない。
裏切った妹の後押しをしたパッシェ公爵の私兵達から自分を逃がすための殿となったからだ。
だからこそ、自分がここでこの目の前の魔獣を倒して生き残らなければ彼らの頑張りも無駄になってしまう。
そんなことを思いながらどうにか戦意を保とうとする少女だったが、妹に裏切られたショックと味方から寸断されて精神的に追い詰められている状況であることもあり、剣を持つ手の震えが止まる様子は全くなかった。
そして、当然の事ながら魔獣がそんな彼女の心情を考慮してくれるわけもなく、牛猪は獲物たる少女を仕留めようと突進をかましてくる。
「うっ!」
それを横に転がる形でなんとかかわした少女。
そして、体勢を建て直すと同時に少女は彼女の家に代々伝わる魔剣の力を解放する。
「炎剣」
そう唱えると共に、剣の刃の部分に炎が発生する。
魔剣というのは色々と種類が有るが、基本的に何らかのエフェクトを纏う事が出来るという点では同じで、この剣──ファリアスの場合、少女の魔力を少し注ぎ込むだけでこうして炎のエフェクトを纏うことができ、尚且つこの剣で斬られると相手の体を本当に炎上させる効果があった。
「はあぁぁぁあ!」
掛け声と共に少女は牛猪に斬りかかる。
牛猪は体を一回転させて少女を弾き飛ばそうとするが、それより少女の剣が牛猪の体を斬りつける方が一歩早かった。
ボオオォォオオ
斬りつけられると同時に牛猪の体は燃え上がり、牛猪は悲鳴をあげながら倒れ伏し、その体は灰へと変わっていく。
そして、その体が完全に炭になった時、牛猪を焼いていた炎は消え、それと同時に少女は緊張を解くが、極限まで緊張していた状態からいきなりそれを解いたせいか、少女は膝から崩れ落ちてしまう。
だが、そのタイミングで今倒したものとは別の牛猪が近くに現れた。
(あっ。た、立たなきゃ)
そう思うも、体は言うことを聞かずに硬直したままだった。
そんな彼女を尻目に、その牛猪は先程の個体とは違い、様子を一切伺うことなく本能で少女に襲い掛かっていく。
(助けて!)
死の恐怖からか、思わずそんな弱音とも言える願いを心の中で吐いてしまう少女。
そして、少女と牛猪の距離があと10メートルというところまで迫ったその時──
ドドドドドドド
聞いたこともない音が断続的に響き渡る。
そして、その直後、牛猪の体に無数の穴が空き、前のめりに倒れた。
「な、なに?なにが起こったの?」
そう思い、少女が音のした方向を見てみると、そこには妙な馬車?のようなものに乗ったまるでゴブリンを思わせる緑色の服装を着た男達が居た。