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162話

「失礼、友軍とお見受けする。対応を願いたい」

「おお、お待ちしてましたよ」


 アルガリアの戦いから、五日ほど経ったあと。


 髭モジャの兵士が率いる中隊が、アルガリアへと訪れました。


「当方は、ナウマン兵長と申します。貴官の所属を伺ってもよろしいですか?」

「アルベルト中隊の中隊長、ドル・アルベルト少尉だ。ヴェルディ少佐の命令を受け、貴中隊を出迎えに参った」

「聞き及んでおります。……こんな遠いところまで、感謝いたします」


 彼らは、自分達を迎えに来てくれたオースティン軍です。


 トウリ遊撃中隊は弾薬は無く、食料も尽きており、自力で帰還が出来ない状況でした。


 なので我々は、参謀本部に救助を依頼したのです。


「トウリ少尉殿は席を外していまして。少しお待ちいただけますか」

「おや、何をなさっているのですかな?」

「我らが中隊長殿は綺麗好きでして、水浴びをなさってるんです」


 その間、我々はアルガリア砦で、魚やカエルなどを食って飢えをしのぎました。


 カエルは入れ食い状態で釣れたので、食べるには困りませんでした。


「中隊長殿の水浴びを覗く気であれば、我ら部下一同、迎撃態勢を取らせていただきますよ」

「それは勘弁願いたい。エイリス軍2万人を退けた部隊を、突破できるとは思えん」


 ナウマン氏のジョークに、アルベルト少尉はガハハと笑い返しました。


 彼らのジョークは砦の中にも響いており、自分も苦笑していました。


「おうい、トウリ少尉殿! 聞こえておられますか」

「聞こえていますよー」

「念願の迎えが来てくれました。出発の準備をお願いします」

「了解です」


 ナウマン兵長に声をかけられ、自分は身体を拭きました。


 あまり他人を、待たせるわけにはいきません。


「アルギィ、来客の様です。そろそろ上がりましょう」

「ぷくぷくぷくぷく」


 因みにアルギィも一緒に水浴びをしています。


 ……水浴びというか、彼女は水路に浸かっていますけど。


「水の中でもぷくぷくするんですね」

「ぷえー」


 アルギィは水路で平泳ぎしながら、終始機嫌よくプクプクしていました。


 水を得た魚の様でした。







 これは、後から聞いた話ですが。


 南軍敗走の報が参謀本部に伝えられた時、アルガリアを守るかエンゲイを守るかで意見が真っ二つに割れたそうです。


 いわゆる古参の参謀は、「エンゲイを守るべき」と主張しました。


 急に作戦を変更することは難しいので、元々エンゲイを目指していたなら変えないだろうと。


 一方でヴェルディさん含む若手の参謀は、アルガリアを守るべきだと主張しました。


 少し進路を変えるだけですし、南軍を叩かれる方が致命的だからです。


 特にヴェルディさんは「もしアルガリアに敵が来なければ、どんな責任に問われてもいい」とまで言ったのだとか。


 双方の言い合いは平行線で、議論では決着がつきませんでした。


 どちらの言い分にも理があり、互いに納得しなかったのです


 そして最終的に、レンヴェルさんの判断にゆだねられる事になりました。


「エンゲイを奪還されたらおしまいだ、此処を守らずどうする!」

「叔父上、どうかこのヴェルディを信じてください。敵は、想像以上の手を打ってきます!」

「……うーん」


 双方の意見をに耳を傾け、レンヴェル中佐は5分ほど唸った後。


「決めた。我々は、エンゲイに陣取る」

「叔父上!!」


 結局、エンゲイを守ることを決断してしまいました。


「敵がどちらの進路を取るかは、俺には分からん。どちらもありえるだろう」

「……」

「ただ、ウチの参謀本部が『エンゲイの防衛』を推す者が多いなら、それを信じる」


 判断理由は単純で、「エンゲイを守るよう主張した参謀の方が多かったから」です。


 信じるべきは根拠なき己の勘ではなく、多数決による結論。


 レンヴェル中佐は、そういう考えの人間でした。


「ヴェルディ、お前の意見も良く分かる。……責任は俺が取るから、納得してくれ」

「……はい」


 その決定にヴェルディさんは項垂れましたが、決定であれば仕方がありません。


 彼は少しだけ躊躇った後、


「ではせめて。保険として、アルガリアに偵察を飛ばす許可をいただけませんか」

「む……」

