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一話


春、それは新たなステージへと挑むシーズンである。特に、学生たちにとっては人生の経験値を得る貴重な時期でもある。

 ここ、カワンガ魔闘士学園でも入学式が行われていた。そしてその敷地内のジムにおいてウォーミングアップを行う者が一人。

 

「しゃあっ、ふっ」


 彼は魔力(オーラ)をその引き締まった体に流しながら、ジャブやソバットやらの格闘技を練習していた。


「あいつ二時間ぐらい続けてるぜ」


「なかなかタフなやつだな……何年生だ?見たことない顔だが」


 その練習風景を、三人の学生が見ていた。


「制服から見るに新一年っぽいが……おい見ろよあいつのオーラ」


 そのうちの一人が練習を続ける少年を指さした。その少年は周囲に水蒸気に灰色が着いたようなモヤを纏っている。


「あいつ、無色(モノ)のオーラだぜ!まさかあれで”お手合わせ”するんじゃないだろうな?」


「おいおいおい、もしそうならやべーぞ」


「よりによって今年はあの玉城(たまき)先輩だからな……」


「死ぬぜあいつ……俺たちで弔ってやるか」


 などと、三人が騒いでいる背後から一人の中背中肉の中年教師が出てきた。


「君たち、何を騒いでいるんだい?」


「あっ先生!いや、あの一年の子がですねぇ、二時間ほど練習してて……」


 教師が生徒たちの視線の先を見据え、少年の姿をその眼に眼鏡越しに捉える。


「ほう、モノのオーラですか」


 そして彼は少し笑みを浮かべて、続けた。


「大したものですね、あのオーラの活用法。」


「ど……どこがっすかぁ!?」


 教師の言葉を聞いた生徒たちは驚いて、再度少年の方を振り向いた。


「だってモノには属性がないじゃないですか!」


「確かに属性はありません。しかし、それでも肉体強化は十分にできます」


「で……ですけど……」


「それにあのオーラの錬成量、流石としか言いようがありません。かつてアメリカ大陸に存在していたナイアガラの滝のように勢いよく噴出させながらも、息切れの一つもない」


 三人の生徒の心配と一人の教師の感心をよそに、少年はウォーミングアップを既に終え、ジムを後にした。




 その少年はある悪夢を見ていた。その夢の中で彼は、底なし沼に成す術なく飲み込まれているような絶望感に襲われていた。


 目の前で自分家と家族が燃えているのに、彼は金縛りにあったかの如く、そこから一歩たりとも動けず、それどころかその惨状から目を背けることすら許されない。


 助けを求める声が聞こえ、消防車の甲高いサイレンが響く。焦げ臭い匂いが鼻を貫き、熱気が体にまとわりつく。


 それはまさしく地獄であった。

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「昇…昇…」


 その時、どこからか少年の名を呼ぶ声が聞こえた。その声によって彼は体中を汗まみれにしながら、悪夢から目覚めることができた。


「昇、またあの夢を見たのか?」


 心配そうな様子で声をかけたのは高身長の単眼の女性だった。彼女が昇を起こしたようだ。


「そうみたいだな……やっぱり、緊張するとあの夢を見やすいらしい」


「今日は入学式だからな、緊張してもしょうがない。とりあえず着替えを済ませようか、昇」


 そう言うと、彼女は昇の服を脱がし始めた。


「待て、なにをするんだ!やめてくれ美奈ねぇ!」


 昇は急いで美奈と呼んだ少女の手を止めさせる。その手は、ズボンを下ろす直前で止まった。


「なにって……可愛い義弟の着替えを手伝おうとしただけだが?ネクタイとかもあるし……」


「流石に俺でもそれぐらい出来るぞ?!美奈ねぇは下で待っててくれ!」


 昇は美奈を部屋から追い出すと、急いで着替え始めた。追い出された彼女は、不満そうに口を尖らせて膨らせた。


 昇が支度を終えて下に降りると、湯気を立てた一汁三菜の朝食が二対、並んでいた。主菜はベーコンエッグ、副菜が野沢菜の漬物と味噌汁。バランスの取れた食事である。


「お父さまとお母さまはまだ寝ている。先に食べていてくれと言われた」


 美奈が椅子に座りながらそう言った。


「お母様も見に来れないのか……」


 昇は白飯を頬張りながらも、少し寂しさを感じていた。


 朝食を終えて支度を済ませると、二人はいつものように並んで学校へと向かった。これは彼らが小学生の時から変わらなかった。



 


