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209話


 ドクポリ解放戦線が前線に到着して、およそ五日間ほど。


 両軍は互いに攻勢に出ず、延々と土木作業に徹していた。

 

「賊の連中、突撃してこないな」

「とことん待つみたいですね」


 互いに余計なことはせず、アリの巣のように塹壕を張り巡らせ、敵が突撃してくるのを待った。


 その結果ジリジリと、塹壕間の距離だけが詰まっていった。


「ルイ兄さん。そろそろ砲撃魔法の射程に入りますので、警戒の指示を」

「砲撃魔法……か。敵に砲兵はいるだろうか」

「いたら正規軍で確定です。砲撃があればすぐ撤退しますよ」

「分かってる」


 塹壕間の距離が百メートルを切ってから、トウリは砲撃を警戒し始めた。


 ただの賊が、砲兵を抱えているわけがない。


 砲撃魔法使いが配備されているなら、正規軍でほぼ確定だからである。


「このまま砲撃がなければ、突撃を敢行しても良いでしょう」

「そうか。うまくいく確率は、どれくらいと見てる?」

「三割ほどでしょうか。かなりの犠牲が出るでしょうね」

「たった、三割か」

「たった?」


 塹壕戦は防衛側有利。突撃成功率は、あまり高くはない。


 なのでこの『成功率三割』というのは……


「三割も成功率があれば十分ですよ。敵の塹壕を占拠するというのはそういうことです」

「……」


 十分に作戦決行に値する、良い数字と言えた。


「いや三割も成功せんじゃろ、楽観がすぎるわ。いいとこ一割じゃないかの」

「ジェンさん……」

「まぁ、敵さんの練度次第じゃがなぁ」


 同じく戦争経験者ジェンは、トウリの予想を楽観的だと切って捨てた。


 東西戦争を経験していたら百人の突撃で三割も成功するとは思えない。


 そんな老兵に対しトウリは、


「いえ、三割は成功させて見せますよ。自分とジェンさんが奮闘すれば、ね」

「だっはっはっは! そうじゃな、やってみせちゃるか」


 まるでジョークのように、笑って応じた。


 それは、たくさんの死者が出るだろう作戦の直前とは思えない、朗らかな雰囲気だった。






「各員、塹壕壁に駆け上がるためのとっかかりを準備してください。いよいよ作戦開始ですよ」

「おう!」


 そして、いよいよ突撃作戦決行の時刻が迫ってきた。


 作戦開始は、明朝午前四時。


 トウリ隊とジェン隊の二班に分かれ、朝日を背に突撃を仕掛ける方針とした。


「随分ギリギリまで、縦穴を掘り進めたな」

「これが連合軍が得意としていた『浸透戦術』の種ですね」

「急に地面から敵が湧いてきたのはこういう絡繰りか」


 トウリは、塹壕戦の結論と呼ばれた『浸透戦術』にも詳しかった。


 敵に察知されぬよう隠れ、ギリギリまで潜んで一気に距離を詰める。


 それはフラメールの英雄アルノマが得意とした、塹壕戦の結論とされる戦術である。


「大切なのは音を立てず掘り、声を出さず潜むこと。察知されたらおしまいです」

「ふーむ。これなら確かに、三割くらいは成功しそうじゃな」


 ドクポリ解放戦線は、一週間の作戦期間のうち五日を『準備』に費やした。


 穴を掘り、塹壕を作り、にらみ合い、息をひそめた。


「いよいよ、決戦です」

「おお」


 ドクポリ解放戦線は、兵站を形成していない。


 一週間分の食料物資をもってきただけだ。


 なので戦闘が出来るのは、あと二日だけ。


「最終確認です、ルイ兄さん。本当に、作戦を決行してよろしいですね?」

「……」

「作戦が終了したその時。勝敗はどうあれ、ルイ兄さんの前にこの場の全員が揃っている可能性はほぼありません」

「そう、だよな」

「オースティン正規軍に任せて、待つ道もあります。たくさん犠牲を出してなお、作戦を敢行する覚悟はありますか」


 決戦の直前、トウリは改めてルイにそう確認した。


 このまま全員で突撃を仕掛けたら、何人が生きて帰れるか分からない。


 全滅して、遺骸を野に晒すだけかもしれない。


「ああ、ある。覚悟なら最初からある」

「ルイ兄さん」

「俺が怖かったのは、みんなの覚悟を無駄にすることだけだ。俺の力不足で、みんなの想いを踏みにじりたくなかった」


 全員の命を背負う覚悟があるかという問いに対し、ルイは力強く首肯した。


「トウリのおかげで、入念な作戦計画になった。きっと、俺たちができうる限りの準備は整えたと思う」

「……はい」

「あとは命を懸けて戦うのみ。その覚悟だけは、最初から持ってたんだ」


 ルイはそう言うと、トウリの頭を撫でて笑った。


 その瞳に宿る決意を見て、小さな衛生兵はため息をついた。


「お前こそ、付き合わなくていいんだぞ。大事な仕事があるんだろ?」

「いえ、お付き合いしますよ。成功率三割というのは、自分が先陣を切った上での数字なので」

「トウリがいなけりゃ、成功率はどうなる?」

「0%じゃないですかね」

「意外と言うなぁ、お前」

「自分は昔から、幸運持ちといわれていまして」


 トウリはため息をついて、そんな軽口をたたいた後。


 ルイを、塹壕にもたれかかって空を見上げ、


「何度も負け戦を経験しましたが、まだ一度も死んでいないのですよ。ね、幸運でしょう?」

「間違いない」


 クスクスと、トウリはいたずらっ子のように笑った。






「────爆発音! 砲撃だ、伏せろ!」

「へ?」


 突撃作戦まで一時間を切って、そんなバカな話をしていたところ。


 戦場でおもむろに爆音が鳴り響き、ジェンが叫び声を上げた。


「敵に砲撃魔術師が!? やはり正規軍────」

「い、いや。砲撃魔術師じゃない、なんだあれは!」

「……砲兵じゃない?」


 トウリもルイも、その突然の砲撃に面食らった。


 その砲撃は隣接陣地を直撃し、仲間の数名を爆炎に飲み込んだ。


「まず砲撃をやり過ごしましょう、壁際に寄ってください!」

「衝撃に備えろ! あわてるな、冷静に対処しろ」


 砲撃魔術師ではない『何か』による砲撃。


 トウリは塹壕壁に張り付いて、敵の様子を伺った。


「アレが砲撃魔法じゃないなら、手榴弾の射出とかでしょうか? ジェンさん、敵の位置は」

「かなり近いぞ、俺らの正面じゃないか!」


 ……砲撃魔法や手榴弾で守りを弱めてから、制圧突撃を敢行する。


 それは塹壕戦における、もっとポピュラーな戦略だ。


「────え」


 だからトウリは、この爆発音を準備砲撃だと思った。

 

