新生アウローラ王国
◇天央歴1027年 3月17日 昼 東京 首相官邸
「現在、我が国の名前は決まっていない状態ですが、これはこれからの外交上、あまりよろしいとは言えないので、早急に国の名前を決める必要があります」
佐藤の言ったことは事実だった。
今までは国交という関係を結んでいなかったからこそ、“謎の勢力X”で済んでいたが、これから国交を結ぶことになるのならば、やはり国名が必要になる。
「分かっている。と言うより、もう国名は考えてある」
「おお!なんという名ですかな?」
「アウローラ王国だ」
「は?いや、しかし、それは・・・」
佐藤は戸惑ったような顔をする。
他の大臣達の反応も概ね同じだ。
まあ、当然だろう。
つい昨日、事実上滅亡した国の名前をそのまま使うのだから。
「アウローラはローマ神話で暁の女神を意味する言葉だ。何故かこの世界でも同様の話があるようだが・・・まあ、それは今はどうでも良い。兎に角、アウローラの名は日本をベースとしている我が国に相応しい国名だということは確かだ」
「それは一理有りますが・・・」
佐藤は何か言いたげな顔をする。
まあ、他国が使っていた名前をそのまま使うというのは普通の人間ならば抵抗感が有るものだ。
幾らある程度の理があるとは言っても、そんな話をすんなり納得する筈も無かった。
「まあ、国名をアウローラにしたのはそれだけではない。アウローラ王国の名前を利用すれば今後の大陸での交渉がやり易くなるということもある」
そう、ユウキが国名をアウローラ王国としたのはレイラとの約束も有るのだが、ぶっちゃけそれは二の次の理由だった。
そもそも名前を残すだけならば、アウローラ県などといった感じにこの国の一地方の名前として残す程度でも一向に構わなかったのだから。
それでもこの国名を選んだのは、先に外務大臣に語ったように国名がこの国に相応しいと思ったこととアウローラ王国の名前を使えばこの大陸の国家との交渉がやり易いと思ったからだった。
まあ、滅ぼした国の名前をそのまま使えばユウキが他の国の王族や貴族などからアウローラ王国の簒奪者と見なされる可能性もあるが、下手に新興国家という立場で一から関係を築くよりは他国との外交を築く上での時間が掛からないとユウキは見なしていたのだ。
「それに、個人的にもこの名前は気に入っているからな」
「・・・分かりました。今後はその名でやっていくことにしましょう。しかし、一度決めてしまえば変更はよっぽどの事がない限り、出来なくなります。それでもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない。私も何日も掛けてこれを決めたんだからな」
佐藤の確認の言葉に、ユウキはキッパリとそう返した。
◇
アウローラ王国。
それが現在における世界最大の大国である事は、この惑星──アークに住む住民ならば子供でも知っている事実だ。
国としては既に斜陽に入り始めているが、圧倒的な科学技術を未だ保持しており、宇宙開発における優位などもあって今後少なくとも50年は世界最強の国の座を保持し続けられると言われている。
さて、そんなアウローラ王国が本格的に始まったとされるのは月については諸説あるものの、年は現代では天央歴1027年と一致しており、これに関しては疑いようがない。
この当時のアウローラ王国は当初、ならず者によって乗っ取られたとこの大陸の国々は判断しており、その後数年ほどで『ならず者に乗っ取られた国家』から『文明人が乗っ取った国家』から評価が変わったが、“乗っ取った”という部分だけはそれから1世紀以上が経っても変わることはなかった。
だが、今から1世紀程前にアウローラ王国が公開した資料を歴史家が検証したところ、アウローラ王国の本土となっているニホン列島は国が出来たばかりの時期に天央歴1026年末のアウローラ王国沖に異世界から転移してきていたことが判明する。
これにより、天央歴1027年に誕生したアウローラ王国はそれまでのアウローラ王国の名を借りただけで、実際は全く別の後継国家である可能性が高いという事が分かったのだ。
だが、それが本当ならば滅ぼした国の名前をそのまま使っていたということになる。
転移してきた国については他にも多数例があると言えど、アウローラ王国のそれはあまりにも不自然であり、それ故にアウローラ王国が転移国家であった可能性を疑問視する歴史家は決して少なくはなく、現在でも最終的な結論は出ていない。
しかし、いずれにしろ、アウローラ王国が『天央歴成立以来、最も歴史を動かした国』だということは疑いようのない事実であり、現在のアウローラ王国の敵対国家もその点は認めている。
そして、この“新生アウローラ王国”とも言うべき国家が建国以来、最初に行ったのはウェルデンヌ王国との国交成立だった。
この時期のアウローラ王国は食料、資源の外部からの輸入の目処が立っておらず、国内は配給制が敷かれ、経済活動もかなり縮小されている状況で、国家としての寿命は大体数年(諸説有り)といった感じになっていたのだ。
ウェルデンヌ王国との国交樹立は彼の国の鉱物資源を手に入れるために行われたことで、その貿易はアウローラ王国の進んだ紙幣制度が信用されていなかったこともあってバーター取り引きによって行われており、ウェルデンヌ王国は鉱物資源をアウローラ王国に渡す代償として彼の国から機械製品などを受け取っていた。
更に資源を円滑に本国へ運ぶ一環としてアウローラ王国はODAによるインフラ整備を行い、彼の国の道路を整えており、当時、ウェルデンヌ王国政府は自らの国が発展する姿に大いに感激していたと公式記録にも残っている。
そして、その次にアウローラ王国が接触したのはアンデルネ王国。
目的は彼の国の領地の南部──アルメリア大陸中央部に位置する油田地帯であり、この油田の規模はアウローラ王国の燃料事情を一気に解決するほど巨大なものだった。
しかし、アンデルネ王国はウェルデンヌ王国とは違って警戒心が強く、交渉は遅々として進まず、それに痺れを切らしたアウローラ王国軍部の一部ではアンデルネ王国への侵攻が計画されていたほどで、結局、その後の情勢の変化によって実行はされなかったものの、もし情勢の変化が無ければその計画が実行に移されていた可能性が高い。
何故かと言えば、この時期のアウローラ王国は石油資源を渇望しており、手に入れるためなら戦争も辞さないという構えであったからだ。
さて、話を戻すと、アウローラ王国が超大国として飛躍するターニング・ポイントはこの11世紀前半の時代には幾つか存在したが、第一のターニング・ポイントはやはり対マナヤ国戦争だろう。
もっとも、第一のターニング・ポイントと捉えているのは筆者個人の主観で、この戦争は有っても無くともアウローラ王国が超大国として飛躍していただろうと現代の大抵の歴史家は考えている。
だが、筆者はそれでも敢えてこう述べたい。
例え必ず勝つことが確定していたにしても、二度に渡る対マナヤ国戦争はアウローラ王国が超大国となる上で必ず通る道であり、そして、必要な戦争であったのだと。
何故なら、クワイック同盟とマナヤ国の戦争にアウローラ王国が割って入らなければ、アウローラ王国はアンデルネ王国に侵攻せざるを得なくなり、結果、アウローラ王国はアルメリア大陸で泥沼の戦いを繰り広げることになっていたかもしれないのだから。
~天央歴1277年12月18日出版 “アウローラ王国建国後の道程”より抜粋~
これでアウローラ王国編は終了です。この後は設定と幕間を挟んで次章となりますが、ここまで読んで面白いと思った方はブックマークと評価をよろしくお願いします