アテナ入城
◇天央歴1027年 3月12日 朝 アウローラ王国 王都・アテナ 郊外 天幕内
「師団長、野戦砲兵連隊の展開が完了しました」
陸軍第7師団参謀長──久留大佐の報告に、師団長──白瀬少将は頷く。
昨日の夜頃にアテナ郊外に到達した第7師団だったが、兵員の疲労があった為に攻撃を翌朝に延期し、休息を兼ねてその場で一夜を明かした。
敵が夜襲を行ってくる可能性もあった為に見張りはさせていたが、結局、襲撃はなく、無事に一夜を明かすことに成功した第7師団は、まず邪魔な城の城壁を破壊するためにM109自走榴弾砲やMLRS等で構成された野戦砲兵連隊による砲撃を行わせることを決め、ために同部隊をアテナから20キロ程離れた時点に待機させていたのだ。
この距離は155ミリ以上の口径の大砲であれば射程内なので、地球世界ならば相当に危険な領域だったが、大砲やそれに相当する兵器が存在しないこの大陸では十分安全圏だった。
「よし。0800に攻撃を開始。その後、砲撃の結果を確認した後、突入できると判断すれば部隊を突入させる」
「了解しました。しかし、本当に先鋒は第一戦車連隊でよろしいのでしょうか?」
久留大佐は確認するようにそう尋ねる。
ちなみに陸軍の戦車連隊の番号は普通に編成順に振っており、陸上自衛隊第2師団所属の戦車連隊のように師団の番号をそのまま振ってもいなければ、陸上自衛隊第7師団のように師団の番号と部隊の順番を組み合わせたりもしていない。
そして、第7師団は陸軍唯一の機甲師団だけあって第1から第5までの上位ナンバーの戦車連隊が勢揃いしており、今回突入する通称ナンバー1部隊と呼ばれる第一戦車連隊であり、文字通りの精鋭部隊だった。
しかし、幾ら精鋭と言っても戦車という兵器は起伏の激しい地形で使うことを想定したり、あらゆる環境で使用できるようにしたりと、各国で設計思想に違いはあれど、『障害物の少ない場所でこそ本領を発揮する』という点では共通している。
とどのつまり、戦車は市街戦には向いておらず(ただし、ロシアの最新鋭戦車であるT-14は一応市街戦を想定して設計されている)、それ故に第7師団の参謀達も戦車を先頭にすることには反対したのだが、白瀬はその意見を一蹴して戦車を前に出すことに決めた。
無論、白瀬もなんの理由もなくそんな決断をしたわけではない。
彼からすれば幾ら現代兵器で武装しているとはいえ、たった1個連隊の歩兵部隊でアテナ程の都市を占領するのは難しいと考えていたからこそ、そのような決断を下したのだ。
この意見にも一理あった。
そもそも機甲師団というのは戦車とその支援を行う装甲車両をメインに構成されている師団で、歩兵や砲兵などの部隊も一応連隊規模で存在するが、それらはあくまで補助戦力にすぎない。
そして、今回、侵攻するのは人口15万人の敵国の王都であり、幾らここまで来るのに楽勝であったからと油断して連隊程度の歩兵部隊で攻め落とそうとすればすれば偉い目に遭うかもしれないと白瀬は考えていた。
だからこそ、リスクを承知で戦車を市街戦に投入するという決断を下したのだ。
まあ、とは言っても、参謀達はあまり納得はしておらず、かくいう久留もその1人で、それ故に最終確認として白瀬にそう尋ねていたという訳だった。
「ああ、構わない。予定通り、投入しろ」
「・・・了解しました」
少々不満げな顔をしながらも、久留は傍に控えていた通信兵に司令官の命令を伝達するように命じた。
◇同日 朝 王都・アテナ 城壁
アウローラ王国の王都・アテナはこの世界では典型的な城郭都市だ。
・・・と言うより、地球世界においても世界的に見れば城の存在する街は城郭都市であるのが普通であって、日本のように城郭都市が小田原城を除いて存在しない国は非常に珍しい。
まあ、それはさておき、第7師団の存在は当然の事ながらアテナに配置された公爵派の兵士達も察知していたのだが、見るからに強そうな鎧を着た魔獣達の群れ(戦車や装甲車のこと)が多数居たことに驚き、発見した当初は様子を慎重に伺っていた。
