半島を発つ
五月三日の昼。
「イシュクロン王国に行くのか……」
ヴィンセント卿が肩を落とす。
いろいろと報告があって、彼を訪ねた際に、軍の募集に触れられたので断りを入れたのである。
「ああ、イングリッドに雇われてね」
「エルフ……か。大変だぞ? あの国は今、最も危険な国に侵略されている。ヴァスラ帝国のほうが可愛い」
「……やりがいがある」
「お前、評判がとってもあがってて、魔法剣士としては最高だと言われているからなぁ……ゴート共和国に賞金かけられないようにな」
「ああ、だけど次は一人じゃないんだ。仲間がいる」
「珍しいな……この十か月ほどで心境の変化があったのか?」
「いろいろとあった……」
「ふぅん……それはそうと、北方騎士団の件、あれ、お前なのか?」
北方騎士団は今、アロセル教団の半島司教区から徹底的な調査を受けていて、対帝国どころではなくなっている。
総長が闇組織に手を貸していて、その闇組織は屍術を使うこともためらわないとんでもないものだったと明るみに出ており、あちこちから批判の的になっていた。
「教皇聖下がこっちに還ってきてる時に、あれこれと悪さしたのがよくないんじゃないか?」
「……」
誤魔化して、去ろうとすると止められた。
「これ、持ってけ」
ヴィンセント卿が、内ポケットから封筒を取り出し、差し出した。
受け取り、中を確認する。
五十万リーグの小切手だった。
「これは?」
「エリオットのおかげで、いろいろと助かった。これは俺からの礼だ」
「……いいのか?」
「さっさと持っていかないと、返してもらいたくなる」
俺は丁寧に辞儀をして、ヴィンセント卿の執務室を出る。すると、書類をかかえたロジェを見つけた。
「よお、しばらく会えなくなるけど元気でな」
「あ、エリオット! 聞いた? 角、高く売れて父さんが喜んでたよ!」
「角?」
「大怪獣の角! ほら! 運んだでしょ?」
?
大学に引き取ってもらったやつ?
「大学に引き取ってもらったんじゃないのか?」
「はぁ? 軍で運んだのに大学にも断られて、不法投棄は問題だし、処理ができないゴミだったから、父さんがしかたなく買い取ったのよ。それで売り先を探したら、ギュレンシュタイン皇国の選帝侯が一本三百万リーグで買ってくれるんだって! だから六百万! 運搬費用とかの経費を差し引いても利益率七割という大儲けだって!」
騙したな!?
俺はヴィンセント卿の執務室にとって返すも、中から鍵がかけられていた。
「ヴィンセント卿! 折半を要求する!」
「達者でな! クリムゾンディブロ! 大怪獣を倒した最高の魔法剣士だって、半島中に広めてやるからな!」
「開けろ! 壊すぞ!」
「元気でな! さみしくなるよ!」
政治家は金に汚い!
改めて、よくわかった!
-Elliott-
教団支部に入ると、ジャンヌが舌なめずりをして出迎えてくれた。
やめてほしい……。
彼女もきっと、普通の人間じゃないんだろうな……。
リュミドラの部屋へと向かう途中、あと二、三日で大丈夫だとジャンヌが言う。
「少しだけ催淫、残しておこうかしら?」
「きれいさっぱり、取り除いてくれ」
「仕方ないわね」
ドアをノックし、中に入るとリュミドラがベッドで読書をしていた。
「聞いたよ、あと二、三日だって?」
「ごめんね? まさか変態スケベ女にされてたなんてわかんなかったよ。もうすぐ大丈夫だって! ジャンヌさん、いい人。いつも親切にしてくれてとっても助かる」
本当の意味で、親切であることを祈る。
「俺とイングリッドとアブダルで、準備を整えたら中央大陸に行く。だから回復したら国に帰るように」
「ええええ!? わたしも中央大陸に行くよ」
「駄目だ」
「嫌だ!」
「駄目だ」
「どうして!? わたし、足をひっぱったけど頑張った時もあったよ? ついてく!」
「駄目だ。ジークの爺さんと学長のためにも帰国しろ」
リュミドラは、毛布をかぶって顔を隠した。
「リュミドラ、とっても助かったんだ。感謝してる。お前がいてくれなかったら、俺は両親と再会できなかったと思ってる」
「……」
「ありがとう。立派な姫さんにならなくてもいいから、帝国相手に頑張ってくれよ……お前がバルティア王国の軍を指揮したら、盛り返せる」
毛布がちらりとめくられ、彼女が目までをのぞかせた。
「本当にそう思ってる?」
「ああ、リュミドラは個人で戦うこともすごいけど、それよりも部隊を指揮するのが上手い。天性のものだと思う。だから姫らしくしろとか、嫁に行けとか、そんなことよりも戦うほうがお前らしいし、お前の特技を活かせると思うよ」
「……エリオット、また会えるかな?」
「永遠に会えないわけじゃない。半島のほうが大変になったら、また戦いに来るよ」
彼女は毛布をはねのけて、ベッドから出ると右手を差し出す。
握手か?
