包囲下の街
◇天央歴1027年 3月5日 昼 アウローラ王国西部 キトラス
アウローラ王国侵攻から4日が経過し、上陸した陸軍及び海兵隊はアウローラ王国領土の実に3分の1の占領に成功する。
だが、市街戦をなるべく避けたいユウキの方針から、侵攻過程で幾つかの都市が包囲に留められる形でスキップされており、このアウローラ王国西部の街・キトラスもその内の1つだった。
「なんなんだ、あいつらは?」
キトラス西部に存在する見張り台から街を包囲する陸軍第4師団第6歩兵連隊の様子を伺うその兵士は、そんな言葉を口にする。
先に占領されたオルクスと同じく中立派の貴族が治める領地に位置するこの街は、郊外で魔獣や魔物が多く出没する以外は内戦が発生してからも住民達は極めて平穏な生活を送っていた。
だが、2日前の昼頃に何時かこの街にやって来た冒険者集団を名乗る傭兵団のような男女が着ていたのと同じ緑色の斑模様の服をした軍勢が突然現れ、街を囲み始めたのだ。
幸い、すぐさま街に居た兵士達が展開し始めたことで、それ以上何かしてくることは無かったが、物流は完全に途絶えることとなり、街の住民は不安を感じていた。
「突然現れたと思ったら、街を囲んだだけで攻めてくる様子は一度もない。いったい、何がしたいんだ?」
「おそらく、こちらが根を上げるのを待っているのだろう」
「あっ、た、タイラー様!し、失礼しました!!」
「いや、大丈夫だ。話を勝手に拾ったのは私だからな」
恐縮した様子の兵士にそう話しかける如何にも騎士といった感じの鎧を着た青年。
彼の名はタイラー・フォン・ジャクター。
ジャクター男爵家の次男坊であり、元々はこの街に駐留する騎士団の1人であったが、クーデター騒ぎに巻き込まれることを嫌ってクーデターの話を聞くや否や逸早く騎士団を退団し、現在は一傭兵の身分となっている人物だった。
「それと様は要らん。もう騎士ではないし、勝手に退団したせいでもう貴族かどうかも分からん身の上だからな」
「は、はぁ。それで、根を上げるのを待っているとはどういう?」
「言った通りだ。どういった理由かは知らないが、敵は兵糧攻めでなるべく損害なくこの街を落としたいんだよ。この国は現在、内戦中で外側から援軍が来る可能性は低いしな」
「しかし、兵糧攻めというのはもっと大きな城塞都市等でやるべきものではありませんか?この街は街の規模こそ大きいですが、立派な城壁などは有りません。普通に攻めた方が早いと思いますが」
「さあ。先も言ったように理由など分からんよ。何か理由があるのかもしれんし、単に余裕があるだけかもしれん。だが──」
「だが?」
「どちらにしろ、攻めてこないことがこちらにとってありがたいことなのには変わりない。もし攻められたら、防ぐ術はおそらく無いからね。そんなこと、君も“あの者達”と接触した身なら気づいているのだろう?」
「・・・はい」
「ならば、不安に駆られたからと言って余計な刺激はしないことだ。幸い、内戦騒ぎで籠城することを考えてこの街には食料はそれなりに確保されているし、今は敵が動かない限りじっとしているべきだろう」
その言葉に兵士は何も反論できなかった。
◇同日 夕方 アウローラ王国北西部 セルス
相手が攻めてこないことを良いことに手を出さないことを選択したキトラスの兵士達。
だが、誰もがそのような選択を出来たわけではなく、逆に街を包囲する軍に手を出してきた存在もあった。
「伍長殿。こいつら、どう見ても軍人じゃありませんよね?」
去年、第一海兵師団に配属されたばかりの富永一等兵は、つい一時間前に自分達の部隊の銃撃によって射殺した敵兵の死体を見て、同じ部隊の上官である牧川伍長にそう問い掛ける。