「実戦には役に立たない部隊を使いますので」

「……、分かった」


 アルガリアを偵察する許可だけを、得ることが出来たのでした。





 この時、ヴェルディさんは何故か『敵の狙いはアルガリアだ』という確信があったみたいです。


 だから偵察した後に、改めてレンヴェル中佐を説得しなおそうと考えていました。


「……今、即座に作戦に移れる訓練部隊は?」

「アルガリアに比較的近い中隊となると、この中隊でしょうか」

「あっ!」


 そして、即座に動かせる『訓練中隊』のリストを眺めた時。


 ヴェルディさんは自分の名前を見つけ、声を上げたそうです。


「そうだ。トウリちゃんが、いる」

「少佐?」

「……彼女は、生き残る事に掛けては天才的だ。彼女なら偵察をこなし、きっと一人も犠牲を出さずに撤退してくれる」


 ……なおヴェルディさんは、自分達が遅滞戦闘を仕掛けるなど想像だにしておらず。 


「確かにこの部隊が現在、アルガリアに最も近い位置に居るみたいです」

「決まりだ」 


 自分の生還能力を信じ、確実に情報を持ち帰ってくれると見込んで命令を下したそうです。




「叔父上! 叔父上、トウリ遊撃中隊からの報告はご覧になりましたか!」

「……ああ、確認しとる」


 そして、自分の中隊から『アルガリアに敵影みゆ』という報告を受けた後。


 ヴェルディさんは待ってましたとばかり、作戦計画書を手にレンヴェル中佐の部屋に押しかけました。


「今すぐ、エンゲイから部隊を移動させましょう。南軍と合流し、撤退支援を」

「いや、それはせん」


 彼は南軍を守るべく、準備していた意見書を提出したそうです。


 しかし中佐から返ってきたのは、『拒否』でした。


「どうしてですか叔父上! 偵察結果は見たでしょう!」

「今更動いてどうなると言うのだ、ヴェルディ」

「今、動かなくてどうするんですか!!」


 彼はレンヴェル中佐の判断に食って掛かりました。


 その形相は、自らの叔父を射殺さんばかりだったと言います


「今からアルガリア方面に出兵して間に合うのか? 五日はかかるぞ」

「アルガリアには間に合わないでしょう。しかし南軍と合流し、彼らの撤退を支援出来れば」

「アルガリア渓谷を抜けられたら、平原地帯になる。塹壕を準備する暇もないし、我々の方が少数だ」

「それは」

「兵を動かした結果、被害を増やすだけになる可能性は考えなかったか? 敵が二軍に分かれ、エンゲイをも狙う可能性は?」

「……」

「一度決めた方針は、ブレてはいかんのだ」


 しかしレンヴェル中佐は、意見を変えませんでした。


 それは、長い間戦ってきたレンヴェルさんの信条だったのかもしれません。


「中途半端なことをして、どちらも守れぬ方が愚かだ」

「叔父上……」

「我々はもう、エンゲイを選んだ。貴様が正しかったかもしれんが、もう遅いのだよ」


 間違っているかもしれなくても、決して方針はブレさせない。


 彼はそう言ったきり、議論を打ち切ってしまいました。


「お前にこの責任を担うのは、まだ早い。これ以上の意見具申を、聞くつもりはない」






 その晩、ヴェルディさんは自ら毒を呷ろうとしたそうです。


 この時の彼の心労は、想像を絶するものだったでしょう。


 そもそも今のオースティンの苦境は、ヴェルディさんの鉱山戦線での失策に起因しています。


 鉱山戦線を破られたことで中央軍は軽んじられ、連合側も勢いづきました。


 それは彼自身も認めるところで、周囲に陰口をたたかれていたみたいです。



 更に彼は、参謀本部を説得できなかった責任も感じていました。


 ヴェルディさんはシルフと何度も戦う中で、「敵は常に最悪の一手を打ってくる」と気付いていました。


 今の戦況で、より効果的で、より致命的な『南軍への奇襲』を敵が行わない筈がない。


 この感覚は、何度もシルフに敗れたヴェルディさんにしかわからない感覚でした。


 だからこそ、彼が説き伏せなければならなかった。


 それらの自責の念に押しつぶされ、自死を選びかけたのです。


「……いや。まだ私には、やることが」


 しかし、すんでのところで彼は踏みとどまりました。


 南軍は敗れ戦局は難しくなりましたが、まだ十分に挽回は可能です。


 ここから戦線を押し留め、立て直さなければ再び本土が脅かされます。


 どれだけ恥をかき、罵倒されようと、まだ祖国に尽くさねばなりません。