 敵の砲撃魔術師による、突撃の前準備なのだと。


 ……だが。



「何の音だ、これ」

「車……?」



 キュロキュロキュロ、と。


 聞きなれない機械音が、塹壕に鳴り響いた。


「見たこともねぇ、妙な何かが迫ってきちょる!」

「な、何だ?」

「偵察鏡、自分に貸してください!」


 それは兵士の雄たけびでもない。


 発砲音でも、魔法の発動音でも、風銃の音でもない。


「……まさ、か。なんでアレが!」

「どうしたトウリ、何が来ている!!」


 遠く、敵の塹壕に建てられた木壁の裏で、巨大なモノが蠢いた。


 それは妙な音を立てて、ゆっくりこちらへ直進してきていた。


「ルイ兄さん。手榴弾を投げる許可をください」

「お、おお。頼んだ」

「投擲します」


 トウリはすぐさまピンを抜き、音の方向を見つめると。


 振りかぶって思い切り、手榴弾を投擲した。


 カラン、コロンと手榴弾は地面を転がり、そして。


「……あっ!」


 耳をふさいだ背後の平原に、眩い爆発が巻き起こる。


 トウリが投げた手榴弾は、無事に『ソレ』を爆風に巻き込んだ。


 しかし、その行動にどれほど意味があっただろう。



「────戦車(タンク)じゃないですか」

「なんだって?」



 煙の中から現れたのは、鉄で覆われた大きな車だった。


 砲台と銃座を備えたソレは、この世界では見慣れぬ『最新兵器』。


 ソレは手榴弾の破片など意に介さず、平然とこちらへ突き進んできた。


「……撤退」

「トウリ?」

「撤退です! あれは、あんなものを賊が持っているわけがない!」


 戦車。それはトウリの前世で、第一次大戦の末期に導入された『塹壕を突破するための兵器』である。


 こちらでも世界大戦当時、エイリスがコツコツと戦車の開発を続けていた。


 しかしアルノマの抱擁により終戦し、平和になったため『お蔵入り』となっていた。


 ────だからエイリスの科学者は、平和を嘆いたという。


 もし戦争が続いていれば、戦車によりエイリスが世界を支配していただろうにと。


「やはり、間違いなく正規軍です! いますぐ撤退を────」

「危ない、伏せろ!!」


 トウリの叫びの直後、ズドンと。


 言葉を遮るように、再び戦車の主砲が火を噴いた。


「……あ」


 いきなり現れたその『戦車』は、ドクポリ解放戦線の塹壕へ榴弾を落とした。


 トウリたちから一つ離れた区画で大爆発が起きて、断末魔の叫びと悲鳴が響いた。


「撃て! 撃て、迎撃をするぞい!」

「だめですジェンさん、あれは……」


 ジェンはとっさに銃を構え、戦車に向けて発砲した。


 しかし、キィンと甲高い金属音が響くのみ。


「銃弾が効かねぇ……?」

「オースティン銃に耐えるよう、設計されていますね」


 ジェンの持っていた最新式オースティン小銃でも、戦車の装甲は貫けなかった。


「全員撤退だァ!!」


 ルイの判断は早かった。


 勝てぬ相手と見て、すぐに撤退を決断した。


「ルイさん、隣の区画で死傷者がたくさん……」

「くそっ! なるべく負傷者は運んでやれ!」


 ドクポリ解放戦線は総崩れとなり、深夜の塹壕を走って逃げだした。


 足を失った兵士の肩を担ごうとして転倒し、全身大火傷を負った戦友を抱いて泣き叫ぶ。


 ────その様子は、まさに地獄だった。


「前方、着弾!!」

「あっ!!」


 撤退を指示した直後、再び戦車の主砲が火を噴き、塹壕の奥で爆発を引き起こした。


 爆炎と共に絶叫が響き、ルイの顔が青くなった。


 何せ、その方向にあったのは────


「マリッセ!!」


 彼にとって大事な義妹、マリッセの待つ『衛生部』だったからだ。


「うわあああああ! マリッセ!?」

「ルイ、落ち着けぇ!! 冷静に逃げるんじゃ、分かっとろうな!」


 ルイは慌てて、火の手が上がった方角に走り出した。


 トウリは戦車を見つめたまま黙り込み、ジェンは銃を撃ち続けている。