だが、それからある程度時間が経って冷静さを取り戻した騎士達の一部がその集団に向かっていったものの、飛び出てきたゴブリンの一体を剣で仕留めた途端、苛烈な反撃が行われ、出撃した騎士達は1人残らず全滅させられてしまい、その光景を城壁の上で見ていた騎士達が怯んでしまったことで、残された兵士達はその集団を遠巻きに見ていることしか出来なかったのだ。
そして、そんな状況に誰よりも苛立ったのは、やはりと言うべきか、公爵派のトップであるセラビスだった。
「ええい!あやつらはいったい何者だ!?」
セラビスは苛立っていた。
まあ、マナヤ国軍の引き入れに失敗した上に、それがバレて中立派貴族にすら背かれ、農繁期目前での農民の動員という危険行為まで行って望んだダイソー平原での決戦でも、どういうわけかこちら側の軍がほぼ全滅(これは反公爵派も同じだが)。
挙げ句の果てに、訳の分からない魔獣の群れがアテナ郊外に展開している始末。
自業自得とは言え、ここまで自分の思い通りに行かなかった上に訳の分からない事が立て続けに起これば、苛立つのも当然と言えば当然だった。
「分かりません。しかし、よく見たところ、どうやらあれらはゴブリンではなく、人間の集団のようです。あの魔獣の群れも彼らが操っているのでしょう」
セラビス配下の老年の騎士が間違っているようで間違っていない解答を口にする。
そして、その言葉を聞いたセラビスも若干落ち着きを取り戻すが、完全に怒りの感情を払拭することは出来ず、苛立ち混じりにその騎士に向かってこう尋ねた。
「そうか。だが、それが分かったところで、私たちはどうすれば良いのだ?」
「今は籠城して外から来る援軍を待つしかありませんな」
「そうだな。駆け付けてくる勢力そのものがあれば、の話だが」
老騎士の進言に対して、セラビスは皮肉げにそう言った。
ちなみにこの時点で既にアウローラ王国の3分の2程の領土がアテナ郊外に展開する軍団が所属する勢力に制圧されていることを2人は知らない。
通信機のような物はこの大陸には存在しなかったし、あまりに進軍速度が早すぎたのと他の都市へ知らせるための伝令が上空から監視していた空軍の偵察機によって発見され、無人機の空爆によって片っ端から殺されていた事で情報が伝わる前に各都市が制圧されていたからだ。
まあ、それを抜きにしたところでダイソー平原で兵力が一気に消滅してしまっていた以上、駆け付ける余裕のある味方勢力は存在せず、居たとしても味方とは言い切れない中立派貴族の勢力になっていただろうが。
(くそっ!場合によっては、ユリシアを連れて王都の外に出なければいけないかもしれないな)
今のところ、あの集団が王都を攻撃する様子はないが、もし攻撃してくれば王都は落ちる可能性が高く、そうなれば逃げるしか選択肢がなくなる。
幸いにも王宮から王都の外へ続く隠し通路は把握しており、敵が攻めてきた場合はそれを使ってユリシアと小飼の兵と共に脱出。
その後は自分の領地か、マナヤ国に逃げ込むしかない。
セラビスはそのように考えた。
しかし、その直後──
「ん?あれは・・・まさか、魔法の矢か!?」
「馬鹿な!?あんな巨大な矢など見たことがないぞ!!」
遠方から煙と共に幾つもの光る矢のような物がこちらにやって来る光景を見た兵士達は飛んでくるそれを魔法の矢と勘違いして慌てた様子を見せ、その様子を見たセラビスや老騎士もまた慌てて城壁を下ろうとする。
だが、その瞬間──
ヒュウウウウウゥゥゥウ
風を切る音が聞こえ、セラビスはそれに構わず階段を下り続けたが、老騎士はその不気味な音に嫌な予感を覚えた。
そして──
「危ない!」
老騎士がセラビスに覆い被さった瞬間、先程セラビス達が見たMLRSの227ミリロケット弾よりも早く着弾した155ミリ榴弾がセラビス達の近くで炸裂し、セラビスの意識は暗転した。
――この日、第7師団の野戦砲兵連隊の攻撃を受けた城壁はなんとか完全な崩壊こそ免れたものの、城壁の上に居た兵士はその殆どが死亡。
そして、その気を逃さず第7師団は第一戦車連隊を先頭に進軍を開始し、城門を破壊しつつアテナ内部へと進撃。
なんとか体制を建て直そうとした公爵軍だったが、混乱していた上に戦車相手への対処法が全く分からず、殆ど一方的に撃破され、結局、その日のうちにアテナは陥落することとなった。