姉妹の再会
◇天央歴1027年 3月14日 夕方 東京 冬宮邸
「で、これはどういうことかしら?」
ピクピクと青筋を立てながらそう言うレイラに、ユウキは苦笑するしかなかった。
なにしろ、彼女の目の前には“隷属の首輪”や鎖付きの手枷を填められた上で、土色の粗末な貫通衣を着せられている惨めな格好をした妹の姿があったのだから。
「何か問題があるかな?彼女の処遇をこっちに一任するって言ったのはレイラだったと思うけど」
「! それはそうだけど・・・」
「だから、こうして奴隷にして連れてきたんだ。王族だから、また担ぎ上げられるのを防ぐためにも向こうには置いておけないし、かといってこれだけの美人を殺すのもあれだったからね」
そう言ってゲスな顔を浮かべるユウキだったが、これは半分演技だ。
昼の会談で彼女に提案したもう1つの選択肢。
それは自分の奴隷となって姉に会いに行くことだった。
勿論、そのまま連れていくというのもありだったのだが、それではレイラの方に心の整理がつかず、久し振りの対面が酷くギスギスしたものになる可能性が高いと判断したユウキは、レイラの妹に対する負の感情を治めるために1つ趣向を凝らすことにし、それが自分の奴隷となるというものだったのだ。
男性もそうだが、女性という存在は特に自分より悲惨な目に遭っている人物に同情しがちな生き物であり、それ故に見掛けだけでも悲惨な姿を見せておけば、レイラの毒気は大分抜かれるだろうとユウキは考えた。
まあ、レイラが妹の事をどうとも思っていなかったり、この姿を見て心底嘲笑うような人間であれば話は別だったが、レイラはそんなクズな女性ではなかったし、妹に多少情は残していることをユウキは既に知っている。
だからこそ、自分が悪者になることを覚悟の上でこういう形で対面させることにしたのだ。
・・・もっとも、それによってレイラのユウキへの視線がどんどんと冷たくなっており、その視線を向けられたユウキの心は早くも折れそうになっていたが、どうにか踏ん張って演技を続ける。
「まあ、性欲の捌け口くらいにはなるだろうからさ」
「・・・・・・」
「お、お姉様。その、これは・・・」
無言のままユウキを見つめ続けるレイラに、ユリシアは何か言おうとする。
しかし、その前に当のレイラは小さく溜め息を吐きながらこう言った。
「はぁ。あんた、演技が下手ね。そんな如何にも悲痛といった感じの顔で言われても、説得力がないわよ」
「え?」
レイラの言葉に、ユウキは困惑した顔を見せる。
そんな表情をしている自覚は全く無かったからだ。
しかし、レイラの雰囲気が先程より柔らかくなっているところを見るに、どうやら自覚の無いままに顔に出ていたらしい。
「そ、そうかな?」
「そうよ。まあ、最初からそういう奴じゃないって知ってたから元から怒る気は無かったけど」
そう言って柔らかく笑うレイラ。
何故そこまでの信頼を向けられているのか分からなかったユウキだったが、彼女の笑顔を見たユウキは思わず照れたように笑った。
だが、次の瞬間、レイラは今しがたの柔らかい表情とは打って変わってユウキをキッと睨む。
「それはそれとして、ユリシアをこんな姿にしたことに関してはきっちり訳を聞かせて貰うから!このケダモノ!!」
「上げてから落とすの止めてくれないかな!?結構、心に来るんだよ!」
「うるさい!だいたいあんた、夜の行為が激しすぎるのよ!!何度壊れそうになったことか!」
「いや、いまそれを言うの!?」
「何時言っても同じよ!それに、たまによく分からない玩具みたいなのを使って私の体を弄ぶ変態には他の女が居る前で言う方がちょうど良いじゃない!!」
「お前だって喜んでただろうが!」
そんな下世話な言い争いをする2人。
