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203話

「おいマリッセ、覚えているか! トウリ・ノエルだ!」

「トウリ・ノエル? ……って、あの人形ちゃん?」


 進軍するドクポリ解放戦線の前に、突如現れた少女(推定年齢三十歳)。


 彼女との再会を、ルイはひどく喜んだ。


「マリッセさんも生きてらっしゃったのですね」

「うーわー、本当に人形ちゃんだ! あんた当時のままじゃない、どんな化粧してるの」

「結構気は使っています、外見は大事なので」


 人形ちゃんは、ノエル孤児院を人形芸で沸かせていた面白い娘だった。


 ルイとマリッセも、昔話をするときにたまに話題に出すこともあった。


「これは、きっと。神様が、この戦いを応援してくれてるんだ」

「そうかもね、ルイ」


 命を懸けた決戦の間際。幼き日に生き別れた同郷の妹分との再会。


 ルイはこれを、神の啓示と捉えた。


「トウリ、俺たちはいまからドクポリを解放するため戦いに行く」

「戦いに、ですか。それでこんなに物々しかったのですね」

「そうだ。この中の何人が生きて帰れるか分からない」


 ルイはそう言うと再会した少女に、小さなブローチを渡した。


 それはルイが大事にしていた、『お守り』だった。


「これは俺の妻のものだ。……よければ、君が持っていてくれないか」

「自分が、ですか」

「もし俺が帰ってこれなかったら、君に使ってほしい」


 そのブローチは銀細工で、首都の職人が作った高価な品だった。


 それを受け取ったトウリは、不思議そうな顔をした。


「どうして、こんな大切なものを自分に渡すのです」

「賊どもに奪われるくらいなら……、と思ってね」

「それは」


 マリッセの頬がややピクついたが、ルイはそれに気が付かない。


 一方でトウリは、数秒ほどそのブローチを見つめた後。


「ダメです、返します」

「え、ちょっ」


 そのままスっと、ブローチをルイに返してしまった。


「ちゃんと生き残って、自分で渡してください」

「う、それはそうだが」

「というか、そこまで分かってるならどうして進むのですか」


 トウリはジトっとした目で、ルイを睨んだ。


「そこまで分かって、って」

「ルイ兄さんも勝てるとは思っていないのでしょう、この戦力で」


 トウリのその言葉に、ルイもマリッセも、周りにいた兵士たちも驚いた顔をした。


 きょとんとしているのは、発言をしたトウリだけであった。


「お、おい。何でそんな不吉なことを言うんだ」

「……ルイ兄さんは先ほど、賊は拠点を塹壕で囲んでいるとおっしゃいましたよね」

「あ、ああ」

「たった百人で塹壕が突破できるなら、十年も戦争は続きませんよ」


 しかし睨まれようと、トウリは話をやめない。


 まるで未来を見ているかのように、はっきりと戦争の結果を断じた。


「しかもこの小銃はOST-2じゃないですか。第二世代の骨董品……、いつの時代の戦争をする気です」

「わ、分かるのか」

「しかもほぼ手入れされていない。そもそも撃てるのですか、それ」


 トウリはそう言って、兵士の小銃を見てため息をついた。


 ルイたちは素人だ。銃の良し悪しはもちろん、手入れ方法なども分からなかったのだ。


「で、でも一矢報いることは出来るだろう。百人の大群だぞ!」

「賊の規模にもよりますが……。一人も殺せない可能性が高いかも、です」

「そ、そんなにか」

「塹壕戦における防御側の有利は大きいです。待って撃つだけですからね」


 ルイたちはあくまで、農民の集団だ。戦闘のノウハウなど、何も持っていない。


 だからトウリの発言に信ぴょう性があるのかどうか、判断ができなかった。


「この戦力であれば、やめたほうがいいと自分は進言します」

「……だ、だが。あいつらを放置していたら、いつか俺たちは殺される! 誰かが立ち上がらないと!」

「首都に避難し、政府軍が動くのを待ってはどうでしょうか」

「もう待ったさ! 十年もの間、ずっと、ずっと! あと何十年待てばいい!!」


 しかし、ルイたちにも引けない理由があった。


 家族を奪われ、平和を壊されて、これ以上賊を放置することなどできなかった。


「トウリ、君がどう言おうと俺たちは先へ進む。それ以外に道はないんだ」

「……その道の先にも、何もありませんよ」

「あるさ。意地を通したという、俺たちの想いが」


 トウリの冷めた物言いに、ルイは噛みつくように言い返した。


 やや感情的に、怒鳴るような声色で。


