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炎の魔人

 炎魔人ヴァルラグは、身体を構成する岩石のつなぎ目、隙間から炎を外へと噴き出し、身体の色を黒から赤へと変色させる。そしてドロリとした溶岩を垂れ流しながら、俺たちを焼き尽くそうと接近してきた。


 イングリッドが凍王降臨アイスキュロスファブレガスのような高度な魔法を使っていないのは、この後のことを考えてのことだろう。おそらく彼女は、テンペストと対峙しようとしている。その時のために、体力の消耗を避けたがっていると考えた。


 だけど、この炎魔人ヴァルラグは、そういう相手じゃない。


「イングリッド、こいつは本当の化け物だ。以前、鉱山跡地で戦った……戦闘に参加した二十人の手練れがほとんど殺され、生き残ったのは俺ともう一人だけだ」

「……その時は、こいつよりも巨大だったか?」

「ああ、幸い、こいつはまだ小さいほうだと思うが、内包する熱量がわからない。小型でも手強い可能性がある」


 アブダルがそこで、滝つぼの方向へと後退する。自分がいては足手まといになると感じた彼は、弩を構えて九層の方向を警戒してくれていた。


 俺は前、イングリッドが後ろ。


 この並びは、安心できる。


 程よい緊張で、剣の握りも絶妙の感覚だ。


 身体の一部のように、魔剣イングリッドの重みを感じない。それでいて指先にかかる感覚が少し残る。


 脈は少し早いが、これがベストだ。


 俺は炎魔人ヴァルラグが拳を振り上げた直後、サイドステップと同時に氷槍バラスを発動しつつ、壁を蹴って急角度で奴の背後を狙う。化け物の腕が振り回され、そのたびに熱風に襲われるが、イングリッドが水幕アクアを周囲に発動し、水のリングで戦っているかのようだ。それが化け物を苦しめていると、奴の炎が弱く細く揺らぎ、蒸気が濃くなることで理解できる。


 接近し、一撃。離脱し、氷槍バラス


 二連撃から、跳躍して敵の殴打を躱しながらの斬撃。


 奴の肩に亀裂が走った。


 着地して身を屈める。


 頭上をかすった敵の拳で、髪が焦げた。


 かまわず一閃し、胴を薙いで後退する。


 俺へと迫った奴の火炎弾フレイムは、イングリッドの魔封盾スクトゥムで防がれた。


 再び前進。


 炎魔人ヴァルラグの蹴りを剣で弾き、奴の軸足に魔剣イングリッドを叩きつける。ぐらついた化け物の顔面へと、イングリッドが放つ雹弾キュラスが襲いかかり、散弾銃で撃たれたかのようにいくつもの穴が空いた。


 ここで、奴が初めて片膝をついた。


 だが、まだまだ元気なはずだ。たまたま、俺の斬撃が軸足に痛撃を与えたから均衡を失っただけだろう。


 痛みや疲労で、崩れたわけではないと思った。


 俺とイングリッドで、ありったけの氷槍バラスを叩き込む。


 魔法が奴を襲う衝撃音は、打楽器を連打するかのように律動的だ。


 炎魔人ヴァルラグが叫んだ。


「ΣΛΑΨΞβΑΗ! ΔΑβΑΓ!」


 理解できない発音直後、俺は爆風で吹き飛ばされ、滝に突っ込む!


 まずい!


 すさまじい水圧で一気に身体を下へともっていかれる!


 もがくことすらできない!


 叩きつけられるような衝撃!


 息ができない!


 呼吸……水圧が……上に!


 深い。


 目を開ける。


 上はどこだ!?


 落ち着け……身体から力を抜け。


 息はまだ少し続く。


 冷たい……暗い……怖い……。


 だけど大丈夫だ。


 ……落ち着け。


 力を抜け……暴れるな……。


 鎖帷子のせいで沈む……逆が上だ。


 俺は懸命に足を動かし、手で水をかいだ。


 水面を突き破った直後、アブダルが叫んでいる。


「逃げろ!」


 それが聞こえた直後、俺は大きく息を吸って水に潜る。


 頭上で、爆発が発生した。


 火炎弾フレイムだ。


 再び浮上し、岸へと泳ぐ。足がつく頃、浅瀬へと懸命に這い出ながら状況を視認した。


 イングリッドが、魔法を連発して炎魔人ヴァルラグの動きを止めている。それでも奴は、少しの隙に魔法で俺を攻撃してきた。


 再び火炎弾フレイムが迫る。


 今度は、防御魔法ディフェンシォで防いだ。


 足がもつれる……。


 アブダルが、助け起こしてくれた。


「大丈夫か?」

「ああ……九層は異常ないか?」

「穴が空いている。壁づたいに移動しないといけないが、あいつに追われながらは無理だ」


 アブダルの指摘に頷きを返した。


 落とし穴は発動したまま、放置されている。


 彼の言う通り、逃げるのは厳しいだろう。


 ここで倒すしかない。




-Elliott-




 炎魔人ヴァルラグが、雄叫びをあげた。


 単純な戦闘だけだと、勇者ブレイブ神使アンジェルよりも上じゃないかと思ってしまう。


 空間全体が振動している? 浅瀬の水が、滝つぼからの流れとは別の揺れを生んでいるが、奴が何かをしているのか?