そして、普段見ない姉の感情の発散を傍で見たユリシアはそんな2人の言い争いにオロオロしながらも、なんとか会話に割って入ろうとする。
「あの、お姉様!」
「え?なによ、ユリシア」
「本当にごめんなさい!その・・・お姉様を裏切ってしまったこと」
「・・・もういいわ。今更気にしたってどうしようもないし」
「でも・・・」
「その代わり、その格好の通り、性奴隷としてユウキにちゃんと奉仕しなさい。私だけじゃ持たないのよ。私への仕打ちはそれでチャラにしてあげる」
さらっと自分の男に妹を売ろうとする姉。
端から見ればとんでもない姉であったが、このような事をしたのにはちゃんとした理由があった。
まずユリシアは現在でこそユウキの部下の軍医に薬を処方されたことで一時的に病状は治まりを見せているが、元々病弱の身であり、それは何時再発するか分からない。
だが、ユウキの元に居れば何時でも最高の医療を受けることが出来る。
加えて、先程ユウキが言ったようにアウローラ王国に戻れば担ぎ上げられる危険性がある以上、自分達はこの国から出ることは出来ないし、ユウキもそれを許さない可能性が高い。
ユリシアの交遊関係はレイラも完全には把握していないが、もしユリシアに好きな人が居てそれがアウローラ人ならば諦めて貰うしかないし、そうなると仮に彼女に幸せな家庭を作る夢があった場合、自然とユウキ、あるいはこの国の誰かと結ばれる必要がある。
そして、まだこの国の中で好きな人が居ないのならば、仮に自分が譲ることになったとしてもユウキと結ばれた方が安泰だという姉心も働いていた。
・・・もっとも、そうなれば自分は生きていけるかどうか分からないが。
「お、お姉様!そ、それは」
そんな姉の真意を知らないユリシアはレイラの言葉を聞いて顔を真っ赤に染める。
「おいおい。流石に彼女の妹に手を出すなんて、俺も流石にそんな無粋な真似は──」
「あんたは黙っていなさない!て言うか、顔がにやけてるわよ!本当は満更でもないんでしょう!!」
若干キレ気味にそう言うレイラだったが、実際にユウキの顔はにやけており、レイラの言葉通りなのは丸分かりだった。
「それとも全く興味が無いとでも言うつもり?」
「うっ。そ、それは・・・」
そう言われて言葉に詰まってしまうユウキ。
正直、そんな気が全く無かったと言えば嘘になる。
ユウキも男だ。
地球世界ではよっぽどの事情と運がない限りは不可能なハーレムをこの世界でやってみたいという思いは当然あった。
だが、当然の事ながらそんなことを言うわけにはいかないので、ユウキもレイラの言葉にまともに解答することが出来なかったのだ。
「ほらね。ユリシア、こいつはこういう変態なの」
「い、いや、ちょっと待てよ。だからって嫌がっている女の子に手を出すなんてことは──」
「あ、あの。私は構いません」
「えっ?」
「お姉様の為ですから。それに、好きな人も特に居ませんし」
「いや。これから別に好きな人が出る可能性も・・・」
「そんな先のことなんて分かりません。でも、姉と共に生きるあなたと生きたい。少なくとも、いま私がそう思っていることに嘘偽りは有りませんから」
なんて健気な女の子なのだろうか。
顔を赤らめながらも必死にそう言うユリシアに、ユウキはそんな感想を抱き、思わず見惚れてしまうが、レイラは顔をひきつらせながらそんなユウキの耳を引っ張る。
「いたたた。何するんだよ!」
「うるさいわね。人の男が妹にデレデレしている姿を見て何も思わないと思ってんの!」
「はぁ!?手を出して良いって言ったのはレイラじゃないか!」
「それとこれとは別なの!身体の関係は許せても、心で結ばれるのは許容できないのよ!!」
「んな、理不尽な」
ユウキは呆れながら溜め息を吐きつつも、こんな時間も悪くないと心の何処かの片隅で思っていた。