先制爆撃
◇天央歴1027年 2月25日 昼 アウローラ王国 ダイソー平原
アウローラ王国中部に存在するダイソー平原。
大きくもないが、それなりの大軍が展開するには十分な広さを持つその場所ではパッシェ公爵派の貴族連合と反パッシェ公爵派の貴族連合双方の領軍が衝突しようとしていた。
「連中、正気か?」
反パッシェ公爵派軍の指揮官──アウスト・フォン・ゲッペルスはパッシェ公爵派軍の領軍の数の多さに絶句していた。
現在、この平原には敵味方合わせて10万人を越える兵力が集結していたのだが、その内の7割は公爵派軍のもので、彼らは兵力の点で反公爵派軍を圧倒していたのだ。
だが、アウストが一番驚いたのは、公爵派軍の中には明らかに農民出身の者が混じっていたという点だった。
通常、戦争において農民が戦に参加するのは普通のことだ。
日本でも戦国時代までは農民が普通に戦に参加していたし、戦国時代となってからも、金が無いがために常備軍を形成出来なかったり傭兵を雇えなかったりした国は積極的に農民を戦へと投入している。
それはこの世界でも同じで本来ならなんら不自然な点は無い筈なのだが、実は地球世界でもこの世界でも近世となる前の文明の軍隊の原則では、“農民は農繁期の時期には戦に投入できない”という暗黙のルールが存在しており、公爵派軍はそのルールを明らかに破っていたのだ。
(あれでは今年の農作物の収穫は期待できなくなる。幾ら我が国が豊かな土地だからと言って、種を撒いたりしなければ何も採れんではないか)
そう、当たり前の事だが、農作物というのは種を植えたり巻いたりしなければ収穫することは出来ない。
そして、農繁期というのは農作物を育てる上で忙しくなる種を巻いたりする時期とそれを収穫する時期を表しており、今の時期は前者の間近の時期だったのだが、その時期の農民を兵隊として徴兵するという行為は戦に勝っても食料不足となって国が崩壊しかねないという本末転倒な展開になりかねないのだ。
だからこそ、前述した“暗黙のルール”が存在した訳なのだが、それを公爵派軍が無視したということはパッシェ公爵派の貴族達は形振り構っていられなくなったという事を意味している。
「いや、それともこの戦いをすぐさま終わらせて農作業に戻させれば良いと思っているのか?・・・どちらにしても、こちらが苦戦することは確かだが」
アウストは苦戦を覚悟していた。
何せ、形振り構わず数を集めた敵に対して、こちらには貴族達の私軍と傭兵ギルドで傭兵達しか居ないのだ。
幾ら農繁期の関係で敵が長期戦を選ばない可能性が高い事が分かったとは言え、自分達が選んだのは敵も望んでいたであろう短期決戦。
これではアウストでなくとも苦戦は必至だということはすぐに分かる。
(・・・こんなことなら決戦など選ばなければ良かったな)
あまり長期戦になると本格的な内戦になって諸外国に付け入る隙を与えてしまうという懸念と公爵派がこの時期に軍を動かすらしいという情報を手に入れたことでこの地を決戦の場と指定して兵力を集結させたのだが、蓋を開けてみればこのような不利な状態での戦いを強いられようとしている。
そう考えると、決戦を選んだのは失敗だったかもしれないが、仮に決戦をやらずに各領地に引きこもることを選択した場合、反公爵派の貴族達が各個撃破される危険性もあったので、必ずしも間違っていたとは断言できない。
──もっとも、どちらにしたところでこの不利な戦況どうこうできる訳ではなかったのだが。
(兎に角、今はどうにかこの会戦を最小限の被害で乗り切って長期戦の準備を──)
そこまで考えたアウストだったが、その先を考えることは永遠に出来なかった。
何故なら──
ドッガアァァァアン
──遥か上空より投下された1000ポンド爆弾の高性能炸薬がアウストのすぐ側で炸裂したことによって、彼の肉体はその頭脳共々跡形もなく吹き飛んでしまったからだ。
◇同日 夕方 東京 冬宮邸 自室