 「準備を終えた一年生は至急、スタジアムまでお越しください」


 ジムのスピーカーからアナウンスがそう告げた。


「そろそろ行かないとな」


 アップを済ませた昇は、自分の籠手を履くと、スタジアムへと急いだ。


 ここ、カワンガ魔闘士学園では、他の科と同じく、入学の際にクラス分けが行われる。

 他と違う点としては、生徒の「魔力」「戦闘力」「思考と知識」を基にして分けられるという点だ。

 そして昇は、その三つの内の一つである「戦闘力」を、今から「手合い」によって計測される。

 手合いとは、新入生が生徒と戦闘を行い、その戦法によって力を判断するという試験である。

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 バリアを張られたスタジアムには、教師、生徒、その親たちが年齢や種族を問わず集まっていた。彼らが見守る中、一人の生徒が出てきた。その生徒は、尖った耳を持った長身の男エルフで、槍を肩に担いでいる。


 彼が出てきた瞬間、多数の女子たちが黄色い歓声を上げた。その人気はなかなか凄まじいようで、横断幕まで掲げられている。

 その大人気な生徒とは反対の方向から昇は出てきた。だが、誰も彼に見向きせず、気にも留めていないようだ。


 しかし、何人かは彼を食い入るように見ていた。もちろん美奈もそこに含まれている。


 止まない歓声の中、エルフの生徒は昇に話しかけた。


「君が……万行昇くんだね?不幸だったねぇ、初手が僕だなんて」


「いいえ、そんなことは思ってはいません、玉城先輩。むしろ幸運ですよ」


「ほう?そりゃまたどうして」


「あなたが歓声を浴びれるほど強いのなら、勝っても負けても自分の糧になるので」


 昇はそう言うと、ニッと笑みを浮かべ、拳を固めた。玉城はその笑顔を見て、カッと怒りを感じた。それと同時に疑問も抱いた。


(何故この新一年は、こんなにも達観しているというか……落ち着いているんだ?)


 玉城の疑問をよそに試合開始のゴングが鳴った。それと同時に、両者、自身の体にオーラを流す。すると、互いの体から流紋が出始めた。玉城の周囲には緋色、昇の周囲には透明無色のオーラが浮かぶ。


 先に仕掛けたのは玉城。槍に緋のオーラを纏わせて、弾丸のように昇を目掛けて突っ込む。


(明らかな直線運動……!まさかこれだけでは済まさないよな?)


 彼は最小限の動きでそれをかわしつつ、攻防どちらにも移れるように両腕にオーラを集中させる。かわされた玉城は槍を会場の地面に刺し、急ブレーキをかけた。


(次はどう攻めてくる……?)


 昇がそう思った瞬間、玉城は槍を踏み台にして、空中へと飛び上がった。そして足にオーラを行きわたらせ、回転しながらキックを仕掛ける。


「キター!玉城さまの大技『燃焼強襲脚(バーニングブリッツ)』よ!」

「一年の子には悪いけど、玉城さまのあの技を見れてラッキーだわ!」


 観客の歓声が飛ぶ。昇はそれを意に介せず、防御の体制を取った。


羽衣防壁(フェザーシャッター)……!これで衝撃を吸収するッ……!)