 そう考えた彼は、毒薬を机の引きだしに放り込むと、再び作戦案を練り始めたのでした。






 ────戦果報告を繰り返します。トウリ遊撃中隊は、アルガリア砦において、


 ────エイリス兵20000人の撃退に成功しました。






 だからその報告を、会議室で聞いた時。


 他の参謀将校が困惑する中、ヴェルディさんだけは突っ伏して声にならぬ叫びをあげたのだとか。













「トウリ少尉。申し訳ないが、出発は明日になります。もう一日だけ、待機してください」

「了解しました、アルベルト少尉殿」

「実はお偉いさんが、戦闘の痕跡を確認してこいと仰られてね。貴官の戦果が馬鹿馬鹿しすぎて、半信半疑のようです」

「そうでしたか。では、確認をお願いします。……共に戦い、空に旅立った戦友たちの戦果を、しっかりお伝えいただきたい」

「ええ、勿論」


 アルベルト少尉は自分と握手を交わした後、部下と共に下流へと歩いて行ってしまいました。


 アルベルト少尉は我々を疑っている様子はなく、楽しそうに「この検分報告書は、歴史に残るぞ。適当な仕事をするなよ!」と意気込んでいました。


 自分の功績などどうでも良いですが、此処で散った戦友の戦果だけは認めてもらわねばなりません。


 是非、しっかりと報告して頂きたいものです。


「ぷくぷくぷく」

「もうワインは無いですよ、アルギィ」


 そう言う理由で自分達は、もう一日アルガリア砦に泊まることになりました。


 ここの暮らしはそんなに苦ではありません。


 自然豊かで水も美味しいので、キャンプをしているようなものです。


 ……虫が多くて、獣の声がうるさいのは難点ですが。


「ぷぇっぷぇっぷえ?」

「酒類など、彼らが持ってきているはずがないでしょう。エンゲイに戻るまで我慢してください」

「ぷえぇぇ~ん」


 一方アルギィは、帰るのが1日遅れると聞いて崩れ落ちました。


 手持ちのワインが無くなってから、彼女は元のグータラ看護兵に逆戻りです。


 せっかく服を洗ったのに、河原でゴロゴロしないでほしいです。


「ナウマン兵長。申し訳ありませんが、もう一泊することを部下に伝えて貰えますか」

「了解です、少尉殿。今夜の飯はどうします?」

「持ってきてくださっているそうです。久々に、懐かしの瓶詰レーションを楽しめますよ」

「当方は、魚の塩焼きの方が好きですな」


 自分はナウマンさんに伝言を頼み。


 彼のジョークに愛想笑いを返しながら、河原で遊んでいる兵士たちの方に目をやりました。


「……」

「少尉殿、どうなさったんで」

「いえ」


 自分の視線の先には、魚を採ろうとするガヴェル曹長がいました。


 彼は、元漁師の兵士に教わりながら、手作りの(もり)で魚を突こうと躍起になっています。


 男の子だからか、とても楽しそうです。


「……」


 ……この五日間、自分はガヴェル曹長との関係は今まで通りでした。


 戦友として、中隊長と副官として、普通の会話があっただけです。


 というか最近は、あまり顔を見て話してくれません。


 初日の夜、真正面から告白されたのが嘘みたいです。


「あの、ナウマンさん」

「はい」

「人に告白しておいて、それを放置する状況って何が考えられますかね」


 自分はてっきり、「あの時の返事が聞きたい」みたいなノリで呼び出されると思っていました。


 なので、なるべく傷つけず振るような文句も考えていたのですが……。


「んー、お相手が軽薄な場合とかですかい?」

「いえ、結構真面目な人だと思います」

「だったら、話しかけるのが恥ずかしいんですかねぇ。返事を聞くのに尻込みしてるのかもしれませんよ」

「ああ、なるほど」


 こういう恋愛話は年上に聞くのが一番なので、ナウマンさんに聞いてみました。


 どうやらナウマンさんは『兵士から自分』に対する恋愛相談にも、よく乗っているそうです。


 中隊随一の人生経験を持つ恋愛マスター、それがナウマン兵長なのです。


「では、自分はどうすればいいでしょうか」

「そういう時は、何もしなくていいです。告白した方が、聞きに来るのを待ちましょう」

「はあ」

「少尉の方がお相手に興味があるなら、好意を伝えに行ってもいいかもしれませんが」

「ああ、いえ、そう言うのではないのです。弟みたいで、可愛くはあるんですけど」