「──そうか。分かった、報告ご苦労だった」
空軍長官からの報告を電話で聞いたユウキはそんな労いの言葉を口にして電話を切る。
(これで貴族達の大半の領軍は壊滅だな。特に農民までも動員したパッシェ公爵派の軍は致命的と言っても良いだろう)
現在のアウローラ王国の政治的勢力分布は公爵派が5、反公爵派が4、中立が1といったところだ。
見ての通り、殆どの勢力が旗色を鮮明にしているが、ついこの前までは中立派の比率は3で反公爵派が2だった。
それが変わったのは、どうやら公爵派がマナヤ国を引き入れようとしていたことが中立派の貴族達にバレたかららしい。
そのせいで中立派貴族の大半が反公爵派に回ったとの事だ。
そして、両者の兵力がダイソー平原という地域に集まったところをB2や無人機を用いて叩いたのがユウキ達だった。
本来の作戦では空爆は上陸作戦後までは行わない予定だったのだが、敵兵力が平原という見晴らしの良い場所に集結していた為にこれ幸いと作戦を変更してこれを殲滅することにしたのだ。
(この空爆で大体10万人くらいは吹き飛んだ筈だ。アウローラ王国の人口は確か200万人だったから・・・人口の5パーセントが消し飛んだ計算か)
その事実を改めて認識したユウキは思わず体が震えた。
如何にこの2ヶ月である程度実戦に慣れ、消し飛ばした軍勢が一般人ではないと言っても、流石に10万という数字はユウキを動揺させるには十分な数だったのだ。
「・・・今度こそ、地獄に落ちるかもしれないな」
また死んだ後、本当に地獄に落ちるかどうかは分からない。
他の世界に転生する可能性だってあるし、はたまた地球に転生し直すなどという事も有るかもしれないからだ。
だが、今世での自分の悪業を考えればその可能性は十分に有り得る。
しかし、それでも立ち止まるわけにはいかない。
なにしろ、この国はゲームの中とは言え、ユウキが前世で創った国には変わり無いのだ。
そして、創った張本人である以上、ユウキにはこの国を存続させる義務がある。
その為ならば、なんだってする覚悟は既に決めていた。
「・・・それはそれとして、女王を捕らえた場合の処遇を今のうちに決めておかないとな。レイラは死刑で良いと言っていたが、安易にそれを選ぶわけにもいかないし」
ユウキも流石に一国の女王をいきなり処刑するという行為には躊躇いがあった。
そんなことをすればアウローラ王国を支配する正当性が保てない可能性があるからだ。
もっとも、彼女の人柄が本当に相当な屑であったとならば、何かされる前にどさくさ紛れに暗殺するつもりだが、今のところは一度も会ったことがないので、そこら辺の事はなんとも言えない。
「・・・やはり一度会ってみるしかないか。ああ、でも、その女王は確か相当な魔法の使い手だという話だったな。だったら、あらかじめ魔法を封じる魔道具か何かを装着させておかないと」
流石にノコノコと出向いて魔法で殺されたり、洗脳されたりするのは格好が悪すぎる。
そう思ったユウキは、万全の体制で会談に望むことに決め、取り敢えず女王の処遇はその会談の場で決めれば良いと結論付けた。
──もっとも、それらは女王がアウローラ王国制圧の時点で死んでいなければの話だったが。
「それとウェルデンヌ王国の偵察隊から寄せられた向こうの政府からの打診は検討する価値がありそうだな。上手く行けば、武力を投入せずに資源を手に入れることが出来るかもしれない」
そう思ったユウキだったが、食料の早急な入手と反対する勢力も居るらしいので、やはり見せしめのためにもアウローラ王国は制圧しておく必要がある。
まあ、彼の国を占領することはウェルデンヌ王国を却って刺激してしまうことになり、その結果、この話はご破算となってしまうかもしれないが、その時はその時だとユウキは開き直っていた。
「さて、運命の日まであと4日。果たしてどんな結末が待っていることやら」
ユウキはこの国の行く末を想いながらそう呟いた。