「自分は、喧嘩をしたいわけではありません。その通した意地に、何の意味があるのですか」

「意味って、お前」

「貴方たちの意地を通せば、賊は無傷で古い小銃一式を得るわけです。敵に塩を送って、何がしたいのですか」

「どうして、そんな言い方を」

「ルイ兄さん。戦場の死が、華々しく劇的なものであると勘違いしていませんか」


 しかしトウリは、そんなルイの態度にひるむことなく。


 毅然とした態度で、言い返した。


「ルイ兄さんの事情には同情しますが、今ここにいる人々の命を尊重すべきです。悲劇に悲劇を重ねてはいけません」

「君に何が分かる、トウリ!」

「ちょ、ちょっと。やめなよ、二人とも!」


 突然始まった二人の言い合いに、マリッセが割って入った。


 十数年ぶりの再会に喜んで抱き合っていたのが、嘘のようだ。


「ルイ、ちょっと落ち着きなさい。一般人を相手に何を向きになってるの」

「あ、ああ。すまなかった」

「……トウリ。悪いけどあんたに、私たちの気持ちはわからないよ」


 そしてマリッセは、トウリに向き合った。


 マリッセはトウリの冷めた目に対し、なるべく優しい言葉を選び、


「ドクポリ解放戦線は、もう死んでもいいって連中が集まっているの。生きていても仕方がない、ヤツらに一泡吹かせなければ気が済まないって」

「……」

「トウリの言うことは間違ってないんだと思う、でもそんな言葉で私たちは止まれない」


 そう言って、ゴメンねと小さくウインクした。


「……止まれない、ですか。そうですよね、止まれませんよね」

「分かってくれた?」

「いえ。どちらかというと、分かっていました(・・・・・・・・)。止めたあの人が、すごかっただけなんだなと」


 そう言うトウリは、悲しそうな顔をしていた。


 それは諦めにも似た、不思議な顔だった。


「ルイ兄さん、では一つ提案があります」

「何だ」

「自分は、オースティン軍の衛生兵として働いていました。そこで死ぬ間際の兵を、たくさん看取ってきました」

「……トウリ?」

「劇的に、格好よく死ぬ兵士なんてほとんどいないんですよ。多くは泥と糞尿に塗れ、仲間に間抜け面を蹴り飛ばされ、蛆と蠅にたかられて死んでいます」


 その言葉を聞いて、ルイは『やはり』と思った。


 トウリの話しぶりや雰囲気から、従軍経験者ではと当たりをつけていた。


「……ルイ兄さん、自分もついて行っていいですか」

「トウリ、君が?」

「これでも終戦まで生き残った衛生兵です。……何人か、命を救えるかも」


 その言葉に、ルイはふむと考え込んだ。


 トウリは見るからに弱そうで、戦力になりそうにない。


 だが、衛生兵であるというなら話は別。


「……トウリ、衛生兵ってことは【癒】が使えるの?」

「ええ。こう見えて、前線の衛生部でそれなりに鍛えられています」

「お、おお。即戦力じゃん」


 このドクポリ解放戦線の医療班は、看護師だったマリッセ一人に任せる予定だった。


 しかし、本職の衛生兵が加入すれば生存率は大きく変わる。


「一応聞くが、賊のスパイとかじゃないよな。お前……」

「人形ちゃんなら信用していいんじゃない」

「まぁ、スパイがあんな挑発的な言動せんわな」


 元オースティン軍衛生兵の加入。素人の多いドクポリ解放戦線において、即戦力になるだろう。


 少し迷った末、ルイはトウリを受け入れることにした。


「……じゃあ、頼む。さっきは、感情的になってすまなかった」

「いえ。こちらもデリカシーがありませんでした」


 ルイが何とか笑顔を作り、トウリに謝罪をした後。


 二人は少しぎこちない仕草で、握手を交わした。




「それで、衛生部の物資と資材を確認したいのですが。マリッセさんが責任者なのですか?」

「うん、私だよ~」


 かくして、トウリはドクポリ解放戦線に名を連ねた。


 オースティン軍の元衛生兵という肩書のある彼女の加入を、マリッセは喜んだ。


「とりあえず包帯と、消毒液。抗生剤は高くて、手が出なくて」

「生理食塩水や点滴セットなどは?」

「ないわねぇ。止血できなきゃ死ぬってコト」

「……やはり、厳しいですね」


 医療班の物資在庫を聞いたトウリは、顔を曇らせた。


 予想はしていたが、あまりにも準備が足りていない。


 手術なんてもってのほか、点滴すらできない状況だった。


「それと簡易テントやシーツなどが見当たりませんが……」

「やだなぁ、人形ちゃん。敵の前で呑気に、テントなんか建てるわけないでしょ」

「えっ」


 それどころか、負傷した患者を寝かせるためのテントやシーツもなかった。