握ると力を込められて引っ張られたので、咄嗟に引っ張り返した。
リュミドラが俺の胸にぶつかり、そのまま頬にキスをされて驚くと、彼女は一瞬だけ俺の目を見つめ、次の瞬間、空いた手で俺の頬を軽く叩いた。
「無礼者」
「……」
「エドワード王子に会ってみるよ」
「……断られないようにな」
「ひどぉい! それ、ひどいよ!」
-Elliott-
五月十日、午後一時過ぎ。
出港は午後三時なのだが、二時間前に港で受付をするのが常識である。というのも、荷物を先に小舟で本船へと運んでもらったり、搭乗券や身元保証書の確認などで時間がかかるからだ。
傭兵である俺たちの身元保証人は、傭兵組合という団体になる。
搭乗まで待ち時間があり、見送りに来てくれたパトレアを誘って四人で海を眺めることができる酒場に入った。店の外まで席があり、円卓を四人で囲む。
すがすがしい青空と、広大な海を見渡せる場所で飲むワインは美味しい。
酒、美味しいと思えた。
心に余裕ができたからかもしれない。
パトレアは、グーリット支部の司祭となることが決まっていて、忙しいだろうに俺たちの為に時間を割いてくれていた。
「中央大陸には、教皇領がありますから、困った時はスボニール二世聖下に相談なすってください。エリオットたちの為なら、きっと時間を作ってくださいますよ」
パトレアは言いながら、大きな海老の身を切り分けてくれる。
「パトレア、その一番おおきいやつをわたしに」
「はい、どうぞ」
イングリッドは絶世の美女になっても、子供っぽさが抜けない。いきなり加齢したから無理はないかもしれないが、違和感がものすごい。
海老のクリームソースかけ、スズキの香草焼き、魚介類のパスタなどなどを大皿で運んでもらい、小皿にとり分けて食べていると、明らかに一人の消費量が多く、追加でグーリットクラブ特性ソースつきという料理も頼んだ。
「イシュクロン王国って、どんなところなんだ? 中央大陸は行ったことがない」
アブダルの問いに、イングリッドは白ワインを飲み、少し考えてから口を開く。
「森……世界でも類をみない古い森に覆われていて……水が豊かだ」
「エルフの森……か」
アブダルが言い、地ビールを飲んだ。
パトレアが、パスタを取り分けてくれながら口を開く。
「イシュクロン王国は地下資源が豊かです……手つかずですもの。それをゴート共和国が狙って侵攻しています。金、銀、鉄……また水資源も狙われて……」
「わたしたちにとって、金や銀はそう大事ではないんだ……だからそれを寄越せというなら差し出してもいいのだが、彼らは土地ごと欲しいのだ」
イングリッドは言い、パスタをつるつると食べた。
戦争の原因は、どこも似たようなことだ……。
「エリオット様! お連れ様! いらっしゃいますか!?」
呼び出しがかかり、返事をして支払いをする。
「じゃ、定期的に手紙を書いてください」
パトレアの言葉に、俺は頷く。
「カミラにも宜しく」
「……怒られますよ? 次に会った時」
「大丈夫。次に会ったら、襲いかかるから」
「あはははは! 襲いかかられたら、倒します」
アブダルが三人分の荷物を持つといってきかないので、俺とイングリッドは彼に荷を任せて小舟に乗り込む。
埠頭から、パトレアが俺たちを見ていた。
彼女との出会いが、この騒動の始まりだったと思い出す。
「パトレア!」
「はい!?」
「お前のおかげで、いい経験ができたし、これからもそうだ! ありがとう!」
彼女は微笑むと、手を振ってくれた。
小舟が船へと近づく。
アブダルが、俺に言う。
「聖女とイングリッド……難しい選択だったな?」
「……ほっとけ」
「俺なら、二人ともいってるがね」
「……」
「聞こえてるのだ」
アブダルが笑い、イングリッドが彼の背中を叩く。
俺は、パトレアがまだ俺たちを見送ってくれていると見て、大きく手を振った。
船へと乗り込み、荷物を客室へと運び終えた頃、ガレオン船が動き始める。
甲板へと出て、少しずつ離れていくグーリットを眺めた。
寂しい、という感覚はある。
五年も、ここで暮らしていたんだ。
それでも、頼ってくれる人の為に、俺は新しい土地へ行く。
「エリオット、パトレアがお土産にくれた箱、苺のパイなのだ! 食べよう」
「お前、さっそく開けんな」
笑いながらふり返り、イングリッドとアブダルへと歩み寄る。
俺は、この二人と中央大陸に行く。
五か国半島、しばらく離れるよ。
一人で戦うことをやめて、仲間と一緒に、仲間の為に戦ってくる。
赤い悪魔と呼ばれる傭兵 おわり
-Elliott & Ingrid-
夜になって、眠れなくて甲板に出た。
欠伸をして、夜の潮風を浴びていると、金色の髪を風になでさせるがままに立つイングリッドの背中がある。
近寄り、声をかけた。
「イングリッド」
彼女はふり返る。
美しい彼女は、涙を流していた。
「どうした?」
「……ごめん。ちょっと不安になって」
「不安?」
「また、戦いの日々だ……エリオットをちゃんと助けられるかって、心配になった。エリオットがいなくなったらと思って、不安になった」
俺は彼女の髪を撫で、優しく抱き寄せる。
「約束する。お前の時間の全てをもらうかわりに、お前の前からいなくならない」
「……エリオット」
抱きしめ合う。
イングリッドが、俺の肩に顎を乗せた。
彼女の、甘えた声が届く。
「エリオット……愛してる」
彼女を抱きしめたまま、動かないでいた。
夜空の輝きが、水面にも映るほどの穏やかな海を、俺たちを乗せた船は進む。
空と海に浮かぶ星々が、俺たちを包んでくれた。




