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男装令嬢はポーカーフェイスがお得意で。

作者: 千秋 颯

 在る所に容姿端麗、文武両道と謳われる若き侯爵がいた。

 エメリー・アークライト。齢十五で父を亡くしてその爵位を受け継いだ彼は、十八になるまでに幾度と危機に晒された。しかしその殆どを自身の武力のみで制してきたという。

 そんな彼は常に柔らかい物腰と微笑から社交界での――特段令嬢方からの評判が良かった。


 しかし、彼の本当の正体を知る者は極僅か。

 その内の一人がエメリーの従者、イリスという男だった。




 社交界パーティーの盛り上がりが最高潮を迎えた零時前。

 エメリーはイリスを従えて休憩用に設けられた一室を借りた。


「背を向けていろ」


 凛とした中性的な声に命じられ、イリスは背を向けた。


「よもや、こんな物に袖を通す日が来るとはね」


 エメリーは僅かな衣擦れを伴いながら質の良いタキシードを脱ぎ払っていく。

 ランプ一つという心許ない灯りに照らされるのは細くしなやかな手足。そして胸を押さえつけたさらしだった。


「良し」


 数分の間の後。短い声を合図に振り返ったイリスは瞬きを繰り返し、暫し目を奪われる。


「流石の衣装も、主がこんな様ではな」


 彼――いや、彼女は豪奢なドレスに身を包み、そこから覗く腕を見ていた。

 露見した白い肌に刻まれるのは危機を切り抜いてきた数だけの切り傷。

 自嘲気味に呟きながらも、その体躯とは不釣り合いに整った顔がいつもと変わらない微笑を見せる。

 腹の探り合いを続ける社会に揉まれる彼女が選んだ仮面だ。


 父が命を落としてからというもの、彼女はその性別を偽ってきた。

 家名に恥じない地位を築く為。一人孤高に戦い続ける為に、彼女は少女の時間を捨てた。


「似合ってますよ」

「冗談はよせ」


 嘘じゃないですよと返しながら、イリスは彼女の傷を指先で優しく撫でる。

 よくもまあ、ここまで身を削ってきたものだ。そう思った。


「……大丈夫ですよ。もう、貴女が一人になることはありませんから」


 優しく言い聞かせる様に告げる声。

 僅かに見開かれた双眸。仮面に罅の入る音。


「行きましょう、今宵の主役は間違いなく貴女です」

「……ふはっ」


 差し出された従者の手を取ったエメリーは、小さく吹き出して笑った。

 がらがらと崩れた仮面。その下から覗いたのはあどけない少女の笑顔だった。


 慣れないヒールを鳴らして、ドレスの裾を引きずって。

 明るみの差すホールへその身を躍らせる。


 煌びやかな照明が喜んで二人を迎え入れた。




 どこからか零時を告げる鐘が鳴る。

 少女の呪いはたった今、解かれたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  侯爵令嬢でありながら、令息と偽り続けたエメリーの力強さと美しさ。そして、そんな彼女が唯一とも言える心を許せる男性のおかげで偽りの仮面を脱ぐ。  その姿を1000文字という制限の中で見事に…
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