 ともかく上に……胸に違和感……痛む。それでも斜面を駆けのぼり、イングリッドの前に立った。


「エリオット、大丈夫か?」

「いける! お前は?」

「まだ大丈夫。デカイの使ってない」


 頷きを返す。


 俺は嘘をついた。


 実は、魔法をもう多くは使えない。防御にとっておかないといけない。あと、滝つぼにおちた時、あばらをやったかもしれない。鎖帷子の下で、胸がズキズキと痛み、呼吸が難しい。


 それでも、イングリッドやアブダルを心配させたくない。


 滝つぼまで、螺旋状の斜面をぐるりと一周すれば到達してしまうほどまで、戦闘場所は降下している。


 それだけ、押し込まれていた。


 炎魔人ヴァルラグは身体のあちこちに、俺がつけた傷があるものの、足取りに変化は見えない。


 剣をかまえ、懐に飛び込んで連撃を与えようと奴を睨む。


 攻撃してきたところを、かいくぐる。


 俺はゆるりと前に出た。


 攻撃を誘うように、隙をつくる。


 炎魔人ヴァルラグが口らしき穴を動かす。


「ΨΛΑΣ」


 !?


 地面から突如あらわれた槍。


 奴はそれを掴み、クルクルと回しながら俺へと接近してきた。


 イングリッドの氷槍バラス雹弾キュラスが、化け物へと襲いかかるが意に介さず突っ込んでくる!


 奴が槍を一閃する。


 俺は左方向からの槍を、剣で受け止め、柄に刃を滑らすようにして前進する。


 !


 胸が痛む!


 速度が落ちた。


 蹴りがくる。


 跳躍し、奴の肩にできていた亀裂へと魔剣イングリッドを叩き込んだ。


 亀裂が大きくなり、裂けた箇所が腹部にも及ぶ。そしてそこから炎が外へと噴き出し、蒸気が奴を包み始めた。


 炎魔人ヴァルラグは、均衡を失って亀裂が入った左半身へと大きく揺らぎ、足をふんばるも支えきれないように一歩、二歩とよろめいた。


 イングリッドが、氷槍バラスを放つ。


 俺は、胸の痛みを無視して突っ込んだ。


 炎魔人ヴァルラグは槍を一閃したが、俺はそれを簡単に弾き、奴の身体へと渾身の一撃をみまう。


 同時に、イングリッドの魔法が奴の右肩から胸へと貫通した。


 炎魔人ヴァルラグが、滝へと吸い込まれる!


「ヴォオオオオオオオオ!」


 化け物は、咆哮を残して滝つぼへと落ちた。


 やったか?


 俺は魔剣イングリッドを鞘に戻し、駆け寄ってきたイングリッドを抱き止めようとしたが、胸の痛みがばれることを怖れて彼女の両肩を掴んだ。


「テンペストに、会うんだな?」


 彼女は、まっすぐに俺を見ていた。


「隠すな。あばら、やったろ?」

「……」

「動きが悪かった……それでも倒せたのはさすがだ」

「あばら、いったかも」

「みせろ」


 彼女は俺の脇腹、胸と手の平で触れ、俺が顔をしかめた場所で手を止めた。


 温かい。


 イングリッドの手が、温かかった。


 彼女が深呼吸をして、離れる。


「あばらをつないだ。内臓は無事だろう」

「……すまない」


 俺は彼女を改めて抱きしめ、背中をお互いに叩き合った。


 空間は、まだ振動している?


 周囲を窺い、七層の天井部分からパラパラと小石が降ってきた。


 なんだ?


 まだ生きているのか!?


 俺はイングリッドを誘い底へとくだり、落ちた化け物があがってこないかと窺っているアブダルに声をかける。


「水くさいぞ、イングリッドにどうせ口止めされたんだろうけど。この馬鹿……あがってこないか?」


 俺の言葉に、彼は苦笑いをする。


「すまん。絶対に言うなと言われてて……お前が反対するからって。あいつ、沈んだな」

「反対するに決まってる。帰るぞ」


 俺の言葉に、イングリッドがかぶりを払った。


「わたしは! お前の竜化を止めたいんだ!」

「だからって、お前が危険な目に遭うのは違うだろ。アブダルも、彼女の無茶を止めろよ」

「俺は彼女に脚を治してもらったからな……イングリッドの味方だ」


 彼の言いように、自然と笑みを返した直後、滝つぼの水が爆発したように噴きあがり、炎魔人ヴァルラグが水面に躍り出た。


「まだか!?」


 咄嗟に剣を抜き、アブダルを守るように前に出る。


 だが、化け物はそこで止まっていた。


 浅瀬へと、這い出た格好のまま、動かなくなっている。


 奴の身体から、熱を感じない。


 恐るおそる手で触れてみると、冷たかった。まるで岩を触っているような感触だ。


「……倒した。前と一緒だ。こいつはもうただの岩だ」


 俺は手を離し、念のためにと、魔剣イングリッドを一閃する。


 炎魔人ヴァルラグの頭部が斬り飛ばされ、滝つぼへと落ちていった。

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