 頼りになるナウマン氏の助言は『放っておけ』でした。


 確かに、向こうがアクションを起こしてこないのであれば様子見が無難でしょうか。


「……あー。今の一言は言わんほうがいいですよ。誰からの告白か分かっちまいますし、本人が聞いたら噴飯して怒り出すと思います」

「まぁ、そうでしょうね」

「この中隊で少尉より年下で、可愛がられてる兵士なんぞガヴェル副中隊長しかおらんでしょう。弟みたいって、絶対言われたくない言葉だと思いますぜ」


 自分の一言で、ナウマンさんは苦い顔になりました。確かに、少し失言でしたか。


 今の言葉は本心ですが、当然本人に言う気はありません。


 ガヴェル曹長は子供に見られるのを嫌うので、なるべく立ててやるつもりです。


「くれぐれも気を付けてくださいよ、中隊長と副中隊長が仲が悪い部隊は、上手く行かねぇもんです」

「分かりました」

「やれやれ、ガヴェル副中隊長殿も可哀そうに」


 ナウマンさんはやれやれと笑いながら、腰を上げました。


 そしてガヴェル曹長の方を親指で示し、


「この辺の兵士には俺が声をかけておきますので、少尉殿は川で遊んでるガヴェル曹長たちに『もう一泊になった』と伝えて貰えますかい」

「ああ、了解しました」

「どうせなら、一緒に遊んできてはどうです。最近、ガヴェル曹長とあまり話してなかったでしょう」


 そう言って、自分の肩を軽く叩きました。







「……」


 一緒に遊べと言われても、困ります。


 自分は中隊長であり、部下たちにとっては目の上のたん瘤。


 上官が近くにいては、兵士達は羽目を外せないのではないでしょうか。


「あの、ガヴェル曹長」

「ああ? ト、トウリか! どうした、出発時間が決まったか!」


 そう心配しましたが、自分が近づいても兵士たちは楽し気に遊び続けていました。


 我関せずという感じで、兵士たちははしゃぎ続けています。


 そもそも自分は、怖がられてないようですね。


「ええ、それがどうやら明日になるようです。戦闘区域の調査をするとかで」

「そっか、了解だ。おっしゃ、じゃあ今日も魚を採らないとな!」


 ガヴェル曹長は自分が話しかけても、すぐそっぽを向いて川遊びに戻ってしまいました。


 完全に、魚採りを楽しむ男の子モードに入っている様子です。


「結構魚、取れるようになったんだ。トウリ、見てろよ見てろよ」

「……」

「そりゃ!!」


 ガヴェル曹長は見慣れないほどテンション高く、満面の笑みで魚を突いています。


 そう言えばガヴェル曹長、15歳でしたね。こういうのが大好きなお年頃ですか。


「良ければ少尉殿も、やってみますか」

「いえ、自分は……。服を汚したくありませんし」

「ノリが悪いなー! じゃあそこで見てな」


 ガヴェル曹長はこっちを見てふぅと鼻息を鳴らすと、再び魚を追いかけ始めました。


 こちらの様子を、気にする素振りはありません。


「……」


 まさか、告白したこと忘れてませんかこの男。


 ……結構、自分はガヴェル曹長の告白にどう答えるか悩んでいたのですけど。


「少尉殿、なんか不機嫌です?」

「いえ、別に」


 とても楽しそうなガヴェル曹長を見て、悩んでいたのが馬鹿らしくなりました。


 彼から蒸し返さない限り、あの告白の返事は様子見しておくとしましょう。


「おい、少尉殿むくれてるぞ。誰かなんかやったか」

「さあ? そういう日もあるんじゃねーの」


 ガヴェル曹長の幼さには、困ったものです。


 やはり彼は、しばらく弟扱いで十分ですね。





「……せっかく、トスを上げてやったのに」


 そんな自分達の様子を。


 ナウマン兵長は遠くから、生暖かい目で見つめていました。

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― 新着の感想 ―
今思ったけど、初日の夜全滅した堡塁の40人も、夜襲来るってわかってたのなら松明や照明弾や投光器(この時代にはあるか?)で敵を見やすくして全員で堡塁に当たらない場所から狙い打てば全滅はなかった気がした。
[一言] そろそろトウリの股が開きかけてる気配を感じる
[良い点] ナウマン兵長と一緒に俺も泣いた。 [一言] 頼む、ナウマン兵長と家族を殺さないでくれ。 たまには救われてもいいじゃない。
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