「おい、トウリ。お前も早く逃げぇ! 何を突っ立っとる」

「ええ、すぐに退きます! ジェンさんも……」

「先に行けぇ。俺は残る、敵の気をひいとくわ」


 そう言ってジェンは、銃弾が切れた自分の小銃を捨ておき。


 近くに捨て置かれた、味方が落とした銃を構えた。


殿(しんがり)ってやつよ。老兵の見せ所、奪うんじゃねぇ」

「……死ぬ気ですか」

「おうよ」


 ジェンは最初から、この戦いで死ぬつもりだった。


 戦車という未知の強敵と相対したことで、その覚悟を固めていた。


「まだ命の捨て所ではありません、一緒に撤退しませんか」

「いや。トウリよう、あの鉄の車を見たか」

「見ました。まさかあんなものを持ち出してくるとは」

「ふん、俺らを都合の良い実験台と思っとるんじゃろ」


 ガンガン、とジェンの銃が火を噴く。


 しかし戦車は銃弾を意に介さず、キュロキュロと音を立てて突き進んでくる。


「俺は目が利くほうでな。あの戦車の装飾も、よう見えるんだ」

「……すごいですね。どんな装飾が見えるのですか」

「やつらな。あの戦車に、真のエース(トゥルーエース)って塗装してやがる」


 そう言うとジェンの目が、キっと鋭くなった。


「真のエース? あんな鉄クレの塊が?」

「……」

「銃も効かねぇ。榴弾をぶっ放してくる。確かに、強力な兵器だろうさ。でもよぉ」


 トウリも同じく目を凝らし、迫ってくるその戦車を凝視する。


 すると確かに、その正面の装甲に『True Ace』と記されていた。


 それはエイリス戦車の初期型……通称『TA戦車』と呼ばれるものだった。


「俺たちのエースをバカにしてるように思えてさ。年甲斐もなく、ムカついちまったのさ」


 その戦車の名前の由来は、『真のエース』であった。


 世界大戦においてエースとは、銃弾に対する答えを得た兵士を意味する。


 銃弾も手榴弾もはじき返す戦車という兵器を、エイリスはエースより強い『真のエース』と名付けたのだ。



「確かに、不快ですね」

「だろ?」


 その戦車の塗装を見たトウリは、不思議な表情をしていた。


 恐怖や焦燥ではない。怒りや憎悪でもない。


「ジェンさん。少し協力してもらっていいですか」

「なんじゃい、トウリ?」

「自分の目的にも沿って、ちょうどいい」


 カチン、と何かのスイッチが入ったような。


 ……どちらかといえば、『高揚』にも見えるポジティブな表情。


「あんな鉄塊が、ガーバック小隊長より強いとは思えません」

「そうじゃろ? で、俺を何に協力させようっていうんじゃ」

「自分に追従してください、ジェン元軍曹(・・)


 おや、と。ジェンは言葉に詰まった。


 その時、やさしく穏やかだったトウリの口調は、明確に切り替わっていた。


「あの戦車、突撃して潰しちゃいましょう」

「……突撃?」

「ええ」


 ニマリ、とトウリの唇がゆがむ。


 いつしか、好戦的で底冷えするような笑みを浮かべていて。


「命が惜しくないなら、付き合ってください」

「お、おい」

「その報酬として」


 衛生兵は小さなアーミーナイフを手に握り。


 まっすぐ戦車を見据え、腰をかがめた。


「エースの背中を、見せてあげます」

「────」


 その表情は。


 ジェンが十年前、最終決戦で見た血塗れのエースと合致していた。



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― 新着の感想 ―
こんなワクワクしたの、久しぶりです!
歩兵の守りがない戦車は非常に脆い 新兵器の運用方法まではまだ研究が進んでいないようだね
ハガレンのキングブラッドレイみたいな事しちゃうのかなw トウリの狂気の笑顔を見て、フルアクセルでバックするタンクの姿が見えてしまうww
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