 どうやら、入院施設を作る予定すらなかったらしい。


 何より、トウリを驚かせたのは……。


「あ、あの。一番大事な、スコップは……?」

「スコップ? 何に使うの、ソレ」

「え、だって、塹壕戦をするのでしょう?」

「違う違う、塹壕を作ってるのは賊のほう。私たちは、そこに突っ込んでいくんだよ」

「丸腰で、塹壕まで、走る?」

「丸腰じゃないわよ、銃もって走るもん。戦場では、みんなそうやってたんでしょ?」


 ドクポリ解放戦線に、スコップを持っている人間が一人もいなかったことだった。


 そしてトウリは、この軍の認識の『マズさ』を理解した。


「……マリッサ姉さん。ルイ兄さんを、呼んできていただけますか」

「ん、ルイを? オッケー」




「せめて塹壕戦をしてください!!」


 その後トウリは、ルイに雷を落とした。


「敵の前で穴なんて掘ってたら、撃たれるじゃないか」

「銃弾が届かない位置から掘って進むんです、土嚢などで身を守りながら!」


 ドクポリ解放戦線のほとんどが、戦争未経験者だったためだろう。


 ルイは塹壕の重要性を、あまり理解していなかったのだ。


「とはいえ、俺たちに塹壕戦の経験はない。奇襲をかけるほうが成功率が高いんじゃないか」

「およそ百人で、気づかれず拠点まで忍び込めますか? ドクポリ付近は見晴らしのいい平原ですが」

「……よ、夜とかなら寝てるかも?」

「相手の怠慢が前提じゃないですか」


 こっそり近づいて、突撃する。ルイの考えていた作戦は、それがすべてだった。


 呆れるような作戦だが、ルイは何も考えなかったのではない。


 戦争経験者に塹壕の攻略方法を聞き、突撃するしかないと言われたからだ。


「塹壕戦は、最後は突撃するしかないと聞いたが……」

「それは、十分に距離を詰めてからですね」


 ただそれは、十分に距離を詰めてからという話。


 そこに誤解があったため、ルイはこの無謀な作戦を実行しようとしてたのだ。


「突撃できる距離までは、穴を掘って進みましょう。土嚢で仮陣地さえ構築しておけば、賊が突っ込んでこられても楽に戦えます」

「そんなものか」

「賊にとっても、塹壕戦を徹底される方が面倒な筈です。憎らしい敵なら、存分に嫌がらせをしましょう」


 実戦経験者であるトウリの指摘は、ズバズバとルイに刺さった。


 ルイとしては、妻を捕らわれている以上、時間をかけたくなかったが……。


 彼女の指摘は、的を射ているように感じた。


「トウリ以外にも軍の経験者はいる。相談してきてもいいか」

「どうぞ」


 そこでルイは、ドクポリ解放戦線にもいる元兵士に相談に行った。


 本当に塹壕戦に徹するべきか、奇襲にも十分勝算はあるか、という意見を得るために。




「真面目に戦うなら、そりゃ塹壕のほうが良いだろう」


 老兵から帰ってきたのは、そんな返事だった。


 その兵士は五十歳の手前で、家族を戦争に奪われ天涯孤独、今や死を待つだけの存在だった。


「ジェンさん、どうして教えてくれなかったんだ」

「聞かれなかったからな」


 老兵ジェンは死に場所を探していただけで、真面目に戦うつもりはなかったらしい。


 人生の最期にひと華咲かせて、戦友の下に向かうつもりだったのだとか。


 彼の言葉を聞いたルイとトウリは、ため息をついた。


「だ、そうですが。ルイ兄さんは真面目に賊と戦いたいのか、華々しく散りたいのか、どちらですか」

「……」


 ……トウリと元兵士ジェンの意見を聞いたルイは、渋々ながら納得し。


「分かった、準備不足だ。退こう」

「賢明な判断です、ルイ兄さん」


 その場で、撤退を決断した。


「ありがとう。よく教えてくれたトウリ」

「……いえ、こちらこそ差し出がましい意見を言いました」


 ルイは焦る気持ちを必死に抑え、全員に後退を指示する。


 かくして、決戦は一週間後に延期となり。


 今度はしっかり塹壕戦の準備を整えて、改めて出陣することとなった。



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― 新着の感想 ―
一体どんな展開になるんでしょうか…
トウリ・ロウならバレてたかな
前時代の装備と戦法じゃ訓練された軍隊でも酷い目に遭ってたからね…。ろくに訓練もされてない寄せ集めじゃもっと酷いことになるんだろうな。 エース1人でどこまでひっくり返せるか楽しみ楽しみ。
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