彼らの所属する第一海兵師団第3歩兵連隊はウェルデンヌ王国との国境近くに存在するアウローラ王国北西部の街──セルスの包囲を担当したのだが、こちらはキトラスとは違い、街に駐留するアウローラ軍の指揮官は包囲する海兵隊を撃退しようと街を出て攻勢を行ったのだ。
しかし、結果は既に陣地を整えていた海兵隊の迎撃によってものの見事に返り討ちに遭い、街の外には大量の死体が発生することとなっていたのだが、その中に明らかに兵士とは違う服装をした男の死体を偶々見た富永は、その男は軍人ではないのではないかと疑っていた。
そして、案の定というべきか、尋ねられた牧川は富永に対してこんな言葉を返す。
「ん?ああ、大方、街の住民を臨時に民兵に仕立てあげたんだろう。本人達が志願してやったことかは知らんが、もし強制だったとしたら気の毒な話だな」
そう言いながら、牧川もまた男の死体を見て眉をしかめる。
彼は志願兵なので、何時でも死ぬ覚悟は出来ていた。
と言うより、そうでなければ有事の際にいきなり実戦を経験する可能性が高い海兵隊などに入隊などしない。
生半可な覚悟でやっていけるほど海兵隊は甘くはないのだ。
だが、それ故に強制的に徴兵された兵士を撃ち殺すのには思うところがあった。
まあ、だからと言って容赦などしなかったが。
「だが、この世界の文明レベルでは珍しいことではないだろう。特に内戦で街を守備する兵力が出払っているこの状況では」
そう、別に街の住人を徴兵することは中世どころか、近代でも珍しいことではない。
実際、太平洋戦争時の沖縄戦では逃げ遅れた沖縄の住民が徴兵されたりしているのだから。
そして、牧川はアウローラ王国内部の詳しい政情こそ知らなかったが、この国が内戦をやっていることは知らされており、それによる兵力不足と指揮官の無能ぶりから、こちらが攻めているわけでもないのにいきなり武装した住民でぶつけるという暴挙をやらかしたのだろうと推測していた。
この推測は8割方正しい。
なにしろ、この街の存在する領地は反公爵派の貴族が治めていたのだが、その当主は街に居た傭兵を金でかき集めてダイソー平原に出撃してしまい(そして、先日の空爆で戦死した)、領主が帰ってくるまでの代理として領地を運営していたのはあまり優秀とは言えない長男だった。
まあ、それでも何事もなければそれで良かったのかもしれないが、偶々この街を訪れていたところで街そのものが第3歩兵連隊に包囲されてしまい、そのことで焦った結果、徴兵した街の住民を巻き添えにして無謀な攻勢に出たというのが真相だったのだ。
「そうですかね?」
「多分、間違ってはいなかったと思うぞ。高校時代の歴史の授業でそんなことを聞いたことがあるような気がするしな。まあ、それはそれとして、あんまり気に病むな。これは戦争だ。新兵のお前には難しいことかもしれんが、そう納得するしかないんだ」
そんなことを言いながらも、内心では納得は難しいだろうなと牧川は思っていた。
軍に入る前の一般的な学校では人殺しは悪いことと習う以上、それと矛盾するような軍の任務は心理的な負担が生まれやすい。
まあ、それでも余裕のない状況ならばそういった負担は自然と軽減される(代わりに命の危険は増すが)のだが、逆に今回のような余裕のある戦闘だと、自分が人殺しをしているという事を強く自覚してしまい、それが心理的な負担となって、場合によっては心的外傷へと発展してしまうのだ。
特に訓練期間が短い新兵の場合はそれが顕著なので、そうならないように牧川も気を使って喋っていたのだが、幸いにも富永はそういった事は比較的割り切れていた方の人間だった。
「分かっています。教官に散々言われましたから。・・・でも、実際に経験すると理解と納得は別なんだなと思えてきます」
「・・・そうだな。少なくとも、慣れたくはない光景だからな」
2人の海兵隊員はそう言いながら、憂鬱げに周囲の警戒を続けた。