 

 重い一撃を、昇は強化した腕で受け止めて弾いた。しかし、玉城はそれに動じず、すかさず受け身の体制に入る。

その瞬間を狙って、昇は彼の懐に潜りこみ、鋭いアッパーを食らわせたが、拳は顎を掠れて、玉城の髪を少し切っただけだった。

しかし、それが逆に彼の逆鱗に触れることになった。


「君……今僕の髪を切りやがったね……」


 玉城は自慢の髪を切られて怒髪が天を貫きそうな様子だった。


「いや、すいません、そんなつもりじゃ……」


「許さないよ……君を……ハチの巣にしてやるっ!」


 彼は突き刺さっていた槍を握りしめ、引っこ抜いた。刃引きがされているとはいえ、本気で刺されたならケガは免れないであろう。その修羅のような顔を見て、昇はそう思った。


「まずは君の髪を焼き尽くしてやるッ!」

 玉城は槍を炎に包んで構え、突撃してきた。


業火強襲槍(ヘルファイアブリッツ・ランス)ッ!これなら避けられないはずだ!)


 槍に纏われた業火は激しさを増して、遂には玉城をも包んだ。直撃ならもちろん、かすっただけでも大怪我は免れないだろう、そう考えた昇は少し不安を覚えた。


 観客席にいる美奈に、騒ぐ女生徒の一人が話しかける


「あの子ちょっとかわいそうね、入学早々皆の前で燃やされるなんて」


 言葉では同情しつつも、その表情には嘲りが含まれていた。しかし、美奈は彼女の言葉に怒りを表さず、それどころかキョトンとした顔で言った。


「……??なにを言っているんだ?まだ当たってもいないが?」

 

 女生徒はその余裕さに少し焦って反論する。


「いや、あの状況はどうやってもケガしちゃうでしょ!?」


 それでも美奈は動じなかった。それどころか軽く笑ってすらいる。


「彼はそんなに……ヤワじゃない。なんせ私が鍛えたのだからな」


 美奈は当惑する生徒を尻目に、自分の義弟に微笑みを向けた。


 打って変わってスタジアム。昇は全身のオーラを再び腕へ集中させ、両方の手のひらを前へと突き出し、腰を深く落とした。


「あれは……基礎の防御技法か……?あんなもので防げるというのか……?」


 観客席にいた一人の男子生徒が呟く。彼はフードに隠した緋色と蒼色のオッドアイで昇を興味深そうに見ていた。


「血迷ったかっ!そんなショボい『盾』なんかでっ!」


 玉城の槍は更に激しく太陽の如く炎を纏う。辺りに熱によって陽炎ができる。


「僕のこの一撃が防げるものかぁぁぁっ!」


 彼はそう叫ぶと、腕を大きく豪快に振り、膨張した”太陽”を槍投げの要領で昇目掛けて放った。太陽はとんでもない勢いで風を切って小さな盾を貫こうとする。

 そして昇の体は火球に包まれ、炎が観客席を包むバリアを焦がした。


「いやぁ僕としたことが、少々本気を出しすぎてしまったようだねぇ」


 玉城はそう言いながらニヤリと笑った。


「あちゃ~やっぱりあの子やられちゃったみたいねぇ?」


 女生徒がニヤニヤと笑いながら美奈に話しかけた……が、美奈はやはりそれを涼しい顔で流していた。


(やってみせてくれよ……昇!)


 万行昇は入学式初日に自分によってメンツを叩き折られる……玉城はそう考えると笑いが止まらず、彼の方を見た。


そこには人の形をした炭がある……はずであった。


 しかし、

「どうやら上手くいったみたいだな……」


「なんだぁっ!?」


 玉城はその声の方を振り向いた。そこには煙が立ち上がっている。その黒煙を手で払いながら昇が現れた。


「枝垂桜しだれざくら……美奈姉ぇから習っておいてよかった……」


「き……君……なんで……」


 なんと昇は火球を防ぎ切った。それどころか体についた砂埃すら払う様子も見せている。


「はわぁ~すごいです~自身のオーラで炎を水のように流したんですね~」


 観客席で無心にホットドックを食べていた、顔を黒い毛に覆われた羊の獣人が、感動してそう呟いた。


「今度はこちらの番です」


 昇はニィッと笑って反撃の構えへと移った。




 



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